11 ホテルレハストン
イサド商店を去ってホテルへ向かった。向かったと言っても交差点を越えた所に建ってる来た時に見た白い五階建ての建物だ。
全く汚れていない、ただ白い。もしかして魔法で汚れない様にしているのだろうか。
門を潜る。多くの人々がロビーで寛ぎ、まるでリゾートホテルの様な温かくも柔らかな空間に穏やかな時間が流れている。左手の隅には小さな舞台が設けられている。舞台の上では四人の女性が四重奏を奏で空間を彩っていた。二台のバイオリンとビオラ、そしてチェロでカノンの様式で同じ旋律を異なる時点からそれぞれ開始して演奏していた。パッヘルベルのカノンの様に優しくも温かい旋律がロビーを満たしていた。ロビーにいる多くの人々が演奏に耳を傾けている。
エントランスの右手にはレストランが併設されている。これがイサドさんの言っていたレストランだろう。香ばしくも何んとも言えない美味しそうな匂いがそこから漏れ出ていた。今晩のごはんはここで確定だな。
「いらっしゃいませ。」正面のレセプションへ行くと綺麗なお姉さんが、辺りの空気が噎せるほどの高雅な香りを漂わせながら笑顔で挨拶をして来る。この世界の人は美人が多いのだろうか。かなり整った顔立ちをしている。
「そこの商店のイサドヌインさんの紹介で来ました。」
「ターニャ様ですね、お部屋は五階にご用意しております。」
「もう連絡が入っているのですか。仕事が速いですね。」
「えー、それはもう。イサドヌイン会長は有能なお方ですから。」
すると受付嬢の後方から男性が出て来た。周囲に気を配り辺りを見回している。雰囲気的に支配人だろうか。するとこちらを見て目が合い近寄って来る。
「ターニャ様ですよね。お元気になられたんですか。」
「ん?ターニャですが、あなたがご存知の方とは別人だと思いますよ。今日遠くから来たばかりですので。」
「本当ですか?信じられません。こんなに似てらっしゃるとは、しかも名前まで。」
「昨日もイサドヌイン会長に同じことを聞かれました。この世界には三人同じ顔の人がいると言う話ですよ。」
「なるほど。会長も同じように思われたのですね。なるほど、振りですね。では、お部屋までご案内いたします。私は支配人のガルメナです。お荷物はありませんか。」
「荷物は大丈夫ですよ。」
「では、ご案内いたします。エレベーターで五階まで上がります。エレベーターを御存じでしょうか。魔道具を駆使して他の階層へ昇降できる構造を持つ小部屋です。」
「へー、魔道具を動力として使って運用している訳ですか。魔道具って便利ですね。」
「エレベーター自体には驚かれないのですね。」
「そうですね。故郷では皆さん普通に使用してましたので特別感が無いですね。」
五階に到着しエレベーターを降り部屋へと案内される。どうやら一番端の部屋だ。廊下には誰も居ず長い毛足の絨毯で足音さえも吸収されただ静寂が支配していた。
「こちらの501号室で御座います。」
扉を開けてもらい入室する。部屋はロココ調の様な様式で白塗りで統一され金で装飾されている。家具と調度品も白色で統一され女性的で繊細にして優美だ。これらはロココ様式の特徴である華やかではあるが目立って繊細で特徴的な装飾的要素を持っていて曲線モチーフに埋め尽くされ官能的で怪しげな雰囲気さえも漂わせている。
「こちらでシャワーが使え、隣がトイレになってます。もちろん以前に勇者様からのご要望で作られたものです。風呂は一階に大浴場が御座います。ところで、滞在予定はお決まりでしょうか。」
「まだ予定が立たないので暫く滞在しようと思っています。七日分ほど纏めて支払っておきたいのですが。」
「いえ、会長からお好きなだけ無料で滞在して頂くよう言付かっております。」
「会長?」
「イサドヌイン会長です。商店だけでなくこのホテルの会長でもあります。」
「へー、手広く商売なさってらっしゃるんですね。」
「ところで、ターニャ様。何かご事情が御有りなのでしょう。私もその様に対応致します。」
「本当に勘違いですって。」
「徹底してますね。御用の際には内線がありますのでそれでお申し付けください。」
「魔道具ですか?」
「はい、それも過去に召喚された勇者様のご希望で作られた魔道具で御座います。それでは失礼いたします。」
部屋は二間続きでリビングとベッドルームで広さは40畳ほどと言ったところだ。
久しぶりにベッドで寝られる。革鎧を脱いで横になる。本当は着替えたいが着替えも無い。明日にでも買いに行かないと・・・・あー、眠い、意識が遠のいていく・・・