44 ユルサナイ
突然、気配が攪乱された。
俺の周囲を、オイジュの気配が取り囲む。
…速い。異常な速さだ。ケーリの5倍は速い。
見えない刀が迫ってくるのを肌で感じた。
ほんのコンマ数秒の世界で、俺はそれを避けた。
僅かに避けきれず、首筋に熱い線が入ったのが分かった。
オイジュが狙っていたのは、首筋の大動脈。
正確な太刀筋だった。
避けていなかったら、俺は…
死の恐怖が、俺を貫いた。
このまま逃げれば、俺は100%助かる。が…
「俺以外にこいつを倒せる奴はいないんだよなあ」
口角が自然と上がる。
これだ。
ケーリの時も感じた、強者の前にして感じる、狂気的な喜び。
「ああ、殺してやろう」
精神を一点に集中させる。
集中させていた一点に、オイジュの気配が近づいてきた。
斬っ!
僅かに手応えがあった。
オイジュが呻く。
僅かに血の赤が見えた。
一瞬。ほんの一瞬、オイジュの動きが遅くなった。
俺はそこを狙い、もう一度斬りつけた。
先刻の攻撃より大きい手応え。
出てくる血の量も多くなった。
だが、オイジュはもう怯まなかった。
俺がオイジュを斬りつけた直後。
態勢がわずかに崩れたその瞬間、俺は腕に鋭い痛みを感じた。
感じた瞬間、俺は後ろに跳んだ。
腕から血が噴き出す。
両腕とも、大動脈のすぐそばを斬られていた。
二刀流の強みだ。両方をいっぺんに斬ることができる。
「錬成」
すぐさま間合いから逃げ、錬成して傷を塞いだ。
「な、なにをしているの…ですか?」
突然、後ろから声がした。
俺もオイジュも一斉に動きを止めた。
振り返ると、隣国の妃がドレスを着て立っていた。
その顔が恐怖でひきつっているのがわかった。
オイジュから、狂喜的な殺気が放たれた。
鳥肌が立った。
ヤバい!
「逃げろっ!」
俺は叫んだ。
隣を風が吹き抜けた。
次の瞬間、その妃の首から血しぶきが舞った。
まるでスローモーションを見ているかのようだった。
目が驚愕と恐怖で見開かれ、その目が生気を失うのも。
声にならない、断末魔の声も。
足が力を失い、後ろに倒れるのも。
オイジュが血を浴びて、人の形をとっていることを見せたことも。
その顔が、こちらを向いて舌なめずりしたことも。
全てが遅くなって見えた。
腹の底から怒りが湧いてきた。
なんで無関係な人を殺すんだ。
なんで俺だけに集中しないんだ。
許さない
ユルサナイ
怒りが俺を突き動かすのが分かった。
今までにないようなスピードで、俺は走り出した。
獣のように、本能に従ってオイジュを襲った。
避ける暇さえ与えない。
滅茶苦茶に斬りつける。
血があちこちから噴き出し、俺にかかった。
オイジュは避けなかった。が、俺に一閃を放った。
横腹に、深く鋭く熱い一撃が来たのが分かった。
意に介すつもりもない。
「錬成」
心臓の位置まで伸びる長い針で、オイジュを貫く。
オイジュは間一髪のところで避け、即死を免れた。
オイジュの足から大量に血が流れ出ているのが分かった。
彼は、もう動かなかった。
否、動けなかったのだろう。
俺は彼を見下ろした。
「オイジュ、お前の負けだ」
俺は彼の首筋に刀を当て、冷たく言い放った。
笑うでもなく泣くでもなく、彼は俺を見上げて一言言った。
「首を一撃で斬ってくれ」
その目は、感情を映していなかった。
どこか超越した、ここではないところを見ていた。
俺は刀を振りかぶった。
一閃。
彼の首は血飛沫をあげながら飛び、ぼとっと鈍い音を立てて床に落ちた。
体が崩れ落ちた。
透明だったからだに徐々に色がさしていくのが分かった。
オイジュの灰色の目から光が消えた。
わき腹に、何か熱いものが当たっている感じがした。
それで、俺はようやくわき腹に深い傷を負ったことを思い出した。
錬成し、傷を塞いだ。
俺は、彼の遺体と隣国の妃の遺体を無限収納にしまった。
錬成して血をきれいにすると、俺は城を後にした。
夕日がさし、城はオレンジ色に染まっていた。




