10 王都
森を出た翌日、日がかなり傾き始めた頃、西の方に何処迄も続くような高く褐色に聳えるの城壁が見えて来た。王都の城壁だと説明を受ける。
ここから見ると西方にある王都の上空は夕暮れ時という事もあり、黄金色に輝き始めていた。
行列が見える。どうやら城門から続く行列で王都への入場を待っているようだ。行列の期待と緊張感が低い唸りの様な騒めきとなって列全体を押し包んでいた。100人は居るだろうか。これでは入場までに何時間かかるか分からない。
「凄い人数ですね。入場までにどれくらい掛かるんでしょうね。」商人に尋ねた。
「王都は大都市だからな。でも、そこには並ばないぞ。因みにここに東門だ。王都に城門は四つ。東西南北に一つずつだ。」
馬車は行列の最後尾の横を通り過ぎた。どうやら別の門へ向かうようだ。
到着した門には貴族のものだと分かる紋章が入った革の幌を纏った高級そうな馬車が数台並んでいるだけだった。
「ここが貴族専用の門だ。知ってるだろ?」
「え?もしかして、イサドさんは商人と言いながら実は貴族だったんですか。」
「いや、貴族の御用達の商店だから特別に許可を貰っているんだ。」
貴族専用門は、馬車が数台しか並んでいなかったので直ぐに順番が回って来た。検問は馬車から降りる必要は無いようだが衛兵が馬車の中を覗いて確認している。
商人と仲良く話をしているので顔なじみのようだ。
衛兵が馬車の中を見回す。すると衛兵が俺を見て目を大きく見開いた。驚いたような顔をしている。どうやら見知らぬ奴が居て驚いたか犯罪者に似ていたのだろうか、訝しまれているようだ。
「この娘は田舎から出て来たそうです。旅の途中で盗賊に私共と一緒に捕まってしまったんですが、その時に身分証を取られた様ですね。」商人は上手く話を誤魔化してくれている。
「盗賊に捕まったんですか。大丈夫でしたか。無事逃げられた様で良かったですね。」
「えー、そうなんですよ。盗賊は50人ほどいたのですが、全員この娘が殲滅してくれて生き残れたんですよ。」
「なるほど!ター、ん”っ、ん”っ、この娘がいたから、だから助かったんですね。それは運が良かった。それはそうと、二日ほど前の夕方大きな地震があったんですが何事も無かったですか。火柱が天に向かって昇ってたとか、星が落ちて来た等と言う話もありますし。」
「二日前の夕方ですか?その頃は盗賊に捕まってましてね。地震を気に掛ける処ではなかったですね。生きるか死ぬかの瀬戸際でしたし。腹を刺されたんですが、この娘が魔法で直してくれましてね。」
「え?魔法で?」
「ん?本当ですが。」
「そ、そうですか。ではお通り下さい。」
「お勤めご苦労様です。」
なんか、変だったけどまぁいいかぁ。
「身分証が無いと不便だろ?冒険者ギルドに登録すればギルドカードが身分証になるぞ。」
商人がアドバイスを呉れる。
王都の城門は苔生したような匂いを放ち古さを感じさせる。その門を潜り街の中へと進んで行く。王都は夕方の喧騒に包まれ雑然としていた。
石畳の道が真っ直ぐに伸びておりその終点にお城が見える。
「今、王城の東門を通ったわけだが、この道を真っ直ぐ行った所に見えているのが王城だ。王都は王城を中心にクモの巣状に道が伸びているんだ。王城から八本の大きな道路が真っ直ぐに王都を円形に取囲む城壁へと伸びている。そしてに四本の道路が王城を囲むように環状に通されている。細かい道は無数にあるがこれらの大きな道を起点に考えて行けば覚えやすいぞ。環状道路は内側から第一、第二、第三、第四環状道路と呼ばれ、王城から外側へ延びる直線道路は存在する方角の名前がついている。例えば王城の北にあるのは北道路と言った具合だ。それと王城の中を川が通っていて王城の堀に水を供給し、更に城壁内の人に生活用水を供給している。この川はネス川と呼ばれているな。」
商人の長い説明を聞きながら暫く進むと右手に大きな建物が見えてきた。
「正面の右手に灰色の三階建ての大きな建物が見えるだろ。あれが冒険者ギルドだな。その手前の第二環状道路とこの東道路の交差点を左へ曲がって暫く行くと南道路との交差点にうちの商店が見えてくるぞ。」
街はゴシック建築やロマネスク建築の様な中世ヨーロッパ風の建物等様々な様式の建物が所狭しと建てられている。
この世界は魔物が出没する所為で城壁外での生活が難しく必然的に城壁内に人が集まって来る為に人口密度が高くなっている為だろう。
フライング・バットレスが所々に見える。
これは、ロマネスク建築からの大きな進歩と言われる斜め上がりのアーチ状の梁の事で、天井の重みにより外壁が外側に倒壊するのを防ぐ為に設けられたそうだ。
冒険者ギルド手前の交差点を左に曲がり暫く行くと第二環状道路と南道路の交差点が見えて来た。
交差点奥にある大きな建物がイサドさんのお店だろうか。
手前には五階建の綺麗な建物が見える。低い建物が多いこの街ではかなり高く見える。窓が半円アーチの複合形だ。白い石造りの外壁で全体が白い。それに大理石やテラコッタなどで装飾が施され独特の模様が刻まれている。
交差点を越えると遠く西の方にオレンジ色のドーム状の建物が見える。大聖堂だろうか。教会もあるかもしれない。明日神にスキルを何とかしてもらえるようにお願いしに行かないといけないな。
だけど、街の中だからと言って絶対安全とは言えないだろうし用心は怠らないようにしないといけない。
しかし、まさに外国旅行。これぞ夏休みの醍醐味。早く街を観光したい。期待に胸が高鳴り興奮を抑える事が出来ない。まるでお上りさんだ。いや、おのぼりさんだけど。
気付けば、忙しなく周りを見回していた。
交差点を越えた所で右の建物の前に停車した。三階建ての大きな建物だ。敷地面積が広そうだ。
「ここが我が商会の店舗だ。どうだ、デカいだろ?俺が一代で築き上げた。自慢の店だ。」イサドさんが感慨深そうに建物を見上げながら説明する。
「はい。本当に綺麗で大きいですね。」
「引き取った荷物はすべて鑑定して明日の夕方には支払いを用意しておくよ。お前には本当に世話になった。命の恩人だ。この店の三階に事務所が有って大体そこに居るから何か困ったことが有ったら俺を頼って来い。相談に乗ってやるぞ。」
「有難うございます。腹が減ったら来るのでご馳走して下さい。ところで、近くに宿はないでしょうか。」
「だったら、右手に見える白い五階建てのホテルレハストンがお勧めだ。知合いだし、安くしてくれるように言っておいてやる。まぁ、金は盗賊の金が有るから困らんだろうが、有って困るものでもない。一階のレストランはかなり美味いぞ。出て行きたくなくなる事請け合いだ。」
「では、そこに行ってみます。ここ迄連れて来て頂いて有難うございました。」
「それじゃ明日また来いよ。」
「はい、では明日。」
夏休み終了の日まで後60日。