01.被害者・風間早織
本日二話更新します。
短期連載ですがどうぞよろしくお願いします。
私、風間早織は司法浪人生だ。
経済的事情により法科大学院への進学を諦め、バイトしながら司法予備試験合格を目指す貧乏司法浪人生である。
現在、乏しい貯金とほんのわずかなバイト代で、爪の先に火を灯すようにしながら勉強している。予備校代だけはなんとか一括で払ったが、来年度以降はわからない。
――絶対に落ちるわけにはいかない。
勉強勉強、ひたすら勉強。たまに家庭教師のバイトして、睡眠時間はごくわずか。そんな私の唯一の癒しは……乙女ゲームだ。
その中でも「華麗なる君とのkiss」、略して「カレキス」は最近一番の私的スマッシュヒットだ。
何がいいって、やっぱりキャラデザ。人気絵師さんの描くキラキライケメンの美麗スチルはそれだけでごはんが美味い。中の人も人気声優ばかりなので、深夜に独りヘッドホン越しに悶えたことも数知れず。
さて、今日も束の間の夢に癒されよう。
私は寝不足の目を擦りながらスマホのアプリを開こうとして――
ぷつり
突然私の視界の電源がオフになった。
――あ、死んだな。
私は本能でそう、理解した。
「――お嬢様、エステレイアお嬢様、お目覚めの時間です」
目覚めると、そこはふかふか豪華なベッドの上だった。
「うん?」
おかしいな、死んだと思ったんだけど。単なる寝不足だったかな。ならまあ良かった。今日は予備校行かなきゃいけないし。
そう考えながら身を起こすと、視界の端に豪華な金髪が映った。思わず掴んでみると――
「イデッ」
自分の髪の毛だった。
思わず手を見る。白く細い指は、磨き抜かれてピカピカだ。
顔を触る。寝不足でがさがさなはずの肌は、つるつるすべすべだ。
「か、鏡!! 鏡はどこっっ??!!」
思わず叫ぶと、私を起こしてくれたらしき女の人が慌てて部屋の隅から豪華な…金の装飾の施された鏡を持ってきてくれた。
その鏡に映った私は。
豊かな金髪に少し釣り気味のルビーの瞳。抜けるように白い肌に、不遜に端の上がった形の良い唇。
一発でわかった。私――
「カレキス」の悪役令嬢、エステレイア・フォルトゥナ・ノヴァークになってる。
「なんでやねーーーーん!!!」
あまりの理不尽に、関西人でもないのにツッコミの叫びが出てしまったのだった。
私は今、金ピカの豪華な鏡台の前に座っている。
後ろでは、女の人――侍女?らしい――が2人がかりで私の金髪にカーラーとコテを当て、巻いている。
縦ロールって……大変なのね。
金髪ドリルとか言ってごめんなさい。
私はふと、侍女さんに尋ねる。
「ねえ、今日って何年何月?」
「王国歴873年、2の月ですわ」
――けっこう終盤じゃねえか。
「カレキス」は王国歴870年の4の月から始まり、3年間の学園生活を送る。873年の3の月で卒業を迎えるとゲームクリアだ。パラメータなどの条件を満たしていれば、めでたく攻略キャラに告白されてラブラブENDである。
ライバルであるエステレイアは、大体最後フラれて泣きながら去っていく。
が、今の私には特に誰かに恋をしている……という実感はない。肉体であるエステレイアとしての記憶もあるにはあるのだが、風間早織としての意識が強いからだろう。
難しい顔をして考え込む私に、場を明るくしようと思ったのか侍女さんがにこりと笑って話しかける。
「来週は、クリスティアノ王子殿下の誕生日パーティー……そして、エステレイアお嬢様との正式な婚姻発表ですもの。本当に、楽しみですね」
「ハァァアアアアア??! ……マジ!? お姉さん、それマジですか?!」
腹の底から出た私の叫びに、侍女さんは怯えながらこくこく、と頷いた。
クリスティアノ王子の誕生日パーティー、エステレイアとの婚姻発表って…………トゥルーエンド直前の逆ハールートじゃないかあああああ!!!!!!
私は頭を抱えた。
そう。「カレキス」は基本、目当てのキャラを攻略してクリアだが、ひとつだけ違うエンディングがある。攻略キャラ全員を落として、必要なイベントをクリアすることで到達するトゥルーエンド――所謂逆ハーレムルートだ。
これはまずい。何がまずいって、私の立場がまずい。
通常エンドではただフラれて去っていくだけのエステレイアだが、この逆ハールートでは……
メインヒーローである王子とエステレイアの婚姻発表パーティーが開かれ……その場で、これまで彼女がヒロインに行ってきた数々の嫌がらせや悪行が攻略キャラ達によって公の場で晒され。
王子に一方的に婚約破棄を宣言され、フルボッコされたエステレイアはそのまま投獄、のちに国外追放となるのである。
プレイヤー間で「弾劾裁判」と呼ばれるイベントだ。
――私の手は震えた。畏れではなく、怒りで。
おいおいちょっと待て! いきなり投獄とかなんなんだ。司法制度はどうなってるんだ。
ていうか、私的な争いで投獄→国外追放の刑罰コンボっておかしいでしょ!
そもそも、「弾劾裁判」という言葉の使い方が間違ってるからな!!!!
自分がヒロインとしてゲームをプレイしていた時には気付かなかった理不尽さに、私は震えた。仮にも私は法曹を目指している。それが、こんなデタラメな私的リンチを、赦してたまるか!
震える手を膝の上で握り締めると、私は侍女さんに告げた。
「……お姉さん、六法全書持ってきて」
「ハイ?」
「ろっぽーぜんしょ……法律が書かれた本! い、いくら設定ガバガバの乙女ゲーでも、法律くらいあるよね?! 法治国家で作られたゲームだもんね?!?!」
お姉さんが凄い早さで部屋から飛び出し――しばらくして持ってきたのは、随分と薄い本だった。
「……これで、この国の法律全部?」
「いえ、お嬢様の言ってらした六法……というものだそうです」
あまり詳しくないのだろう。私の質問に、侍女さんは自信無さげにぽつぽつ、と答えた。
私はパラパラと頁を捲る。
――なるほど。憲法、刑法、民法、商法、民訴に刑訴。日本の六法と同じだ。だがパッと見た限りでは大分簡略化されているようだ。
読めば本物との違いもわかるだろうけど……さすがに開発者だってそこまで細かく設定考えてないよね。
「……フフ、フフフ」
私の口から不穏な笑いが洩れた。
私はびたん! と「ろっぽーぜんしょ(六法全書とはとても言い難い)」を閉じると、鏡台の椅子から勢い良く立ち上がった。
「いいでしょう。受けて立つ! そっちがその気なら、無法者はまとめて――
――――社会的に殺す!!!!!!」
エステレイアは激怒した。必ず、かの邪智暴虐の王子共を除かねばならぬと決意した。めっちゃ決意した。
それから一週間。
私――エステレイアは、机に齧りついてろっぽーぜんしょ他、過去の判例、法学者の法解釈についての論文を読み漁った。
私を守るのは、この法だけ。法という鎧を纏い、法という剣を抜く。戦えるのは私自身だけだ。
「ぜってー負けねー……!」
もはや女の意地である。
そして、「弾劾裁判」ならぬ王子の誕生日祝い兼エステレイアとの婚姻発表パーティーの日になった。
「お嬢様――本当にこのドレスでよろしいので?」
「ええ。これでいいわ。これにする」
「わかりました。では代わりに……宝石と御髪の飾りは、華やかにさせて下さいませ」
私が選んだのは、黒のドレスだった。
それは、裁判官が法廷で纏う法服の色。何にも染まらず、中立公平に裁くという法曹の良心を体現した色だ。私は、絶対、何にも染まらない。
「では――いってまいります」