54 書き換える?
俺たちは朝食をぺろりと平らげると、武器の手入れや慣らしをした。
1日使わなかったから少し感覚が鈍っていたが、どうやら人並み以上には戦えるようだった。
腰に刀を戻すと、俺は二人を振り返った。
二人は、もうすでに出発の準備万端だった。
「じゃ、行こうか」
俺が言うと、二人は頷いた。
数秒後、俺たちの姿は森の中に消えた。
5分ほど走ると、湖が眼下に映った。
日の光を弾き、碧い水面は銀色の光をさざめかせていた。
俺たちは急ブレーキをかけて止まり、湖を見下ろした。
モンスターの気配は…一切ない。
俺はソルドを疑いの目で見つめた。
ソルドは、周りをきょろきょろしている。
アシーナが、氷点下並みの冷たい声でソルドに問う。
「本当に、ここにモンスターがいるのかしら?そんな気配はみじんもしないけれど」
ソルドは、きょろきょろをやめると、俺たちの方を見た。
「この間、なんか怪しい音が聞こえたんだ!だから、モンスターなのかもと思って連れてきたんだが…」
俺とアシーナは耳を澄ませた。
聞こえるのは、遠くで鳴く鳥の声と、風でそよぐ葉のこすれる音。それ以外、なんにも聞こえない。
俺はソルドに向き直った。
「そんな音、全然聞こえないけど…」
不意に、向こう岸から不自然な音が聞こえてきた。
俺たちは、反射的にその音に耳を澄ました。
まるで、口笛を練習する子供が出す音のようだ。掠れた、ヒューという音。
しかし、その音にはか弱くそして繊細なガラス細工のような、人を惹きつける響きも混ざっていた。
それは何かの音楽のように、美しい旋律を奏でていた。
ごくごく小さい声で、俺はソルドに聞いた。
「ソルド、お前が聞いた音って…」
彼は頷いた。
「ああ、この音だ。向こう岸、行ってみるか?」
俺はそっと頷くと、まだ音に聴き入っているアシーナの背中を軽く押し、向こう岸へ向かった。
その音は、俺たちが向こう岸に向かっても大きくなることがなかった。
そして、向こう岸についても、何が音を奏でているのかさっぱりわからなかった。
俺たちは、辺りを見回した。
しかし、それらしいものは全く目に入ってこない。
「手詰まり、ってとこか。さて、どうしたものか…」
俺が頭をかいて呟いた。次の瞬間、今度は俺たちがさっきまでいた岸の方から音が聞こえてきた。
思わず、鳥肌が立った。
何が起きているんだ。
アシーナを見ると、彼女は何かに思い至ったような顔をしていた。
数秒後、彼女は俺に視線を移した。
そして、突拍子もないことを思いついたとでも言わんばかりの顔で口を開いた。
「ニーケ。この音、きっと水の中から聞こえているのよ」
…は?
「水の中から?」
俺は思わず、オウム返しの要領で聞いてしまった。
ソルドもどうやら彼女の考えに驚いたらしい。目を見開いてこちらを見た。
「水の中だと?ろくに戦闘できる気がしない!」
アシーナは頷いた。
「そうなのよ。だから、もし水中に15柱獣がいたとしたら、お手上げね」
俺は、その意見を聞いて考え込んだ。
たしかに、俺たちの今の装備だったらお手上げだろう。
だが、俺たちの体が水中に適応出来たら…
そんなことを可能にすることができるだろうか。
ふと、俺は自分の傷を治したときの感覚を思い出した。
体の一部に神経が集中し、書き換わるようなあの感覚を。
…書き換わる?体の仕組みを、書き換える?
俺は思わず、顔を上げて叫んだ。
「アシーナ!ソルド!君たち、魚の体の構造はわかる?」
何を言い出したのかと、ぱっくり口を開けて二人は俺を見た。
「わかるけど…唐突にどうしたの、ニーケ?」
怪しいものを見る様な目で、アシーナは俺に聞いた。
さらっとそれを受け流すと、俺はアシーナに迫った。
「わかるならさ、体を錬成しなおして、魚と同じような呼吸法を手に入れることもできるよね?」
一瞬、きょとんとした顔をした彼女は、しかし次の瞬間、「わかった」と言わんばかりの笑顔を俺に向けた。
「なるほどね!私たちの体自体を水に適応させる、っていうことね!」
俺は勢いよく頷いた。そして、はちきれるような笑顔を作った。
ソルドは、きょとーんとした顔で俺たちを見ていた。
手を自分の体にかざし、強く、魚の呼吸システムを頭に思い浮かべる。
自分の顔の横にえらを。肺を改造してえらに適応させる。そして、水を自由に泳げるひれを作る。
目をつぶると、俺とアシーナは声を合わせて言った。
「錬成」
不意に、体が光に包まれた。
傷が治るときよりさらに大きい、体が書き換わる感覚。
顔の横に薄い穴ができた。
足が合わさり、先が細くなっている不思議な形に変わったのが分かった。
徐々に息が苦しくなった。
俺は目を開け、目の前で輝く水面を見つめた。
さらさらと輝く水面が、俺を呼んでいるような気がした。
俺は、迷うことなく湖に飛び込んだ。
ざばんという涼しい音がした瞬間、俺は息ができるようになった。
水の中なのに、平然と目を開けていられる。
俺は、自分の足が左右交互に動かないことに気が付いた。
視線を下へ送ると、足はつながり、美しい明るい金色のひれとなって水の中を優雅に漂っていた。
地上にいた時よりも、ずっと美しい景色が広がっているような気がした。
足を一回振るだけで、俺の体は水の中をすうっと進んでいった。
肩を軽く叩かれ、俺は後ろを振り向いた。
アシーナが、長い髪をゆらゆらと揺らしながら後ろを漂っていた。
視線を下におろすと、いぶした銀のように鈍く輝くひれ。
俺はアシーナと目を合わせ、二人で笑った。
「「成功だな!」」
俺は腕を地上に伸ばし、ソルドを手招きした。
戸惑ったような表情を浮かべた彼に、俺は水中から叫んだ。
「成功したぞ!今、俺地上に出ると死んじゃうから飛び込んで!」
彼が、意を決して水に飛び込んだのが見えた。
目をつぶったままの彼に手をかざし、俺は言った。
「錬成」
みるみるうちに彼の足がつながり、ひれができた。
同時に、えらが顔の横にできた。
薄い穴が彼の耳の下に空き、ぱたぱたと動き始めた。
どうやら、彼も呼吸が自然にできるようになったらしい。
驚いたように目を見開き、自分の体を眺め始めた。
不思議そうに自分の足を一瞥すると、彼は水中を叩き、その場で宙返りをした。
そして、楽しそうな笑顔を俺に向けた。
「なるほど!成功だな!これはかなり楽しいぞ!」
「あら、本来の目的を忘れてもらったら困るわ。私たちは遊びに来たんじゃないのよ?ほら。また音が聞こえる」
アシーナが、楽しそうに泳いでいる俺たちをたしなめるかのように言った。
確かに、さらに深いところから音が聞こえてくる。
どうやら、アシーナの言う通り水中から音が鳴っていたようだ。
地上にいた時よりも美しく、豊かな響きを伴って、その音は俺たちを呼び寄せていた。
三人で顔を見合わせると、俺たちは武器を抜き放った。
地上なら、キンッという乾いた音がするのだが、水中では全く聞こえなかった。
振る速度は地上より少し遅くなるが、いざとなれば武器を変形させることだって考えている。
俺は振り返り、真剣な口調で二人に言った。
「よし。行くぞ」
「「了解」」
ひれで水を叩き、俺たちは滑らかに闇へ向かって降りて行った。




