45 殺されたんだ
家に着いたのは、日が落ちてからだった。
傷を塞いだとはいえ、斬られたわき腹からの出血は相当多かった。
失血で視界がゆがむこともあったが、必死で歩いて帰った。
返り血が乾きどす黒く染まった服を着ていて、ふらふらしている俺は、さぞかし怪しかっただろう。
だが、もう、周りの目を気にする余裕すら俺にはなかった。
家に着くと、庭に妃の遺体を埋め、大きめの石で墓標を作った。
オイジュの遺体は、ケーリと同様に無限収納に入れっぱなしにしておくことにした。
腐ることもないし、何より15柱獣の遺体だ。貴重だし、残して置いたら何かに使えるかもしれない。
「…ご冥福をお祈りします」
一言祈りをささげると、俺は家の扉を開けた。
エリノア姉さんや、アシーナ、ソルドが驚いた声を上げたのを聞いたのを最後に、俺の記憶は闇に落ちた。
意識が戻った時、最初に目に入ったのはアシーナの黒髪だった。
首を軽く動かすと、彼女が座ったまま寝ていることが分かった。首が不安定に揺れている。
今は…もう昼だ。きっと夜通し看病してくれていたのだろう…
上を見ると、家ではありえない高さの天井が目に入った。
俺が起きたことに気づき、アシーナが首を上げた。
「あ、ニーケ起きたわ。おはよう」
ずいぶん眠たげな声で、アシーナが言った。
俺はちょっと苦労して、まともな声を出した。
「おはよ、アシーナ。ここは…?」
アシーナはちょっと辺りを見渡して答えた。
「城よ。傷が塞いであったからわかりにくかったけれど、錬成の痕があったからかなり深い傷だって思ったから連れてきたの。あなた、あのままじゃ死んでたわ」
さらりと怖いことを言ってのけるアシーナ。
うーん、無理したつもりはなかったんだけどなあ…
…ていうか、錬成した痕なんて残るんだ。初めて知った…
俺は口を開いた。
「あとどのくらいで治るかわかる?」
アシーナは、ちょっと困った顔で言った。
「医者の見立てだと、あと2日もしたら普通に動けるようになるらしいわ」
あと2日で動ける、つまり残り2日は訓練ができないということだ。
俺はげんなりした。
「2日もかかるのか、体が鈍る…」
「そうね、15柱獣もかなり本格的に動き始めているから、唯一対応できるあなたが2日も戦線を空けるのは痛いわね」
突然、扉がものすごい勢いで開いた。
俺もアシーナも、びっくりしてそちらを一斉に見た。
誰が入ってきたのかと目を見張ると、姉さんだった。
姉さんは、医者の制止も聞かずにずんずん俺のところに来ると、今すぐに抱きしめかねないくらいの勢いで俺の手を握った。
「ニーケ!起きたのね、よかったわ!」
そういうと、姉さんは思いっきり俺の手を振った。
…ちょっと力が強いよ、姉さん。
でも、この場面で姉さんにそんなことを言っても無意味なことはよくわかっている。
俺は、無理に笑顔を作って言った。
「あ、ああ。姉さん、おはよう」
「ニーケ、いったい何があったの?私の戴冠式が終わった後から、ローライ帝国のファスネー妃が見当たらないし、なぜか大広間から死臭がするの。ニーケ、まさかファスネー妃を殺したんじゃないわよね?」
俺の顔を見て落ちついた姉さんは、俺のベッドの横にある椅子に座るとまず最初にそう言った。
その顔は、物凄く真剣だった。
ああ、そうか。俺が殺したって思われてもしょうがないんだ。
殺したのは俺じゃない。ただ、確かな証拠がないのだ。
俺にはアリバイがない。大広間に最後まで残っていた、ということがわかっているだろう。
そして、恐らく妃が大広間に行って、そして失踪したことはわかっている。
…これ、俺が犯人って言われたようなもんじゃないか?
俺は姉さんの目を真正面から見据えて、言った。
「いや、殺したのは俺じゃない。ただ、ファスネー妃は死んだ。殺されたんだ」




