戦場の感覚
走って数十分経った。
俺たちは、もうすでにヒライドを過ぎ、山のふもと辺りまでやってきた。
山を見上げながら、ソルドは大きな声で叫んだ。
「この山があるってことは、もうタスラまでそこまで距離がないのか?」
イシュハは首を縦に振った。
「ああ、そうだな。で、ここからは山道を通ることになると思うのだが、大丈夫なのか?」
イシュハの突っ込みに、俺たち一同は沈黙した。
それを取り繕うように、イシュハは慌てた様子で早口で付け足した。
「正直、そこまでおおがかりな準備はいらないぞ?この山はそこまで標高が高くないし、なにより道も一応だが整備されているし…」
アシーナが、恐る恐るといった様子で口を開いた。
「いくら標高が低くても、この薄着だとちょっと寒いわよね…」
さすがにイシュハもそれは否定できなかったらしく、言いよどんだ。
「あ、まあ、そうだな…」
俺は、アシーナに向かって口を開いた。
「たしかにちょっと薄着だけど…俺たちは錬金術で多少は厚着にできるから、寒さに耐えられるくらいの服なら作れるんじゃないかと思う」
ソルドが、ちょっと沈んだ空気を打ち破るように手を叩いた。
「ほら、そういうことだから!行くぞ行くぞ!」
俺たちはその音に急かされるように、山道へ足を踏み入れた。
何分歩いただろうか。
一つ分かったことがあった。
この山道、整備が行き届いておらず、かなり危険なのだ。
最初の方はちゃんと横に柵が取り付けてあったのだが、上るにつれてそれが低くなり、最終的には柵がなくなっている。
路のほうも同じような感じで、岩があっちこっちに飛び出し、木の根が入り組み、狭い山道を塞いでいるのだ。
業を煮やした様子のソルドが、飛んでいるイシュハに向かっていらだった声を投げた。
「イシュハ、この山道って整備されてるっていうのか?」
イシュハは慌てた様子で羽をばたつかせた。
「いや、まあ、どこが路かはわかるだろう…」
「わかるが、もはやこれを道とは呼ばないような気がしてきたぞ」
ぐうの音も出ない様子でイシュハは黙り込んだ。
アシーナは、ごくごく冷静な様子でソルドに声をかけた。
「上ったんだからもうしょうがないわよ。ほら、もうそろそろタスラの草原が見えるんじゃないかしら?」
言われて俺は坂の向こうへ目をこらした。
僅かにではあるが、瑞々しい緑色の地面がうっすらと現れ始めていた。
俺は思わずはしゃいだ声を上げた。
「本当だ!きれいだなあ!」
「戦場とは思えないくらいに綺麗だな!」
ソルドもイシュハから目をそらし、景色に向かって感嘆の声を上げた。
イシュハが安堵のため息をついた音がした気がした。
草原が見えてからはすぐだった。
草原側の斜面は緩やかで、さらに地面もそこまで凸凹しておらず、俺たちは全力で斜面を駆け下りた。
その草原は、あまりに広大だった。
見渡す限り一面、瑞々しい緑色。
空と地面の境界線が溶け合うような錯覚すら覚えるほどだ。
地平線までいっぱいに緑が広がる、平坦な場所だった。
タスラに辿り着くと、俺たちは敵の姿を探した。
一面に広がる柔らかい草の上を走り、地平線のあたりにまで目を凝らしたが…
「全く見つからないわね…」
「ほんとだな…」
いくら走ってもいくら探しても、敵らしき姿は、いやそれ以前に動物の姿が全く見つからない。
俺たちは肩で息をしながら、一斉にイシュハを振り返った。
が、そこにイシュハはいなかった。
「…どこ行った?」
「…唯一の手掛かりが消えたわ」
俺とアシーナは思わず刀を抜き、辺りを警戒した。
「あーもう!何をしてるんだあいつは!」
ソルドは両手で頭を掻きまわした。
「私たちに背を向けたのかしら?」
アシーナは刀を構えたまま、言った。
「はっ!失礼だな。私はここにいるぞ?」
突然、上空から声が降ってきた。
一斉に上を向く。
長い髪をたなびかせ、イシュハが俺たちを見下ろすような姿勢で飛んでいた。
ソルドが憤懣やるかたないと言わんばかりの形相でイシュハを睨み、叫んだ。
「何してたんだお前!驚いたじゃないか!」
それには答えず、イシュハは無言で遥か遠くを指さした。
「ほら、敵のお出ましだぞ?」
俺たちは思いっきり首を回し、そちらの方向に目を凝らした。
…なるほど、わずかではあるが、砂ぼこりが立っているのが見える。
俺は刀を握りなおすと、敵の方向を見たままイシュハに言った。
「敵をおびき寄せてたんだな?」
「あたりだな。これでもなるべく早く探してきたのだぞ?」
肩をすくめる様子がありありと浮かぶ声音で返答が返ってきた。
徐々に土埃が大きくなり、やがて草の緑色が隠れるくらいまでになった。
目を凝らせば、無数の魔物が列をなし、こちらに向かってくるのが見えるほどまで敵が近づいてきた。
思わず身震いするほどの数。
「なるほど、これは戦い甲斐がありそうね」
右横でアシーナが呟き、左横ではソルドが舌なめずりをしている音が聞こえた。
俺は目を閉じ、意識を刀の切っ先に集めた。
久々の戦場の感覚が高まる。
…ああ、これだ。
欠けていたパーツがはまるような、懐かしいような感覚だ。
次に目を開けたとき、敵はもう目前にいた。
俺は思いっきり声を発し、気合を入れた。
膝をばねのように使い、目の前に迫った敵に向かって、勢いよく飛び出した。




