02.被告人・エステレイア
本日二話目です
※日本の法律と同じ罪名が出てきますが、その内容や解釈、及び運用については全てフィクションです。
祝賀会場は華やかだった。
ゲームでも美麗なイラストが売りだったけど、こうやって自分がその中に立つと、その豪華絢爛さに圧倒されそうになる。私は手の中のろっぽーぜんしょをぎゅっと握り締めた。
パーティーの開幕を告げるファンファーレが鳴る。
「紳士淑女の皆様、ようこそお越し下さいました! 本日は我らがファレノ王国第二王子、クリスティアノ・オーギュスト・ファレノ殿下と、ノヴァーク公爵家御令嬢、エステレイア・フォルトゥナ・ノヴァーク様の正式な――」
「その話、ちょっと待ってもらおう!!」
バンッッ!!!
伝令の声を遮り、勇ましい男の声と共にホールの正面扉が勢い良く開いた。
そこにいるのは本日の主役である、「カレキス」のメインヒーロー・クリスティアノ王子と、攻略キャラである3人の男達――そして、その後ろに守られるように立つ、ヒロイン・リーリアだった。
ぐうっ! まぶしい……!
スチルさながら、美麗なイケメン達の登場に私の目は眩んだ。まぶしい。マジで物理的にまぶしい。何故か王子達の周囲にキラキラのエフェクトが見える。
しかもヒロイン、リーリアたん!
うわ〜〜マジかわいい! マジ天使!
つぶらな瞳にふわふわのピンク髪。しかも逆ハールートに進むにはパラメータALL900超えなはず……そりゃクリスティアノたちも惚れますよ……。
既に心の中で敗北してしまいそうになったが、いやいや、と自分を叱咤する。
エステレイアだって、内部データ的には全パラ700オーバーなんだから! 初回攻略で勝つのほぼ不可能なハイスペック悪役令嬢なんだぞ!
私はキッと瞳に力を込め、こちらへ真っ直ぐに向かってくる王子達を見た。
「エスト。――エステレイア嬢」
王子がエステレイアの愛称を呼ぶ。すると、私の中のエステレイアが……どくり、と反応した。
うん。エステレイアはクリスティアノが好きだったんだよね。私もカレキスでは彼が最萌えだったよ。
第二王子という微妙な立場で、周囲に翻弄されて育ったがゆえのツンデレ系でさ。最初ぶっきらぼうだったのがデレるとかわいいんだ。
「俺は……私はこの場で、エステレイア・フォルトゥナ・ノヴァークとの婚約破棄を宣言する!」
ざわっ!!
クリスティアノ王子の宣言で、場はにわかに騒然となる。
――大丈夫。落ち着け。話の流れはわかってるんだ。
私はろっぽーぜんしょを左手に持ちつつ、胸元から扇子を取り出すと優雅に口元にあてた。
大事なのは、投獄と国外追放を回避すること。彼らの暴く罪が、それに値しないと示すことだ。そしてできれば、エステレイアの名誉を守ること。
私は大きく息を吸い、そして吐き出した。
「まあ……クリス様。何故突然そのような。理由をお聞かせ下さいまし」
「皆まで言わせるな! 俺は、失望したんだエステレイア。お前が……リーリアに行った乱暴狼藉の数々、忘れたとは言わせない!」
「乱暴狼藉……?
――時に殿下、『ファレノの法とは』?」
私が唐突に、だが周囲に聞こえる強い調子で唱えたのはファレノ王国憲法の序文。
クリスティアノ王子はほぼ反射的にそれに答えた。
「――『万民の下に平等である』。なんだ、急に」
「『ファレノの王族とは』?」
「『万民を代表し、神の委託によりこれを統治す』。――なんだ? 言葉遊びに付き合う気はないぞ!」
「ふふふ、良いのです。乱暴狼藉の件……具体的にお伺いしても?」
――これで良い。王子は私の用意した舞台に乗った。
「貴女は、リーリアを魔物の棲みかに捨て置き、殺そうとした!」
横から突然割って入ったのは、王子付きの騎士であり、クールな攻略対象キャラでもある黒髪のオズワルド・フランツェだった。
「オズワルド様。それは、私のどのような罪ですか」
「貴女はリーリアを誘拐した!」
「誘拐?」
私は扇子の奥で笑った。
「『誘拐』……。オズワルド様、ファレノ刑法の誘拐罪の項をご覧になったことは?
――条文にはこうあります。『人の心身を不当に拘束し、または強制的手段により略取した者を誘拐罪とす』」
「それが、どうした」
「私は、リーリアの心身を拘束したことも、脅して強制したことも御座いません。つまり、『誘拐罪』にはなり得ない」
「……甘言を用いて誘惑した」
「それは誘拐罪の構成要件に当てはまりません」
オズワルドの言う誘拐とは、「夢見の夜露を探して」というイベントのことだ。
負傷したオズワルドの傷を治すため、魔法の薬「夢見の夜露」を探すリーリアにエステレイアが声をかける。「『夢見の夜露』が存在する場所の伝承を聞いたことがある」――と。
かくてエステレイアとリーリアは連れ立ってその伝承の示す場所に向かい――リーリアは、エステレイアに嵌められて独り暗い森に残されてしまう。
その後魔物が現れたところでオズワルドが華麗に参上し、魔物を成敗して2人は急接近するのだ。
――なんだこれ。むしろ感謝してほしい。
「詭弁だ! 貴女がリーリアを魔物の棲む森に捨て置いたのは事実だ!」
「『捨て置いた』? ただ、はぐれてしまっただけです。仮に貴方の思い込み通り……捨て置いたとして。健康な、判断力のある、成人の女性をその場に遺して去ったことが何の瑕疵になるのです?」
「危険な森だ」
「ええ、私も怖かったです。でもリーリアの求めに応じて案内しました。
……あら。オズワルド様の法解釈に依れば、『オズワルド様を救いたい』という真摯な甘言で……私を絆して森に連れ出したリーリアの方が誘拐犯になってしまいますわね」
まあ、制作サイドの裏話によるとエステレイアが魔物を呼ぶ香を炊いてリーリアを危機に陥れたのは事実らしいんだけど。まさかそんな裏設定の証拠が残っているはずもあるまい。
「クッ……!」
オズワルドはぎりりと奥歯を噛んで拳を握り締める。
ああ。オズワルド……残念だ。クールだけどちょっと抜けている一途な脳筋紳士で人気キャラなのに。
「でもでも、エステレイア様は皆の前でリーリアをいじめたでしょ! 侮辱して、貶めた! エステレイア様は悪い奴なんだから、牢屋に入れてよ!」
会場に、場違いな程子供っぽく、かわいらしい少年の声が響いた。
「侮辱……? つまり、私は侮辱罪、なのですか?」
私がすっと目を細めると、かわいらしい声の主……明るい茶髪に赤眼と碧眼のオッドアイの少年、ノルン・ユーリス・コーデライトは言った。
「そうだよ! リーリアのお祖父さんはガーリオ人だって言った!」
「そうですね」
「だからリーリアには訛りがあるって」
「ええ、言いました」
「リーリアがかわいそうだ!」
うんうん。あったよね。わりと初期、学園の食堂に来たリーリアを皆の前でつるし上げる、エステレイアの初スチル。
ノルン・ユーリス・コーデライトは学園の中等部に所属するショタっ子で、人懐っこさの中にヤンデレ気質が見え隠れする曲者攻略キャラである。
しかもコイツ、ルートによってはエステレイアを刺しに来る。怖っ。
「……何故、リーリアのお祖父様がガーリオ人で、ガーリオ訛りがあることがかわいそうなのですか。ファレノの過去の判例では、『その者の出自を公の場で明らかにしただけ』では侮辱とはみなされていません」
「リーリアが学園にいることは相応しくないって言った!」
「それは私個人の意見であり、リーリアの名誉を毀損するような事実ではございません。
――ファレノ刑法上の『侮辱』の定義を勉強してらして?」
「でも他にも……!」
「ノルン様。重要なことをひとつ、お忘れではなくて?」
私はぱちん、と扇子を叩いて閉じる。
「ファレノ刑法では侮辱罪は『親告罪』。 当事者であるリーリア以外の何者がどう思おうと、関係ないこと。
――リーリアが、私を罰したいとおっしゃったの?」
親告罪……つまり、被害者であるリーリアの告訴がなければ訴追できない。
私が男共の奥で震えるリーリアを見ると、リーリアは庇護欲をそそる表情でふるふると首を横に振った。
「いえ、わたしは……! エステレイア様は悪くないです……」
うん。そう言うと思ったよ。リーリアたんはそういう子だ。
「リーリア!」
「ノルン様。悪いのは、弱いわたしなんです。わたしが何にも負けない強さがあれば……」
「リーリア……!」
ひしっ。
思わずリーリアに抱きつくノルン。
燃え上がってんじゃねえ。つかリーリアたんマジ天使。
私がふー、と眉間に扇子を当てて息をすると、次にすらり、と無言で前に進み出たのは細身の男だった。
「ヨシュア様……。貴方も何か私に罪があるとお考えですか?」
「……あなたは、リーリアさんに数々の嫌がらせをしました」
銀髪盲目の男、ヨシュア・バルメオは静かな、でも嫌悪を含んだ声で言った。
「嫌がらせですか」
「ええ。まず、あなたはリーリアさんのドレスをバラバラに切り刻んだ」
「まあ」
「屋上に呼び出し、閉じ込めた」
「あら」
「リーリアさんが作ったお菓子に、毒物を混ぜた」
何それこわーい。
盲目のヨシュアは音楽を愛する、穏やかな性格の癒しキャラだ。その優しい声音で淡々と批判されるのはなかなか堪える。
ただし、ヨシュアルートだと瞳の中に魔王を宿しているのが明らかになるけどな!
「なるほど――。では、仮にそれが、全て事実だと致しましょう。まず、ドレスを切り刻むというのは『器物損壊罪』。これでは私を投獄することはできません。」
「何故……?」
「微罪だからです。『器物損壊罪』は最高でも禁固2年以下の投獄。
――ですが、ファレノ刑訴法によれば、伯爵以上の爵位を持つ者は禁固2年以下の罪で投獄されることはありません。そもそも、証拠はあるのです?」
「あのような無惨なドレス、リーリアさんの目に留めておくことはできません。……処分しました」
「ハッ、処分? 唯一の証拠を? そもそもそれでは犯罪が行われたかすらも立証できない。貴方の方が言いがかりですわね」
ありえない……!
客観的な証拠なしに断罪するつもりだったのか。
私は怒りで腹の奥が熱くなる感覚がした。
「次に――屋上に閉じ込めた件ですか。これは一体、どのような罪で」
「屋上に、リーリアさんを監禁した」
「まあ『監禁罪』!
――わかりました。では、ご一緒にファレノ刑法の『監禁罪』の項目をおさらい致しましょう」
私はそう言うと、パラリとろっぽーぜんしょを捲った。
「『ファレノ刑法第200条、監禁罪。人を不法に閉所へ監禁し場所移動の自由を妨げた者は監禁罪とす』。
――もうおわかりですね?」
「何を……」
「青空の下は『閉所』ではございません。過去の判例でも『閉所とは、四方及び上下を壁や屋根など物理的に人力で破壊することが困難なもので囲まれた場所を指す』とあります。つまり屋上に閉じ込めてもそれはファレノ刑法上は罪になりません」
「なんと……」
うん。なんと、だよ。文句はこのガバガバな条文を作ったやつに言ってくれ。
「そして最後の、お菓子に毒を混入した件ですが……。これは、事実ならば罪になりますわね」
「もちろんです」
「ですが被害者はリーリアではありません」
「なに……!」
「当たり前でしょう? 毒を盛ったならば、『傷害罪』の未遂。必ず対象がいるはず。リーリアは元々最初から他人に渡すつもりでそのお菓子を作りましたね?
リーリアがお菓子を差し上げるはずだった相手――それが被害者です。さて、それはどなた?」
ヨシュアは静かに、だが苦々しい声で言った。
「それは――――あなたです、エステレイア様」
そうなのだ。
博愛主義者の大天使リーリアは、エステレイアと仲良くなりたい一心で、調理実習で作ったお菓子をプレゼントする。だが、エステレイアは「このお菓子、変な匂いがするわ」と言って口すら付けずに犬にあげてしまう。そして、その犬が死ぬのだ。
ヨシュアの活躍で、それがエステレイアが毒の混入を指示した自作自演だったと明らかになるわけだが。
「そう。私はこの通り、ピンピンしておりますわ」
「――犬は、死にました」
「生憎ですが、傷害罪及び傷害致死罪は相手が人でなければ成立しません。器物損壊罪になる可能性はありますが。
……ただしその犬は野良犬でしたから、器物損壊罪の『人の持ち物を損壊した者は』という構成要件には当てはまりませんわね」
「毒を盛ることで、リーリアさんの名誉を貶めました」
意外と食い下がるな。さすが知的キャラ。
「お待ち下さいな。ヨシュア様によれば、毒を盛ったのは『私』だと明らかになっている。私が毒を盛ると、リーリアの名誉が傷つくのですか? リーリアはかわいそうな被害者なのでしょう?
――まあ、仮にその毒で被害者が出て、リーリアが毒を盛った、などと私が公然と指摘したならば話は別ですが――」
イベントの記憶に間違いがなければ、私は『変な匂いがする』としか言ってない。
「ヨシュア様。つまり、貴方のおっしゃる私の罪が仮に全て事実だとしても――私を拘束し、投獄する正当な事由にはなりません」
大体、証拠らしき証拠も残ってないのだ。仮に裁判になったって有罪にはできない。
――この国の司法が、まともならば。
そう。私がここまで屁理屈を捏ねてまで投獄される理由を丹念に潰すのは理由がある。
理由は単純。
投獄された後、王族の敵となった私に公正な審判が下される保証はどこにもないからだ。つまり、牢屋に放り込まれたらその時点で負け、国外追放まで一直線である。
かつん。
婚約破棄宣言から沈黙を守っていたクリスティアノ王子が、前へ進み出た。拳を握り、唇を引き結んでいる。
そして王子は私を怒りの眼差しで見ると、口を開いた。
「黙って聞いていれば、詭弁を弄し煙に巻いて……!
――――衛兵! この者を捕らえよ!!」
ザザザザッ
会場の四方から、警備していた衛兵が集まってきて私を取り囲む。やはり、そう来たか!
私は衛兵のひとりに肩を掴まれると、この日一番の大きな声を張り上げた。
「ファレノの法とは!!!!」
――“万民の下に平等である”。
誰かがぼそりと呟いた。
「ファレノの王族とは!!!!」
――“万民を代表し、神の委託によりこれを統治す”。
先程より、やや数の増えた声で。
――ファレノ王国憲法序文。
“ファレノの法とは万民の下に平等である。
ファレノの王族とは万民を代表し、神の委託によりこれを統治す。
神の目はあまねく万民に注がれ、その法は地上の全てに優越す。”
この国で高等教育を受けた者なら誰でも諳じることができる文章だ。
この憲法序文が意味するところは、ファレノ王国の法律は、ひとつの例外なく平等に万民に適用されるということ。
そして。
「ファレノ王族は万民の代表、いわば万民の中の万民でございましょう! たとえ王子殿下といえども法の下の平等から逃れることはできません。そして、如何なる権力をもってしても、その法は地上の全てに優越するのです。
――つまり、貴方はファレノの一国民として、正当な理由なく私を拘束することなどできはしない!!」
私の高らかな宣言に、衛兵はハッとしたように私の肩を放す。
そして恐る恐る引き下がると、もう私に触れようとする者はいなかった。