18 こっちを見るな!こっちを
ここは教会から南へ、正確には環状道路だから南東へ来た所にあるスラム街。
このままこの第三環状道路沿いに行けば南道路との交差点へと出るから、そこで左に曲がり北上すれば商店に到着する。少々遠回りになるがその方が安全だろう。
取り敢えず、環状道路を東へ歩き始める。暫く行くと橋を渡った。どうやらこれが昨日イサドさんが言っていたネス川だろう。川幅がかなり広い。この川が王都の中を通っていることで生活用水を賄えていると言っていたな。
道を更に進み続ける。お城を中心に円を描く様に通された道路なので緩く湾曲して見える。暫く行くと南道路へと出た。ここを北へ行けば王城だ。その手前にイサドさんの店がある、はずだ。
地図で確認すると約3.5km、夕方までには到着できるかな。
街は次第に昔のヨーロッパの様な様相を取り戻している。
日はかなり傾き始めた、そろそろ街は夕方の喧騒に包まれるに違いない。この道はメインストリートなのか様々な店舗が並んでいる。食料品から武器、防具、魔道具など異世界ならではの店舗まで様々だ。魔法使いの自分にとっては杖が欲しい所だが、夕方までに到着できないかも知れないからまた今度来よう。
かなり急いだ為か思ったよりも早く辿り着けた。商会の店舗の周りは既に夕方の喧騒に包まれて色んな人が行き交っていた。
店の中に入り受付でイサドさんの所在を確認すると内密な用事で王城へ行っているとの事だった。
「本日はどのような御用でしょうか。」
「ターニャと言います。盗賊の宝の売却の事で本日伺う事になっていたのですが。」
「ターニャ様ですね。承っております。金額が、1,250,000ゴールドです。内訳はこちらの紙に記載しておきました。」
125万!盗賊の硬貨と合わせて7,695,450ゴールド。
本当に元の世界へ帰る時に両替してくれないかなぁ。
――― 橘雪乃 ―――
この世界へ来て未だ四日しか経っていない。毎日の午前中の訓練と午後の実践で魔物と戦う毎日で既に何カ月も経ったような気がする。しかし、今日は午後から実戦訓練はない。冒険者ギルドへ登録しに行くからだ。これは実戦訓練で倒した魔物を冒険者ギルドへ素材として卸し小遣いを得る為だ。
王城の東門を潜ると東道路があり堀とそれに掛けた橋が見える。その先には昔のヨーロッパの様な街並みが見える。
初めて王城から外に出た。まるで観光しているような気分だ、心が弾む。
王城を出て東道路を進むと最初の環状道路までは貴族街で広い庭のある巨大な邸宅が並んでいる。人通りも無く静かなものだ。 第一環状道路を越えると大きな屋敷と商店などが混在し始め次第に活気を帯びて行く。冒険者ギルドは東道路と第二環状道路とが交わる所にある。
私達五人は初めて見る王都を落ち着きない様子で忙しなく見回しながら歩く。私達に戦い方を教えてくれている騎士が一人同行していて説明してくれる。
「道の左に三階建ての灰色の建物が見えるだろ。あれが冒険者ギルドだ。くれぐれも問題は起こすなよ。特にユキノ。お前が一番絡まれるかもしれないぞ。」
「大丈夫ですよ。絡まれても軽くあしらいますよ。」私は絶対大丈夫!帰ると言う強い目的があるから。
「アヤメ、お前も危ないぞ。それだけデカいと好色な男に目を付けられるかも知れないからな。」
「うっわぁー、それセクハラ!スケベじじぃー。」さすが彩芽、口さがない、容赦がない、辛辣、毒舌。
「せくはら?何だそりゃ。異世界語か?そんな概念がないぞ。」そりゃ文明未発達の異世界だからね。
冒険者ギルドに到着した。時間は正午を回ったところだ。だからだろうか人は疎らだ。
騎士によると午前中は仕事の受注客でごった返し、夕方は素材を納品する客でごった返すそうだ。
白い石造りの建物を見上げる「冒険者ギルド王都支店」の看板が。
本店はどこだろう?どうでも良いけど・・・
中に入ると酒臭い。右が酒場になっているみたいだ。
昼間から飲んでいるマッチョが沢山いる。一斉にこちらを見てくる。高校生三人に大学生二人の日本人は幼く見え新人いびりの良いカモかもしれない。だからだろうか、モヒカン頭のごつい男が近寄って来た。
「おっ!テンプレ来たぁ。」
長髪メガネの赤坂、ぼそっと言うな!賢者の一人赤坂はあんまり喋らない。長髪メガネだけど顔は悪くはない。隠れファンが沢山いそうだ。
「テンプレ?何?」私には何がテンプレなのかがわからない。なぜ、赤坂お前は異世界にそんなに詳しいんだ?
「おい、ねぇーちゃん、俺たちのパーティーに入らないか?はい。加入承諾致しました。今晩は歓迎会だからな。今から行くぞ。ひゃっはー。」
どこのワンクリック詐欺だよ。って言うか、モヒカンでヒャッハーって叫んでるし、どこぞの世紀末ヒャッハーにしか見えないよ。あー、頭にZの文字を書いてあげたい。うずうずする。
「待て、お前はふざけてるのか?あっち行け。」
おー、金髪勇者の高校生、青山ダイヤが助けてくれてるよ。だけど大丈夫かな。勇者とは言えレベルはまだ13だし。
「あー、何だと、てめぇーうるせー」バコッ!!
「大丈夫??」弱いんじゃないかと思ったら一発でのされてるし。空中に「KO」って文字見える気がする。幻視?
「そこまでだ。止めないと俺が相手になるぞ」
騎士さん登場!なんか格好良いぞ!騎士さんの名前はダミアン。もちろん悪魔ではないし頭に666の数字も刻まれていない。多分。
「ちっ、分かったよ。止めるよ。」
相手はダミアンの実力を知っているのか大人しく引き下がった。
「大丈夫、青山君?私を助けようとしてくれたのに。」
「いや、気にするな。すっごいムカつくけど、今は仕方が無いのは分かってるから。次は守れるように頑張るからな。」
おーちょっと格好良いぞ!
「うん、ありがとね。次は頑張れ。」
なんかナイトみたいだ。皆が何か守りたいものを見つけて孤独な異世界で頑張ってるんだ、身に染みるなぁ。
「ダイヤ君の事はあたしが守るから大丈夫だよぉ。賢者のあたしに任せなよぉ。」
奥之院彩芽ぇ、語尾を延ばすな語尾を。間延びした話し方を止めて。体育会系の私としてはちょっとイラつくよぉ。あ!私も伸ばしてるし、移ったかも。
「まぁ、任せたよ、彩芽。私は自分の事で手一杯だから。出来たら男ども全員任せたいよ。いや任せた。」
「おい、俺たちの順番が来たぞ。」
田中大輝は優等生タイプだな。絡まれてる間に受付済ませてるし。イケメンだし面倒見も良くて持てるなこりゃ。彼氏にしたら心配で心が折れそうだ。
用紙に名前だけ書いて提出する。
後は、鑑定の魔道具で調べた結果だけが記載されるようだ。
暫く待つと名前を呼ばれカードを渡された。
カードの内容を確認すると名前と職業レベルにギルドランクが記載されている。
ランクはEだった。
カードの内容はステータスの内容よりも簡単なものだ
それほど高級な魔道具は使用されていないらしい。
若しくは、そう思わせるために簡単な内容を記載しているのかも知れない。
ギルドには詳細に鑑定された結果が保管され、その情報が国家間若しくは個人間で取引されている可能性も否めない。
問題はその情報がどのように利用されているかだ。
しかし、結局は既にこの国に利用されている現状では何ら変わる事は無いのかも知れないけど。
「ごめんなさい、お断りします。」
ここで突然金髪勇者の青山ダイヤが彩芽の申し出を断った。今まで考えていたのか?
「えぇー、どうしてぇ?」
彩芽、顔が悲痛過ぎるぞ、止めろその顔!
「好きな人がいるんだ。」
青山、こっちを見るな!こっちを。
「そんなに恥ずかしがらなくても。気持ちは分かってるから。」
彩芽大丈夫か?ストーカー予備軍?写真部屋中に貼って無いよな。
「宜しいでしょうか。」
受付のお姉さんが呼んでる。
「5人纏めて説明しますので。このカードには名前、職業、現在のレベル、現在の冒険者ギルド内でのランクが表示されます。このカードは倒した魔物の数をカウントするとか、記載内容がレベルが上がるたびに変化する等の謎仕様はありません。こちらで、情報を整理して記載しますので、定期的に訪れてください。レベルの上限は99です。ギルドランクはGからSSSまでありますが、Sランクは少数です。それ以上はほぼいませんし、居ても名誉職の様なものです。ですので実質的に八つのランクとお考え下さい。皆様方は勇者様と賢者様で既にレベルも10超えてますのでEランクからのスタートです。依頼の受付はこちらのカウンターで行い買取は隣のカウンターで行います。何か質問はございませんか。」
「大丈夫です。王女様から聞いてますので。」
優等生が優等生らしく笑顔で答える。
「それでは、これからよろしくお願いいたします。」
出口に向かうと、相変わらず世紀末ヒャッハーがいる。
横を通り過ぎようとすると尻を触ろうとしてくる。
思わず剣を抜き頭にZと刻んでしまった。
これでより世紀末ヒャッハーらしくなったな。
スッキリした。
これで明日からまた頑張れる。
絶対に帰ってやるぞ!