62 特別牢
俺の言葉に姉さんとエクセレスは満足げに頷いた。
「これでニーケの出陣が決まったわね!じゃ、まずは体調を治しなさい!」
「レアネへの出陣で、この後の戦況が大きく改善することを祈っています。ちゃんと体調、戻してください」
軽い見舞いの言葉を言い残すと、二人は扉を開けて出て行った。
病室の前で待機していた護衛の兵が、鎧をがちゃがちゃと鳴らして敬礼をしたのがわかった。
重い音を立て、扉が勢いよく閉まった。
残響を残し、そして病室は静まり返った。
一人残された俺は、おとなしく寝ることにした。
気が付くと、もうすでに日は落ちきっていた。
月明かりが差し込み、縦に長い窓の影が壁にぼんやりと映っていた。
ひんやりとした城の石壁が物音を吸い込んでいると思うほど、静かだった。
こんな時間に起きていてもやることは当然無い。だが、寝ようと思ってもさっきまで寝ていたせいで全く眠くもない。
「…暇だな」
ぼそっと呟いた言葉も、静寂の中に飲み込まれ、静かに消えた。
言葉を受け取ってくれる人もいない。
首を回し、窓の外を眺めた。
白く冷ややかな光を放つ満月が、街の上にかかっていた。
街自体が眠りについたような静けさを感じるほどだ。
いつもは賑やかで人でごった返している通りも、店はすべて閉まり、人は影すらなかった。
まるで別の世界の街を眺めているような、不思議な感覚に陥った。
ちょうどその時だった。
扉が壊れんばかりの勢いで開き、一人の少年が入ってきた。
同時に、夜の静寂をぶち破るような猛烈な音が立ち、俺は首の骨を折るんじゃないかと思うほどの勢いで振り向いた。
そして、折れた肋骨に痛みが走って呻いた。
少年は俺の目の前までつかつかと歩み寄ると、軍式の敬礼をした。
「エレメント王国軍総司令官、ニーケ・ラドニクス・アイテル様に連絡です!エレメント王国女王、インドルチェ様から、早急に地下特別牢へ来るように、とのお達しがありました!連絡は以上になります!夜遅くに、大変失礼いたしました!」
茫然としている俺を残し、彼はきびきびとした動きで部屋から出て行こうとした。
すんでのところで思考力が回復し、俺は彼を呼び止めた。
「ちょ、ちょっと待って!今行くの?」
驚くほどに角ばった動きで彼は振り向き、こちらへ向かって歩いてきた。
そして、再び俺の前に立つと、声を張った。
「はい!女王様は『早急に』とおっしゃっていました!地下特別牢まで手をお貸ししますか?」
…こんな夜更けになんだよ、姉さん…
ため息を押し殺して俺は頷くと、そっと足を床に着けた。
刹那、折れた肋骨に衝撃が走り、思わず呻いた。
泡を食ったように慌てている少年を傍目に、俺はそっと立ち上がって彼の肩に軽く手を置いた。
「手助け、お願いするよ」
少しおびえた顔で俺を見上げていた彼の顔がぱあっと輝き、そして満面の笑みを浮かべて頷いた。
結果。平常時なら3分で着く地下牢まで15分かかった。
これでも頑張ったんだよ?俺の体重を支え切れずにふらつく少年に気を使って、俺の怪我にも気を使って、それでも5倍だから。正直言って、疲れた。
「で、姉さん。いったいこんな時間に何の用ですか。しかも、あっちこっち骨折してるけが人に地下牢へ来い、は無いですよ。くだらない用だったら俺はもう帰りますよ?」
それを聞いて、姉さんは苦笑した。
「ごめんごめん。でも、私たちじゃわかんないから、あなたたち3人にも見てもらおうと思ったのよ」
「3人?」
「そうよ。あなたと、アシーナちゃんとソルド君」
驚いた。まさか姉さんがここに一般人を呼ぶなんて。俺たちを呼んで何をさせる気だろう。
「あ、噂をすれば。いらっしゃい、二人とも」
そう言って手招きをした先にいたのは、アシーナとソルドだった。
二人とも、姉さんに向かってお辞儀をしていた。
特別牢への道は、かなり複雑にできている。
まず、地下牢に設置されている隠し仕掛けで王家の人間であることをチェックされる。
チェックで許可が下りれば仕掛けが動き、道が開く。
ただ、その道というのが極端に暗い。
明かりは一個もついておらず、日光も差し込まないようになっている。
かといって松明をつけると、酸欠で死にかける。
したがって、魔法が使える王が魔法の明かりをつける必要がある。
ちなみに、王家に伝わっている魔法というのは普通の魔法とはちょっと違った発動方法を取るそうだ。
普通の魔法を使っても、この通路では相殺されて一切発動しない仕組みらしい。
そしてしばらく行くと、次に現れるのが物騒な騎士の像だ。
この騎士が持っている剣は、軽くて丈夫な特殊合金でできている。
詳しい金属は不明。一回『理解』してみたいなあ…
この騎士は魔法で操られているらしい。人が近づくと唐突に襲う。
ただし、王家の魔法を感知すると、うんともすんとも言わなくなる。
それを力業でどかすと、背後に通路が現れる。
この先は迷路だ。
ここで活躍するのが、王冠。
この国の国王になった人が必ず被る王冠。あれには、魔法が封じ込められた鈴が入っているらしい。
その鈴は、この迷路のわずかな空気の流れを感じると、しゃらしゃらと特別な音を鳴らす。
その音が鳴った時に王冠が向いていた方向で、どっちが正しい道かわかるのだ。
迷路を無事クリアすると、最後にぶち当たるのが物凄く大きい扉。
丈夫さが半端ではなく、国中のフェルムが集まり、全力でぶつかったところでうんともすんとも言わない。
ただ、国王が管理している鍵で開けると、自然と開くようになっているらしい。ちなみに、この仕組みも魔法のおかげだ。
…魔法ってすごいなぁ…
その仕組みをすべて乗り越え、俺たちは無事に特別牢に辿り着いた。
俺が錬金術でしれっと骨折を治せたからよかったが、ちょっとけが人に鞭打ちすぎな気がするぞ?
特別牢は、国家の安全を揺るがしそうな者が捕まえられた時に入る。
この国はれっきとした民主制だから、ここに入る奴らは100人中100人が認めるような危ない奴だけだ。
…そんなヤバい場所に捕まえられていたのは、一匹の人型の魔物だった。




