55 暗闇と白い光
湖の奥深く、そこはとても神秘的な世界だった。
何年も繁茂してきたであろう水草がゆらりと伸び、銀色に背を光らせながら、魚たちが泳いでいた。
眠たげな遅い動きで、蒼っぽく輝く腹を持った不思議な魚が俺たちを横切った。
水面が揺れると、まるで生きているかのように光が底をゆらゆらと照らした。
水は冷たく、何十年も何百年もただそこにあり続けた貫録を感じた。
俺たちは、そんな水の中を滑らかに進みながら、音の出どころを探していた。
音はまだ鳴りやまない。それどころか、遥か遠く、遥か深くから聞こえてくる。
だが、もうこれ以上下へ行ける予感が全くしない。辺り一面、もう底が見えている。
俺は、後ろの二人を振り返って聞いた。
「どうだ?さらに深く潜らないといけない気がするんだけど、潜れそうなところある?」
二人は、首を横に振った。
「全く。それどころか、音に近づいているかどうかすら危ういな」
「ええ。恐らく、何かに穴が塞がれてると思うんだけど…」
塞がれている、か…
今視界に入っているものの中で、穴を隠せそうなのは岩だけ。
だけ、とはいっても、視野だけで30個以上はある。
…これは、探すのが大変そうだ…
「片っ端からいろいろどかしてみるか…」
俺は、一番奥の方にある岩に向かって泳ぎ、どかそうとして手を置いた。
突然、岩から耳が痛くなるような高音が響いた。
まるで、岩そのものが悲鳴を上げているかのような悲痛な音。
耳を塞ぐこともできず、俺は唖然とした。
岩に、俺の左手の錬成陣とそっくりの模様が浮き出た。
そして、岩に亀裂が入り、真っ二つに割れた。
その下には、人ひとりが入れるサイズの穴がぽっかりと空いていた。
恐る恐る振り返ると、ソルドとアシーナは思った通り唖然とした顔で穴を見つめていた。
「…本当に、岩に隠れてたのね…」
「いや、ていうか、なんで割れたんだ…?」
俺に変な視線を送ってくる二人を軽く受け流し、俺は手を叩いた。
「ほら、音もここから聞こえてきてるし、入ろう!ね!」
二人は顔を見合わせ、そして俺に向き直った。
「「よし、入ろうか」」
ひれで水を叩き、俺たちは猛スピードで穴に飛び込んだ。
飛び込んだ次の瞬間、俺たちの周りを闇が支配した。
光が差すことのない、完璧な暗闇。
視界は真っ黒。もはや目を開けているのか閉じているのかわからないレベルだ。
後ろで水が流れる気配を感じるから、二人はいるのだろう。
音は…どうやらこのまままっすぐ行った先にあるようだ。
後ろから、アシーナの声が聞こえてきた。
「音が近づいているわ。もう少しで…」
不意に、泳ぐ速さが遅くなるような気がした。
水自体が重くなるような感覚。
思った通りだ。
ケーリやオイジュ、モロの時と同じ威圧感。
そして、陸上でも聞こえていた、あの不思議な音。
俺は、真っ暗な水に向けて言葉を放った。
「おい、出て来いよ。いるんだろ?15柱獣」
刹那、辺りに光が満ちた。
太陽の光よりも鋭く、白い光。
そして、光が収まった時、俺の目の前にいたのは、一匹の大きな水蛇だった。
真珠のような乳白色。
体の内側からわずかに白い光が漏れ出し、辺りを照らしている。
驚くほど澄んだ黒い瞳孔は、まっすぐに俺を見据えていた。
とぐろをまいたその蛇は、俺たちを見下ろして口を開いた。
水の中をよく通るその声は、人を引き付けるあの音と混ざり、辺りに響いた。
「やはり気づかれたか。なら、まずは挨拶だな。始めまして、金色の錬金術師、黒銀の錬金術師、炎の剣士。俺が誰かはわかっているだろう?」
そういって、蛇は不敵に笑った。
「ああ、もちろんだ。だが、そっちから名乗るのが筋ってもんだろ?5本目の蛇さんよ」
後ろから、ソルドが蛇に語り掛けた。
どうやら、この一言は蛇の礼儀に突き刺さったらしい、ちょっと考え込む様子を見せた。
…ずいぶん人間臭いな、こいつ…
やがて、蛇はとぐろを巻きなおし、俺たちを見据えた。
さっきよりも強い気配。
俺たちは刀を構えなおした。
「そうだな、俺としたことがうっかりしていたよ。すまないな、人間ども。
俺は魔王クロトに忠誠を誓う者、そして魔王を支え、人間どもを殲滅する15本の柱の一角。
真珠光の水蛇、名はモースだ」
圧倒的な威圧感が俺たちを襲った。
モースの瞳孔が開いた。
次の瞬間、辺りに暗闇が満ちた。
苦痛の叫び声が上がった。
背後から、血の匂いがした。
俺が振り返った瞬間。
目の前に、大きく開いた蛇の口が迫っていた。




