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神々の選んだ錬金術師  作者: すいな
56/95

56 逃がさないよ?


本能的に後ろへ逃げる。

次の瞬間、牙がかみ合わさる音がした。

あと0.何秒か遅れていたら、確実に死んでいた。


モースの口が開き、目が暗闇に浮かび上がった。

口から覗く牙は、毒が塗られて鈍く光っていた。

「へえ、俺の攻撃を避けられたか。残念だなあ、この手、今まで結構有効だったんだけど」

「そんな簡単に死んでたまるかよ、モース!」

俺は一言叫び、モースに向かって飛び出した。


一瞬で距離を詰めると、

斬ッ!

俺はモースの首を狙って刀を振る。

だが、刀が何かを斬ることはなかった。


「金色の錬金術師君、俺が蛇だってこと覚えてるよね?体を自由に動かせるんだよ」



突然、背後からモースの声がした。

ばっと振り返る。

目の前で、ぬらぬらと牙が光っていた。

咄嗟に牙を折り取ると、俺はモースの頭上へ逃げた。

モースが痛みで呻くのを後ろに聞きながら、俺は上へ上へと泳いだ。


不意に、足に何かが絡みつくような感覚がした。

すさまじい力で、俺を引きずりおろしていく。

抗えない!

「逃がさないよ?」

耳元で響いたその声は、狂気を孕んだ危険な響きを伴っていた。


「あら、それはこっちのセリフよ。モース」

アシーナの声が、暗闇の中ではっきりと響いた。

モースが、俺の首元から牙を放した。

足の拘束が解かれていくのがわかった。

咄嗟に飛び出し、俺はモースを見下ろした。


鋭く正確に弧を描いた2つの光が、俺の目に映った。

次の瞬間、モースが悲鳴を上げた。

鼻につく血の匂いがした。

モースの血だろう。ぼんやりと亡霊のように輝く血は、辺りにゆったりと広がった。

ほんのり明るくなった海底に、モースの尾が断ち切られて落ちているのが見えた。


俺は水を蹴り、猛スピードでモースの頭へ近づいた。

アシーナとソルドが二人で彼を陽動している。

背後から近づき、俺はチャンスをうかがった。


不意に、モースが強く3度首を振った。


突然、強い流れが発生した。

俺はその場にとどまることができず、波に押し流された。

近くにあった岩壁に背中を思いっきり叩きつけられ、一瞬意識が遠のいた。


次に目に入ったのは、俺の首に牙を当てるモースの姿だった。

黒い瞳孔が赤く血走り、折られた牙があったところからは血をだらだらと流しながら、狂喜の表情で俺の首筋を眺めていた。

彼の体は、俺の体にゆっくりと巻き付いた。

そして、絞め殺さんばかりの力で俺を捉えた。

「逃がさない、って言ったでしょ、金色の錬金術師?」

…逃げようがない。

絞め殺されるにしろ、嚙み殺されるにしろ、毒で殺されるにしろ、俺に勝算はない。


どこか諦めのような精神が、俺を支配した。

ふっと笑みが漏れた。

自嘲的な笑みだった。


ああ、俺はここで死ぬんだな。

願わくば、できるだけ苦しまずに死にたい。


俺は死を確信し、ゆっくりと目を閉じた。

首筋に当たっている牙に全神経を傾け、俺はその瞬間を待った。


不意に、瞼の裏にアシーナの笑顔がよぎった。

…アシーナ。そうだ、俺は彼女のために死ぬわけにはいかないじゃないか。

生への諦めが、きれいに払拭されたような気がした。

代わりに、生への執着心が体の底から湧いてきた。

死んでたまるか!どんな状態でもあきらめるんじゃない!


俺は目を開け、モースを睨んだ。

彼の瞳が、俺の目を捉えた。

彼の神経をそちらに集中させているうちに、俺は腕が動くがどうかを確かめた。

右腕は…無理だ。これはかなり頑丈に絞められている。

左腕は…まだぎりぎり動かせる!


無理に力を出し、左手の捕縛を解く。

その勢いのまま、モースの顔面を左手で掴んだ。

何が起きたかわかっていない表情の彼に、俺は言い放った。


「じゃあな、モース」


ぐっと力を入れ、俺は叫んだ。

「分解っ!」


ホワイトノイズのような、ザラザラとした耳障りな音が脳に直接響くように鳴った。

反射的に目を閉じ、手に意識を集中させた。

先ほどまでがっちりモースをつかんでいた手から、物を掴んでいるという実感が消えうせた。


そして、静寂が訪れた。

俺とアシーナ、ソルドの息遣い、遥か上でさざめく波の音。


僅かに見える水面の光を捉えるべく、俺は薄く目を開けた。

疲労で平衡感覚が失われていたのだろう。目に入ったのはモースの血でぼんやり光る砂だった。

目の端に人間の骨のような白を捉えたような気がした。

だが、それが何なのかをはっきりととらえる前に、モースの血でぼんやりと光る空間がゆがみ、俺の意識は暗闇に溶けて行った。


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