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03.証人・ロイデベルク

 クリスティアノ王子が私を強引に拘束しようとすることは予測していた。ゲーム中でも、「もういい、連れていけ!」みたいな感じで家来に命令してエステレイアを退場させてたから。


 ――だから私は予防線を張った。


 初めにファレノ王国憲法序文を王子に言わせる。

 それはつまり、自分で自分は「法の下の存在」だと宣言したことに等しい。そしてそれを周りの人々は見ていた。

 自分で「法は万民に平等」で「自分はその万民の代表」だと言った人物が、法を無視し、私情で兵を動かし人身を拘束するなど――周囲が許すはずがない。



「もう、そこらで止めておけ。クリスティアノ」



 無言で睨み合っていた私達の前に、涼やかな――だが威厳ある声が響いた。


「兄上!」

「ロイデベルク王太子殿下……!」


 クリスティアノとオズワルドの声に、私はハテ? と思いを巡らす。こんな奴、「カレキス」に居たっけ……?


 優雅な動きで私達の下へやって来たのは、金髪碧眼、クリスティアノに似た――いや、キラキラ輝くクリスティアノの瞳を少し切れ長にした、落ち着きある雰囲気のイケメンだった。


 ロイデベルク王太子殿下? つまり、第二王子であるクリスティアノのお兄さんということになる。

 私はしばらくうーーーーん、と考え込んで、やっと思い出した。



 この人、「カレキス」に出てた! 超チョイ役で!



 リーリア(ヒロイン)がクリスティアノENDを迎えると、それまで名前ぐらいしか出てこなかったクリスティアノのお兄さんが突然、

「クリスティアノ、お前がナンバーワンだ」

 とかどこかのサ●ヤ人みたいなことを言って王位継承権をクリスティアノに譲って旅に出る。そしてクリスティアノが次代の王になってめでたしめでたし、となる。


 初めてこのエンディングを見た時は随分強引な展開だな~と思った。

「困難を乗り越え兄を超えるクリスティアノ」、という演出のためだけに用意されたようなキャラだと思ったからだ。

 しかも後ろ姿しか出てこないし。こんなイケメンだなんて知るわけもない。



「お前の負けだ。自分にとって都合の悪いエステレイア嬢に難癖をつけて除こうとするなど、恥を知れ」

「俺、私は、そんなつもりでは」

「愛する女を守ろうとして義憤に駆られたか?


 ――だが、周囲はそうは思っていない」



 王太子の言葉に、クリスティアノがハッとして周囲を見渡す。

 周りの人々が見せたその表情は――疑心。呆れ。憐れみ。そして僅かばかりの怒り。

 クリスティアノはがくりと肩を落とした。


「ですが――俺は、リーリアを愛してしまった。エストに瑕疵がなくとも、もう偽りの関係を継続することはできない」

「婚約破棄の意思は固いと」

「はい」

「そうか……」


 ロイデベルク王太子は私の方をちらり、と見る。


「エステレイア嬢は、どのようにお考えか」


「私は……。――クリス様。婚約破棄をお考えになったのは、私に至らぬ点があるからですか?」

「いや……そうじゃない」


 クリスティアノは首を振った。


「エストは、悪くない。兄上の言う通りだ。自分の要求を通すために……きみを、不当に貶めようとした。初めから素直に言うべきだった。リーリアを愛してしまったと」

「そうですの……。わかりました。これは、()()()()なのですね。既に結納の儀を済ませた間柄でありながら、リーリアを愛してしまったと」

「エスト……。受け入れてくれるのか」


 ぱちん!


 私はろっぽーぜんしょを扇子で叩くと高らかに宣言した。



「いいでしょう。クリスティアノ殿下、並びにリーリア。私はあなた方に――



 損害賠償請求致します!!」


「なんだと!?」

「当たり前でしょう? 私は不当に婚約破棄された。私には()()()()()()()()のに、()()()()()()で。殿下自身が今そうおっしゃいました。

 ですから私は、この精神的苦痛に対する慰謝料、及びこの婚姻が継続することで得られるはずだったノヴァーク家の逸失利益……諸々を損害賠償請求致します」

「リーリアさんは関係ない!」


 ヨシュアが放った言葉に、私は眉根を寄せると冷たく言い放った。


「……関係ない? ヨシュア様は、王族法をご存知ないのかしら?

『王族の婚姻は結納の儀を持って有効に認められる』。

 ――つまり、実態はともかく法の上では既に結納の儀を済ませた私とクリスティアノ殿下は夫婦と同等です。それを横からかっさらったリーリアのなさり様は……ファレノ民法上の不法行為でしてよ」



 私は知ってるんだぞー!

 クリスティアノとリーリアはこの「弾劾裁判」イベントより前に、()()()()しとるからな! なんとけしからん!



 それに、と私は続ける。



「オズワルド・フランツェ様、ノルン・ユーリス・コーデライト様、ヨシュア・バルメオ様……。私は、あなた方3名を私に対する侮辱罪で告訴致します!」


「何?!」

「ふっ、何を今さら。今この場で散々私の名誉を毀損して下さいましたわね?」

「そんなこと、知らん!」

「ほほう。否認なさるのね。


 ―― ねえ、衛兵さん!この方々、拘束が必要でしてよ!現行犯にも関わらず、容疑を否認しておられるから逃亡の恐れがあります。更に口裏合わせをして、証拠隠滅の恐れがありますわ!」


「さ、さっき伯爵以上は微罪では裁けないって言ってたじゃん!」

「ええ、申し上げました。侮辱罪は最高でも禁固2年。本来なら伯爵、及び侯爵家のあなた方は逮捕すらされない ――ただし!」


 私は扇子をバサッと広げた。


「ファレノ刑訴法の第10条。『尊属階級 への不法行為の重罰規定』! 自分より上位の階級を持つ者に対する不法行為は――禁固刑においては刑期が1.5倍になります。私はノヴァーク公爵家の娘。


 ……この意味がおわかりですね?」



 しーーん。



 私は扇子で口元を隠すと、目だけで笑った。



「衛兵さん。こちらの方々、連れていって下さいな」




 こうして。

 オズワルド、ノルン、ヨシュアの3人は衛兵に伴われてこの場を辞したのだった。

 色々無茶苦茶だが、だってろっぽーぜんしょに書いてあるんだから仕方ない。ビバ階級社会。




「何が……」


 クリスティアノの小さく震える声が聞こえた。


「……何が、望みだ」


 私が向き直ると、クリスティアノはきらきらと輝くヒーローの瞳で真っ直ぐ私を見た。きゅん。



「和解交渉をお望みですか? ……でしたら、そうですわねえ……。


 ――永代爵位と、領地と、僅かばかりの金貨――10万枚程を下さいな」


「なっ……!?」



 まさかそんな途方もない要求をされるとは思ってもいなかったのだろう。クリスティアノは呆然とした表情でしばらく固まった。


「エスト……、お前、自分が何を言っているのかわかってるのか?! たかが婚約破棄で、爵位に、領地だと?!」

「たかが婚約破棄? 正確にはほぼ離婚と同等でしてよ。なんせ結納の儀が終わっていますからね!

 ……それに、かつて同様の争いが起こった際には、相手方の女性に王領地が割譲されていますわ」

「何?!」

「まあ。殿下はご存知なかったのですか?


 ――王都の東、『アンステラ女伯爵領』の名の由来を!」


「!」



 300年も前の話である。


 今回のクリスティアノとエステレイアのケースと同様に、王子と結納の儀まで終えていた悲劇の女性アンステラは――突然現れた別の女性の存在により、婚姻を破棄される。

 その際、慰謝料がわりにアンステラは爵位と領地をもらって女領主として封じられた。王族の婚約破棄の判例について調べていて知ったことだ。


 つまり、アンステラと同じ状況の私だってこのくらいもらう権利はあるってことだ。



 クリスティアノは明らかに狼狽していた。



「それは……だが……。過大な要求に加えて更に金貨まで要求するなど……見苦しくはないのか?」


「ふふふ。でしたら、金貨10万枚は慰謝料として法院を通じてリーリアに請求することに致します」


「なに?! ……脅しか? 俺とリーリアのどちらに請求しようが、もはや我々は一心同体。結果は変わらんぞ!」


 つまり、リーリアの分は自分が肩代わりしてやるってことですね。

 現実問題としてできるかどうかはともかく、やっぱりメインヒーローだけあって男らしいところもあるのね。……ムカつくけど、彼のそういうところが推しだったんだ。



 だが、そうは問屋が卸さない。



「殿下……。本当にそれでよろしいのですか? 王族法の婚姻の規定をご覧になったことはありませんか? すなわち『王族との婚姻を行う者の条件――


 1、伯爵以上の階級の家系に連なる者であること。

 2、善良公正であること。

 3、禁固以上の刑に処せられたことがないこと。

 4、私的な争いにおいて、金貨5万枚以上の請求がなされ、またそれが法院において認められたことがないこと。』


 ――この意味、お分かりになります?」



 1の条件を満たすことは実はさほど難しくない。リーリアは子爵家の娘だが、どこか別の上流貴族の養子になればいい。


 2はまさにリーリアのような人物を指しているから問題ないだろう。

 クリスティアノと朝チュンしちゃったことはおねえさんの胸の中にしまっといてあげます。


 3は、まあ普通に犯罪を起こしたことがなければ大丈夫。


 問題は4だ。要するにトラブルメーカーはお断り! ってことなんだろうね。



「もし私がリーリアに金貨10万枚の損害賠償請求の訴えを起こし――法院においてその主張が認められたなら。クリス様とリーリアの婚姻は叶わなくなりますわよ」


「……!」



 ――それが嫌ならこの条件を飲めよ。


 私が言外の圧力を滲ませながら冷たく告げると、クリスティアノは今度こそがくりと崩れ落ちた。



「俺は……。だが、これは俺の一存では決められない……」


 そうだろうね。第二王子程度がひとりで決めていいことじゃないね。



「いや、その条件、飲もう」



 ハッキリと。凛とした声でそう言ったのは、ロイデベルク王太子だった。


「兄上……!」

「私が陛下を説得する。証人はここにいる者全員だ。なんならここで宣誓書にサインしてもいい。


 ――だから」


 ロイデベルク王太子はそこまで言うと、私の方を向き、跪いた。

 そしてろっぽーぜんしょを握りしめた私の手に、その大きな手を優しく重ねた。



「だから――もう泣かないで。笑顔を見せてくれないか、エステレイア」


「――?」



 私はそう言われて……。


 その時初めて、自分が泣いていることに気が付いた。



「私――。私は……」



 ぼろぼろぼろぼろ。

 涙が止まらない。


 理論武装の鎧を纏って、言葉を剣に変えて、一言も相手の言質を逃さないよう網を張って。

 でも、怖かった。ずっと独りで、後のない戦いをさせられて。

 本当は私、怖かったんだ――!


「ううう、おうちにかえりた゛い゛~……」


 情けない声を出して子供のように泣く私に、ロイデベルク王太子は立ち上がり、両手で私の顔を掬い上げると、涙でぐちゃぐちゃの顔を指で優しく拭った。



「笑って。エスト」



 そう言われて私は、悪役令嬢に相応しい満面の笑みを――涙で一杯にしながら浮かべた。






 後日。


 ロイデベルク王太子の約束通り、私は永代伯爵となり――自分の領地、エステレイア女伯爵領を与えられた。

 金貨10万枚については追って、と言われたが私は丁重に辞退した。

 別に、本当にお金が欲しかったわけじゃないのだ。代わりに、クリスティアノから正式な謝罪の書面を受け取った。


 オズワルドとノルンとヨシュアはあの後、見せしめとばかりに3日ほど牢屋に入れられたが、私が正式に告訴を取り下げると家に帰され、それぞれが丁寧な詫び状をくれた。

 3人共に各家の長子だったが、家に恥をかかせたとして家督相続権を放棄させられたらしいとは噂に聞いた。


 クリスティアノは第二王子の地位を廃され、私の――エステレイア女伯爵領の3分の1にも満たない小さな領地を与えられそこへ封ぜられた。今は領主として奮闘しており、落ち着けばリーリアと正式に結婚するそうだ。

 逆境にあってもきちんと愛を貫いたのは素直にすごいな、と思う。




 そりゃあさ、もっととことん、完膚なきまで叩きのめしたい気持ちもなくはなかったけど。

 やっぱり私は「カレキス」が好きだから。彼らが勉強漬けでささくれ立っていた私の心に癒しと潤いとニヤニヤをくれたことを私は忘れない。


 うん。ちゃんと社会的に殺せたぞ。ここまでできれば万々歳である。




「ふう……」


 私は税徴収法のテキストとにらめっこしている。領地経営は素人だから、行政法、税法、その他土木や建築に関する法まで――日々、勉強中である。


「随分熱心だな、エスト」


 ソファーに座りテキストに齧りついている私の隣、金の縦ロールに指を絡ませるのは――ロイデベルク王太子殿下だ。


「もちろんです。なんてったってこの領地は大きいですから……。それにしてもよく、こんな広大な部分を割譲することを陛下がお認めになりましたね」

「ふ、あの時その場にいた大臣達が貴女の能力に太鼓判を押して両手を挙げて賛成したからな。自分達の労力を少しでも減らせると思ったんだろう。――それに」


 王太子が私の金髪に口付けてにこりと笑った。


「俺が陛下に言ったんだ。()()()()()()()()()()、と」

「……! ず、随分と自信家でいらっしゃるのね」

「ああ。だが、現実になった」


 私は顔が真っ赤になってしまい、テキストに隠れるようにして目だけで王太子を見た。

 切れ長の碧眼。クリスティアノより鋭く、でも穏やかなその目は私だけを映している。


「エスト。――俺の天使」

「ロイデベルク殿下……」

「ロイドと呼びなさい、エステレイア王太子妃殿下?」

「ロイド様。まだ気が早――」


 有無を言わせぬ唇が重ねられ、私の言葉は吐息の中に飲み込まれた。






 ファレノ王国歴874年9の月。

 王太子ロイデベルク・ギュスターヴ・ファレノと、ノヴァーク公爵家令嬢にして、女伯爵と呼ばれるエステレイア・フォルトゥナ・ノヴァークは婚姻し、盛大な結婚式が開かれた。

 後に王となったロイデベルクは様々な立法施策を行い、賢君と呼ばれた。その傍らにはいつも、「法の女神」と呼ばれる美しく聡明な王妃がいたという。



 終




これで完結の予定でしたが、もう少し糖分を追加したいので、もうちっとだけ続くのじゃ。

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