61 必ずや戦果を挙げてまいります
俺たちの様子を見てニヤニヤしていたインドルチェ姉さんが表情を引き締め、一度咳ばらいをした。
次の瞬間、ソルド、エクセレス、リン、そしてアシーナが最敬礼の姿勢を取った。
エリノア・エレノア姉さんはどうやらそれで、ようやくこの場に女王様がいることを思い出したらしい。すこし慌てた様子で彼らの格好を真似していた。
インドルチェ姉さんはそれを一瞥すると、口を開いた。
「皆、顔を上げていいぞ。さて、今からこの場で話すのはこの国の機密情報になる。エリノア、エレノア、リン、アシーナ、ソルド。すまないが、席を外してくれないか?」
彼女らは一礼すると、物音を立てずに部屋を出て行った。
全員が出て行ったのを確認すると、姉さんは思いっきり伸びをした。
「あー、女王様も楽じゃないわあ、今更だけど。自由に振舞えないんだもの、不便ったらないわ」
聞きとがめたようにエクセレスが口をはさんだ。
「インドルチェ様、自由に振舞えないのはしょうがないですよ。もう少し気を抜かないでください」
「はいはい」
姉さんはさらっと流すと、俺たちに向き直った。
俺はベッドに座ったまま、背を伸ばした。
「これから、エレメント王国防衛のための、軍議を始めることとする」
「軍議、ですか。今この国どこかまずいんですか?」
全く城に帰ってきておらず、状況を全く把握できていない俺は、真っ先にそう言った。
姉さんは頷くと、エクセレスに視線を向けた。
「エクセレス。こいつ、全然状況を把握できてないようだから説明してあげて」
…姉さん、もう口調が崩れてる…
どうやらエクセレスも同じことを思ったらしい。打つ手なしとでも言わんばかりの表情でため息をついた。
「…わかりました。わかりましたが、口調はどうにかしてください」
姉さんが全然やる気のなさそうな頷きをしたのを見て、エクセレスはもう一つため息をついた。
姉さんのことはどうやらもうあきらめたらしい。
俺のベッドの脇に大きい世界地図を持ってきて、彼は説明を始めた。
「基本的な説明から入りましょうか。
この世界にある国は、全部で56。そのうち最も大きな国がわが国、エレメント王国です。現在、この国は魔王軍の侵攻を受けています。
魔王軍の本拠地、魔王が住んでいる場所が、この国とローライ帝国の国境線近くにあります。ウィヨンが結構近いです。あなたが最初に出陣した場所だそうですね。
あなたたちがウィヨンの魔王軍を殲滅したおかげで、現在の最前線はウィヨンよりもさらに魔王軍の本拠地の近く、レアネに来ています。
戦っているのは魔王軍討伐隊の方々と、国境線駐在兵の一部と魔王軍対策兵です」
俺は思わず話の流れを遮った。
「ちょっと待ってください。国境線駐在兵と魔王軍対策兵ってなんですか」
全く動じず、エクセレスは冷静な表情で俺を見据えた。
「この国の兵は、総勢で約13万。これでも、全人口の0.05%の人間が軍にいるということになります。そのうち、国境線を守る約5万の兵の総称を『国境線駐在兵』と言います。魔王軍対策兵は、合計で3万人。大体、最前線で戦う役目を担っています。ちなみに、残りの5万人の兵は他の国に派遣するなど、それぞれに役割が割り振られています。では、話を元に戻しましょうか。今、レアネの戦況がかなりマズイ状態になっているのにもかかわらず、国の各地で突発的に強敵が発生しています。恐らく、15柱獣をはじめとした敵でしょう。そこの対応は、魔王軍討伐隊の方々にお願いしています。ですが、いくら人数が集まっていても15柱獣を倒せる可能性は皆無。したがって、そこはあなたたち3人。アシーナさん、ソルドさん、そしてあなたに一任することとなりました。まあ、放っておいても倒してくれるとは思いますが、念のため伝えておきます。現在、この国の防衛において、あなたたち3人はかなり重要な駒です。ただ、このことを公にするとかなりあなたたちが行動しにくくなるでしょう。ですので、極秘裏にはなりますが、私たちもできる限りの支援はすることになりました。必要なことがあったら協力を求めてください。
さて、前置きが長くなりましたが、今回私たちが作戦を練らなければならないのは、このレアネの戦況についてです」
さらっと衝撃的な事実を口にして、エクセレスは話を締めくくった。
…待って。そうなると俺たち3人って、国が認めた超重要戦力ってこと?
…プレッシャーがすさまじいな…
俺の意識が宙をさまよっていると、姉さんが軽く咳払いをした。
意識の所在を自分の頭に戻すと、姉さんは口を開いた。
「で、今考えてるのが、あなたが精鋭を率いて応援に行くことなのよ。これが一番現実的で、かつ確実ね。あなたがいれば基本的に必勝だもの」
…ちょっと俺に投げすぎじゃない?いいの?
エクセレスを見れば、彼も頷いていた。
「そうですね。この城に駐在している兵の規律も直り、前には劣りますが戦闘技術も格段に良くなりました。彼らのうち半数ほどを連れて行けば、あなたを含めれば十分すぎるほどの戦力になるでしょう」
…マジかよ。
「えっと、今レアネではどのくらいの数の兵が戦っているんですか?」
俺がおずおずと聞くと、エクセレスは顎に手を当てて少し考え込んだ。
数秒後、顔を上げると彼は言った。
「大体、9000人くらいです」
思わず俺はのけぞった。
「5万と3万の合わせて8万もの兵がいて、出陣しているのが9000人ですか?!いくらなんでも少ないですよ!」
姉さんはそれを聞くと、申し訳なさそうに眉を下げた。
「私もそう思うんだけど、最前線じゃなくてもいろんなところから敵が来るから、そっちに割く人員があったりもするし、何よりこの数字、訓練生も含んでるのよ。ろくに戦えない訓練生を戦場に駆り出したところで足手まといだから、全然人がいないの。出陣しても、あまりの悪環境に尻込みする人もいるし、すぐ重傷を負って戦えなくなることも多くて。このくらいになっちゃうのよね」
…納得できない。
俺はさらに質問を重ねた。
「いや、それならなんでその戦況に俺とプラスで150人で足りるんですか!おかしくないですか、ちょっと弱すぎるんじゃ…?」
エクセレスはほんの少し困ったような表情を浮かべ、俺を見た。
「現在の問題はそこです。端的に言って、この国の兵は弱い。特に戦場に近い場所の方が。指導ができるくらいの強者は戦場に駆り出されてしまい、指導できる人がほぼ0になっているんです。まあ、150人とは言いましたが、結論から言うと戦力の100分の99以上をあなたが占めていますが」
…なるほど。兵が弱いのはかなりマズイ状態だよな…
たしかにこれは出陣するべきだな。
俺は顔をあげ、姉さんをまっすぐに見据えた。
そして、座ったままの状態で最敬礼の姿勢を取った。
「わかりました。ニーケ・ラドニクス・アイテルの名において、必ずや戦果を挙げてまいります」




