51 生き物の気配
「運が良いわけあるか。今日は今までの人生で最悪の日だよ」
俺はため息交じりにラケに言った。
そして、ソルドの骨折を錬金術でぱっと治した。
足の痛みが消えたのだろう。ソルドが立ち上がり、剣を両手で構えた。
俺も自分の指を治し、刀を構えた。
アシーナは恐怖をどうにか克服したらしい。左手で刀を抜き放った。
ラケはそれを見て、ため息をついた。
「どうやら、このままでは妾は不利なようだ。いったん逃げさせてもらおう」
彼女がそう言った瞬間、ヒュンッという音とともに、尾が首筋に迫った。
遠心力が強い。当たったら、骨が砕け散る!
俺は地面を強く蹴り、尾から逃げた。
逃げた次の瞬間、先刻まで俺の首の骨があった場所を尾が掠めた。
…避けてなかったら死んでたな。
俺はアシーナとソルドのそばに駆け寄った。
二人とも、ラケの姿を探して右往左往していた。
「ラケは?」
俺が二人に聞くと、二人とも首を横に振った。
「見つからないわ。逃げるって言っていたけれど、また戻ってくる可能性だってある。警戒はしておくべきね」
アシーナはそう言って、刀を腰にしまった。今のところは大丈夫、ということだろう。
俺は首を縦に振った。
ラケを警戒して1時間半ほどたった。
15柱獣はもちろんのこと、俺たち以外に動物の気配を感じることはなかった。
家を出た時間が夜だったこともあり、もう真夜中だ。さすがに少し眠い。
俺は二人を呼び、提案した。
「このまま寝ずに次の戦闘に入るのも危ういし、交代で見張りをしながら寝ないか?」
どうやら眠かったらしく、二人ともすぐに頷いた。
「「錬成」」
ぱっと小屋とベッドを錬成し、見張りを決めて俺は小屋に入った。
モロとの戦闘の疲れも相まって、すぐに眠りに落ちた。
何時間寝た頃だろうか。耳元でかすかにアシーナの声がした。
「次、ニーケの番よ。外に出て」
俺は伸びをして、気合でベッドから転がり出た。
扉をそっと開けて、俺は外に出た。
先刻まで温かいベッドの中で眠っていたことも相まって、外はとても寒く感じた。
体の底から震えがこみ上がり、マントを体にきつく巻きつけた。
月が沈み、漆黒に塗りつぶされていた空が、徐々に美しく明るい輝きを帯びるのを見た。
生き物の気配が全くない、耳が痛くなるほどの静寂が、この空間にぴったりな気がした。
朝が来るまで、この世界が息を潜めている。そんな空想をしてしまうほどに美しかった。
やがて、東の空が温かい橙色に染まっていくのが見えた。
そして、辺り一帯を眩く美しく染める太陽が昇ってきた。
白く凍りついていた息が、日に照らされ橙色に染まった。
夜明けから1時間ほどたったころ、俺は小屋の二人を起こしに中へ入った。
普段は早起きな二人も、今日はまだ寝ていた。
俺は二人の無防備な寝顔をちょっと眺め、そして二人を叩き起こした。
俺たちは森に飛び出し、木の実やウサギなどを捕まえて朝食を作った。
意外だったのは、アシーナが料理を作れなかったことだ。
刀使いだから、食材を切るのは物凄く上手いのだが、それ以外の技術が半端なく低かったのだ…
任せていたら炭になったウサギのステーキができそうだったから、俺とソルドで料理を担当する羽目になったほどだ。
別に俺たち、料理が上手いわけじゃないんだけどね…
…ってことは、たぶん俺が酔ってぶっ倒れたときにお粥作ってくれたのは先生だな。
作った朝食を錬成した皿にのせ、これまた錬成したテーブルに乗せた。
「「「いただきます」」」
手を合わせて挨拶をするが早いか、俺たちはものすごい勢いで朝食を詰め込んだ。
全員の皿が空になったころ、俺は口を開いた。
「で、3人とも特に何も以上はなかったんだよね?」
もちろん、見張りをしているときの話だ。
二人とも首を縦に振った。
「ええ、生き物の気配すらしなかったわ」
「応!俺が見張っているときも何も起こらなかったぞ!アシーナと同様、気配すらしなかった!」
二人はそう言うと、俺に笑いかけた。
俺も、二人の話に頷いた。
「そうか。ならよかった」
アシーナが席を離れ、ベッドに座って腰から刀を抜いて手入れをしながら俺たちに言った。
「じゃあ、今日何も起こらなかったら帰りましょう」
俺もソルドも頷いた。
「「そうしよう」」




