入学編 中(2/4)
【1】
駅の近くにあるパンケーキ屋に立ち寄る拓斗達。駅前といっても、学校の駅前近くではなく、あずさ達の家の近くの駅前である。パンケーキを4つ注文し、何気ない会話の中で解った事であった。
あずさと香菜は、基本的には歩いて登校をしていること、雨や風が強い日は学校まで一駅だが、電車を使用するという事などだ。雨の日は分かるが、風が強い日に使用する意味が分からなかった拓斗であったが、女の子には色々あるのよと、言われてしまっては何も言えない。おそらく、髪の毛とかを気にしてなのだろうが、駅から学校までは徒歩だ。一緒では?という彼の疑問は、頭のすみにおいやられた。
「二人は二人暮らしなの?」
「うんそうだよー。今朝なんてさ、あずさの髪の毛がね・・」
「ちょ、ちょっと香菜!」
パンケーキを食べ終わると、食後のコーヒーを飲みながら何気ない会話を再会する三人。拓斗を無視している訳ではなく、女性ならではの話しである。化粧品やら雑誌、ファッションやらブランドなど、拓斗では話しに入っていけない類の会話だったからだ。拓斗自身、悪い気はしない。妹である伊波が楽しんでいるのであれば特に問題はない。自分がいない方がいいのでは?と考えもしたのだが、ここでそれを口にすれば空気が悪くなる恐れがある為、三人の会話をBGMにしながら、今後について考えていた。
考える内容は決まっている。
時間旅行についてである。
彼の呪われた魔法(拓斗はそう考えている)は、彼の意思に関係なく発動する。
この魔法は、通常存在しない。
人類の夢とさえ言われている魔法でもある為、彼は伊波にさえ明かすつもりはない。
何故なら、この魔法の存在が知られる=彼等は通常の日常を送れないからである。
例えば、アメリカが日本に攻めてきて、大勢の命が奪われたとした場合、彼のような時間旅行は大きな武器になる。要は巻き戻ってアメリカを潰して来いなどと言われる危険性があるのだ。また、それをMAGで調整していると思われて、伊波が病院または施設送りになる可能性も充分考えられると拓斗は考えている。
人類が空を飛ぶという夢は、魔法と科学の力によって実現されている。魔法力と専用のMAGが必要となるのだが、その使用方法はベルトを巻き、両方の腰と尾骶骨辺りに専用のMAGを装着。後は風の魔法で空を飛ぶ事が可能となっているのだが、今は軍以外の使用を禁止されている。
空を飛ぶという事はその分、色々とリスクが大きいとされている。
飛行機関係もそうだが、一般の方々に迷惑がかかってしまう恐れがあるのだ。いや、実際に起きた事例がある。
ある県では、露天風呂を売りにしていたが、この魔法の所為で客足が減ったと、魔法科学協会に抗議があったのだ。
閑話休題終わりだ、人類の夢とされている魔法は他にも数多く存在している。
不老不死の魔法。
死者を蘇らせる魔法。
そして、時空間を行ききする魔法などである。
不老不死の魔法や、死者を蘇らす魔法は、説明するまでもなく、永遠の命と死んだ者を蘇らす魔法である。
時空間を行ききする魔法は、タイムマシンと言った方が馴染みやすいかもしれない。
過去や未来に行ける魔法は、今なお研究されている。不老不死や死者を蘇らす魔法は、道徳に反するとされているが、時空間を行ききする魔法は、一般の人々からしても望まれている魔法である。
拓斗が使っている魔法は、時空間を行ききする魔法ではない。そもそも彼には使っているという認識はなく、勝手に使用されてしまうのだ。
しかし、意識や知識、経験値やらを保ったまま、その日をやり直すという魔法は、時空間を行ききする魔法の足がかりになるのではないかと、拓斗は考えている。
つまり、この事を知られてしまうと、拓斗は白崎加奈子のように、一生を実験動物のように過ごす事になりかねないのだ。
それに、時間旅行をするからといって、何もないわけではない。痛みや怖さも当然ある。時間旅行後は痛みは無くなっているのだが・・。
拓斗は、誰にも打ち明ける事が出来ないこの魔法を、冷静に受け入れていた。
実際、昨日は伊波が死んでしまったが、この魔法のおかげで、伊波は助かった。
「拓斗はどう思う?」
「そうだな。香菜の青い髪に合わせて、青いエプロンとかがいいんじゃないか?」
「そうですね。って事は、あずさは金色のエプロン・・」
「OH!ゴージャスー!!」
「そ、そんなの売ってても買わないわよ!」
あははと笑う二人の少女に、からかわれた少女が顔を赤くする何気ない日常。
しかし、拓斗にとっては貴重な日常である。
もしも、彼が寝て目覚めた時に、時間旅行が行われてしまったとしたら、この何気ない日常は、拓斗以外からは無かった事になってしまう。
時間旅行が行われた場合、彼は時間旅行を、終わらせる鍵を探す事になる。
つまり、選択した内容によっては、この日常が繰り返されない日常が存在するのだ。
彼が、三人の会話をBGMとしながら考えていたのは、この為でもあった。
今日という日をやり直せというのであれば、鍵は何処だというのだろうか。
朝、伊波に聞かれた朝食についてだろうか。
入学式であずさに、お菓子を渡した事だろうか。
入学式であずさが噛んでしまい、その所為でクラスの自己紹介が遅れた事、模擬戦に参加する羽目になった事だろうか。
模擬戦でポイントを取らなかった、取られなかった、勝てなかった事だろうか。
伊波にMAGの調整をお願いした事だろうか。
クラスの副学級委員長になってしまった事だろうか。
どれも拓斗が関わっている事だ。
何気ない日常を送る中で、自分がどれほどの人と、どれだけ関わっているか、考える度に心苦しいと感じてしまう。
明日には拓斗以外の全員が、忘れてしまっているかもしれないのだ。
「お・兄ちゃん・・!?」
「エプロンを買いに行くんだろ?悪いが用事を思い出した。あずさ、香菜。悪いが伊波を宜しくな」
優しく伊波の頭に手を置いて、拓斗は伝票を持って立ち上がる。
「はいはーい!拓斗。ご馳走さま」
「拓斗!明日はオリエンテーションだからね!寝坊したりしたら、承知しないわよ!」
「寝坊したのはあずさだろう」
「な、何ですってーー!!あっ!コラ!逃げんな」
今日寝坊した人に言われたくないと言う拓斗の言葉を聞いて、楽しそうに笑う伊波の笑顔を見て、拓斗は決心した。
今日という一日を、決してなかった事にはさせないと。
ーーーーーーーー
【2】
拓斗は特に慌てる事なく、レジに行ってお会計を済ませた。会計に来た若い女性店員に、あそこにいるのは自分の連れだからと説明していると、三人と目があった。嬉しそうに手を振る伊波に、女子高生らしからぬ、あっかんべーをしているあずさ。そんなあずさにやれやれと、お手上げポーズの香菜の姿に、思わず失笑しそうになったが、右手を挙げて、何とか笑わずにその場を後にした。
拓斗が向かった先は、駅の下にある隠れた扉であった。コンクリートとコンクリートの間にある扉を、特に気にした様子もなく開ける拓斗。
中は、昔BARか何かだったのだろう。
木のテーブルに木で出来た樽。周りには空き瓶が転がっており、何とも言えない臭いが鼻をつく。
「おゃおゃ。こんな所に何のようですかな」
奥の扉から現れたのは、白い髪をしたヨボヨボのお婆さんであった。
「久しぶりだな。錬金術者。いや、錬金術師と呼んだ方がいいのかな?」
「・・・!?・・は、はて?何のこ」
「何の事とか言って、誤魔化すのはやめていただきたい。見ての通り俺は一人で来た。さっき俺たちを覗いていたな?目的は何だ?ゴーレム使い」
「お主とは初対面のハズじゃがのぉ」
ゴーレム使いと指摘され、一瞬だが、動揺してしまう老婆。そんな老婆の指摘など、拓斗にとってはどうでもいい事である。
「昨日デパートで会っている。と言っても、お前は覚えていないだろうがな。若い女性だったハズだが、何だ?中身はそっちか?」
拓斗は本当の姿を知らない。老婆が変装したからか、または若い女性が変装したからか。しかし、拓斗にとってはどうでもいい事であった。
「・・・アンタ何者だい?」
老婆らしからぬ、若い女性の声で質問される。
どうやら若い女性が変装しているようだ。
「ただの魔法者だよ」
つまらなさそうに質問に答える拓斗は、老婆に向けて魔法を放つ。
「時空転送(To forward)」
拓斗がそう発すると、二人を光の輪っかが下から上へ、上から下へと往復する。老婆が声を発しようとした時にはすでに、二人の姿はそこにはなかった。
ーーーーーーー
二人が目を開けると、そこは近くの河川敷であった。あのまま駅下で魔法を放てば重大な事故になる。そう考えた拓斗は場所を変える為に、時空魔法を放った。
時空魔法は、テレポーターと呼ばれる魔法者が得意とする魔法であり、自分自身、相手、物など、一瞬で別の場所に飛ばす事が可能となっている。
しかし、飛ばせる距離には限りがあり、飛ばせる人数にも限りがある。
錬金術者は老婆の姿をやめ、本来の姿へと戻った。
「イッヒ、イッヒヒヒ。何だいアンタ。時空魔法の使い手で、アタシに勝負を挑んできたのかい?笑わせないでおくれよイッヒヒヒ」
通常の魔法者は、得意魔法と複数の魔法を使うことが可能となっている。
水なら風と土。雷なら風と火といった具合に、それに関係する魔法ならば使える事が可能と言われている。
水属性の魔法は火属性の魔法を打ち消してしまう為、使える魔法者は少ない。
また、錬金術者の言うように、時空魔法の使い手は、一般的には光と闇属性の魔法の使い手がほとんどだと言われている。
「光の壁よ」
拓斗はそんな錬金術者の声を無視し、正方形の壁を形成させる。
河川敷にプラスチックでできた、四角形型の檻ができたと想像した方が分かりやすいだろう。
周りの人達からは、拓斗達の姿は見えなくなっており、姿だけでなく、声や音も聞こえなくなっている。無風状態という訳でもなく、所々に隙間がある。
「閉じ込めたつもりかい?ああ?魔法者?次は目くらましでも使うかい?」
高らかに笑う錬金術者。拓斗は右目を抑えながら、新たな呪文を唱える。
拓斗だけが持つとされている魔法。
伊波と拓斗だけしか知らない魔法。
「完璧な時間」
拓斗の右目が開かれた時、彼の魔法力は桁違いの数値を叩き出す。瞳に写るのは時計の針。
「は?はぁ?はぁぁぁ?何だぃ何だぃ何もないじゃないかい。来ないならこっちから行くよ!出でよゴーレム!」
錬金術者は、地面に手を置き、岩のゴーレムを作り出す。彼女の手が離れると、地面の岩や石つぶてが一点に集中し始めた。それをただ黙って見ているはずもない。
相手はゴーレムを作る為に、錬金魔法を放つ必要がある。デパートで触媒となったのは人形であり、今回は土だ。錬金魔法を放たせない為には、その中心点をずらすか、相手に触れさせなければいいだけの話しであると、昨日彼は結論を出していた。
「青き雷鳴よ」
右手をピストルのように構え、錬金術者の足元にある、ゴーレムが形成されている場所を狙い打つ。
「赤き炎よ」
左手をつき出し、手の平を相手に向けると、拓斗の手の平から複数の火の玉が発射される。
思わず右に飛んで、攻撃をかわす錬金術者。その顔には驚愕の二文字が浮かぶ。
「ア、アンタ、な、何ものだい。そ、そ、そんな複数の魔法を放つ魔法師なんて聞いた事がない」
「魔法師?今はまだ魔法者だよ」
「う、うるさいうるさいうるさーい。アタシは死なない。ワタシハシナナイ」
まるで自己暗示のような言葉。
弱者が強弱に立ち向かう為に使われる言葉。
拓斗はその言葉を聞きながら、彼女にとっての最期の魔法を放つ。
「終わりの時間」
右腕を相手に向けて真っ直ぐ突き出し、右手は下に向ける。
左腕を相手に向けて真っ直ぐ突き出し、左手は上に向ける。
丁度平行になった時、黒い球体が彼女を包み込む。
巻き込まれる錬金術者はこの魔法の正体を知らないし、知ることは一生おとずれない。第三者がそれを見たら、ブラックホールと呼ぶ事だろう。
彼女の断末魔を耳にしながら、彼は決して彼女の最期から目を背けなかった。
ーーーーーーーーー
【3】
拓斗が自宅に戻ると、可愛らしいブラウン色のエプロンをした伊波が彼を出迎えた。
しかし、ニコニコしていた彼女の表情は一変し、鋭い目つきへと変わった。
「何処で、誰と、何をしてきたのですか?」
英語の授業で習う5W1Hを連想させる質問。まるで浮気してきたなと言いたげな質問に、拓斗は苦笑いしながら返した。
「まるで新婚夫婦のような会話だな」
「し、し、し、しん・・こん」
拓斗としては新婚と言った意味に他意はない。熟年夫婦にもある会話かも知れないが、自分達は若い。その為に新婚と言った訳だが、伊波は激しく動揺している。
何故伊波が動揺しているのかは分からない拓斗だが、ここぞとばかりに伊波にたたみかけた。
「ずいぶん可愛らしいエプロンだな」
「た、拓斗も、そ、そう思う?」
「あぁ。とっても可愛いよ」
「か、可愛い・・」
みるみる赤くなる伊波を見て、何とか話題を変えられたと思った拓斗であったが、考えが甘かった。
「・・危ない危ない。ちょっとこっちに来て下さい」
「お、おい伊波!」
拓斗は伊波に引っ張られる形で、調整室に連行されるのであった。
ーーーーーー
「それで、完璧な時間を使った経緯をお聞きしても?」
伊波は調整しながら、拓斗に質問をしてくる。まぁそうくるよなっと拓斗は考え、あらかじめ用意していた言い訳を彼女にした。
「修行だよ」
「・・・またですか?」
いつものいい訳に、いつもの返し。まさか、拓斗が誰かと戦っていたなどとは想像できないだろう。
「男の子はね、強くなりたいと願う生き物だからね」
「はぁ・・まぁ・・それなら仕方がないかもですね」
女の子が可愛いくなりたいと願うように、男の子は強くなりたいと考えている。これは伊波にも理解できる考えである。
「パーフェクトタイムで、全ての魔法が使えるのに、まだ強くなりたいんですか」
「あぁ。お前を守りたいからね」
「・・・・」
さらりと返す、嘘か本当か分からない返し。本当かと聞いてまた、身体中が熱くなるのは嫌だし、嘘だと言われて、傷つくのはもっと嫌だ。
伊波は顔を赤くしながら終始無言で、MAGの調整を進める。
完璧な時間。
拓斗はこれを使う事により、全ての魔法属性が使用可能となるが、全ての魔法を使えるわけではない。必要な魔法力に知識、気候や場所など様々な状況に左右されるが、理論上では、全ての魔法が可能となっている。
この魔法の所為で、時間旅行を起こしているに違いないと睨んでいる拓斗は、時空間を行ききする魔法や不老不死の魔法は存在するだろうと考えている。
時間旅行にあっている間は、鍵を見つけられない限り、死んでもその日をやり直せる。それは不老不死に近いものだと考えている。しかし、限度が解らない以上、不老不死と呼べるかは微妙なところだ。
「拓斗?」
「ん?あぁ大丈夫だ。お前は俺が死んでも守る」
拓斗にとっては、文字通りの言葉。伊波が死んで、時間旅行にあったとしたら、何度死んででも必ず鍵を探し出して、伊波が死なない世界を探す。これは彼だけに与えられた特権である。
伊波が死んだ世界は認めない。
この呪われた魔法を、呪われた魔法ではない魔法にかえる事が出来たならきっと・・。
「・・伊波?」
「少しだけ。少しだけ」
「あぁ。少しだけだよ」
拓斗がそんな決意をしている事など、伊波は知らない。
それは必要がない事だと拓斗は考えている。
拓斗の膝に頬をあて、甘えてくる妹。
拓斗は、優しく頭を撫でるのであった。