40 魔王軍討伐隊辞める?
俺はもう特にすることもなく、気持ちのやり場が見つからなかったから、アシーナのところへ行くことにした。
女子寮はここから歩いて1分くらいの場所にある。
部屋を出て、ゆっくり廊下を歩いた。
窓の外は相変わらずの重苦しい雨。
見ていると、ただでさえ重い気持ちがなおのこと重くなりそうで、嫌だった。
窓から目をそらし、俺は歩いた。
308号室。
アシーナの部屋だ。
いるだろうか…
俺は扉を3回叩き、ドアを開けた。
鍵はかかっていなかった。が、室内はカーテンも閉められ、電気も消えていて真っ暗だった。
「アシーナ…?」
恐る恐る室内へ入る。
アシーナは、ベッドの上でうつぶせになっていた。
寝ているのか…?もう起きたほうがいい時間だぞ?
「アシーナ、起きな…」
俺は彼女を起こそうとして、肩に手を伸ばした。
一瞬、小さく嗚咽が聞こえた。
手が止まった。
彼女は、声を抑えて静かに泣いていた。
何と言っていいのかもわからなかった。
その涙がなぜ流れているのかもわからなかった。
俺はやるせない気持ちになって、そっとその隣に座った。
どれくらい時間が経ったのだろう。
不意に、アシーナが俺の手をつかんだ。
そっと振り返る。
彼女は、泣きはらした目を伏せつつも、俺を見ていた。
「…撫でて」
彼女は、俺からわずかに視線をずらし、一言そう言った。
泣いているときの震える声を必死で抑えた、か細い声だった。
いつもの気丈さからは見ても取れない、弱い声だった。
恐る恐る、俺はアシーナの頭に手をのせた。
髪の流れに沿って、そっと撫でる。
良く梳かされた黒髪は、滑らかで美しかった。
アシーナは起き上がり、俺の胸に顔をうずめた。
彼女の泣き声が、くぐもって聞こえてきた。
俺は片手が手持無沙汰で、なぜかいたたまれなかった。
だから、空いている方の手をアシーナの背中に回した。そして、優しく叩いた。
固くなっていた彼女の体の力が、徐々に抜けていくのを感じた。
「アシーナ、もう大丈夫…?」
「ええ、さっきはごめんなさい。ちょっと情緒不安定だったわ」
「そう、それだけならいいんだけど…」
何分経ったかすら忘れたころ、アシーナはいつも通りの彼女に戻った。
いつも通り刀を振り、冷静な判断を下せる彼女だった。
…目だけには、泣きはらしたあとが残っていたが。
俺は安堵して、アシーナに会いに来た理由の本題に入った。
「で、俺が思ったのは、このまま本部長の言うことを聞いていたら一生魔王討伐は終わらない、ってことだ。あいつ、びっくりするほど弱腰じゃないか」
彼女は、いちいち深くうなずいた。よっぽどあいつに不満がたまってたんだな…
「全く持ってそのとおりね。おそらく私たちが自分に取って代わるんじゃないかと怯えてるんだろうけど、私たちがそんなことをするわけはないわ。それに、味方じゃなくて魔王軍を警戒しろ!って感じ」
アシーナは言った。
そういえば、最初にあんな態度になったのを見たのは、俺がハオラン先生に勝った、って言ったタイミングだったな。なるほど、あいつ、俺たちに怯えてたのか。
「じゃあ、俺たちは魔王軍討伐隊辞める?」
俺はぶっこんだ話をした。
「それで自由に動けるのなら万々歳ね。拠点は、あなたの家にすればいいし。って、完璧じゃない!そうしましょ。ソルドもきっと同じことを思ってるわ」
アシーナもぶっこんだ話に乗ってきた。
「そうだな!じゃあ、ソルドが治ったら本部長に辞表出しに行こう」
「ええ、そうしましょう」
でも、そうなると問題が出てくる。
「モンスターが出現する場所、分らなくないか?」
アシーナは平然とした顔で俺に返した。
「分かるわよ。本部を見張ってればいいんでしょう?それに、噂で街に流れてくるわ」
うわあ、経験値と知識の差が歴然とする…
俺は、辞表を書き始めたアシーナの背中に、一言投げた。
「わかった。じゃあ、ソルドが退院するまでは、俺とひたすら手合わせな」
物凄いスピードでアシーナが振り向いた。
「ちょ、ちょっと待って。あなたは15柱獣に匹敵する猛者なのよ?ていうか下手したら15柱獣よりずっと強いのよ?そんな人とずっと手合わせしたら死んじゃうわ!」
うん、常に冷静なアシーナが慌てているのも結構面白いな。
…彼女の様子に、俺の心臓が早鐘を打ち始めていることは黙っていよう。
俺は、余裕のある笑みを浮かべた。
「最初は手加減するさ。それに、15柱獣に対応できなくて、どうやって魔王を倒すんだ?」
アシーナは息詰まったようだった。
降参の意味を示す、両手を挙げるポーズをして、俺の提案を飲み込んだ。
「さて、じゃあ俺も辞表書くかあ」
俺は伸びをして、アシーナの部屋から出て行った。




