6 身バレなんか御免なのよと思いつつ問わず語りで進める話
派遣先企業の壁には至る所に「守秘義務を遵守すること!」「業務上で得た事柄を外で会話するのは禁止です!」「刑事罰」などというオッソロしい文言が貼られている。
しかしな。
社員同士が某国発のSNSで、営業やらなんやらの情報を遣り取り共有しているってなんなのよ。守秘義務云々と雇われ側に言えるのか。フフ。フハハハハ。……などと、しょっぱなから職場環境に文句を言いつつ。
本日も、ゆるゆるに行ってみようー(笑)。
ところで黄金週間、なにそれ美味いの? のシフトになりまして。ぶうぶう。
なので、ゆみかさん怒りの一泊貧乏旅行を計画中。高速バスを使ってみたいとは思っていますが、どうなることやら。
今日の御題。
「こういうことがあるからテレマは辞められない」
電話仕事は相手と自分を合わせることが全て、だと個人的に思う。
なにを扱うか、どんな年齢層がターゲットなのか、等々の細かい条件で難易度は上がるのかなあ……とか考えるところが、私自身が胸を張って上から目線で他人様に講釈を垂れられない所以ではありますが。
今、携わっている業務はと言いますと。某企業の既契約者さまに「お使いの〇〇をランクアップさせませんか」というお誘いを掛けるというオシゴト。ちなみにそれは、生活必需品に近い。私に限って言えば死活問題の案件。
いくら既契約者さま相手の営業と言っても、難しいことは変わらない。
こちらが架電して契約者さまと、わずかなコミュニケーションが図れていても。結局は、ご家族の反対で失注になってしまうことがたくさんある。
留守ばっかりだった御宅に電話をして、ようやく話ができても説明を進めている間に
「チッ、面倒くせえ電話に出ちゃったな」
という空気がプンプン漂ってくることだって、日常茶飯事。
せっかく先方にトークスクリプトの最後まで説明できても、上手くいかないのは当たり前。
私なんか自慢じゃないけど「拙者は仕事したくないでござる」オーラをプンプンさせている。それでも
「あ、行けそう」
と一瞬でも思うと、パパッと成果へと変えちゃったりするのだ。なかなか、こういうケースは少ないのですけれども。
営業をしていらっしゃる方なら、おわかりになると思うが……「見込み客」という言葉がある。
実は私は、自分で作った見込み客から受注に繋げるのが、とても苦手。たぶん「あたためる」のが下手なのだ。
なんで、受注につながらないんだろう。
先日、ちょっと悩んでたりした。ある同僚などは、わたしとは逆のタイプで。ちょっとでも話ができた見込み客から、うまい具合に受注に繋げられる。注意深く観察してみたところ、興味深いことがわかった。
彼女は人付き合いが上手くて、初対面からパーッと自己開示をしたり世話焼きモードを発揮している。私はというと、我ながら対人障害ではないかと思うくらいに閉じこもりがちだ。
でも、いい大人が「人見知りなんですーぅ」とかいうのも変でしょ? もしも他人が、そんなこと初対面で言ったとしたら確実に思うよ「この人、私には話しかけられたくないんだな」って。
だから他人さまとの初対面の場では必死でテンパる。
目の前にいる人が楽しめるように、必死のばっちでがんばる。
それで帰宅して、ひとりになったら「ああ疲れた」とか思う(汗笑)。疲れた、と思わなくなるのは二回目以降のノリとタイミングかなあ。
これが電話仕事にも如実に表れていると思うのだ。
「んー、なんだか難しそうな相手だなー」
なんて業務中に感じてしまうと、合わない人とは合わないんだから、いいか! と、同僚ならば食い下がっていくところ、パッと手を離してしまう。仕事なのに仕事をしている自覚がない女、ゆみか。そう呼ぶがいいさ。
そんな日々のオシゴト。
先々月、つまり三月のことだ。ある男性のご事情を様々にヒアリングしていくうち、その方は仰った。
「今、他の会社からも同様に声を掛けられているんだよね」
「あっ、そうなんですね」
「そっちも調べているんだ。もしも貴女が勧めるモノの方が良かったら、こちらから電話をします」
「かしこまりました。ずっと使うものですから、じっくり比べてみてくださいね」
電話を切ったあと、私はパソコンに遣り取りを記入した。そして最後に少し考えて、書き加えた。
「誰かに話を聞いてもらいたい感じだった。うすい」
昨日の午後のことだった。
「ゆみかさん、コールバック来てますよ」
「はーい」
「ご指名ですよ?」
首を傾げながら、パソコンで画面検索をしてみる。すると“受注の可能性は限りなく薄い”と思っていた人だった。
あー。
お断りなんだろうなー。よくあるよね、そのパターン。しかし、律儀な方だな。でも、やっぱり。ありがたいことだよね、断るだけでも時間を割いてくれるなんて。
そう思って電話を掛けた。すると。
「ああ、ゆみかさん! 申し込み、しようと思うんですよ!」
「え」
頭の中が真っ白になった。ほんと。
もうダメだと思っていたのにーーーー!
で、電話の切り際に。先方が言ってくださったのがね。
「もう、お話しできなくなるんだね。さみしい」
たった一回の架電で、こちらの名前を憶えてくださっていて、しかも、しみじみと。
「さみしい」
声だけの遣り取りで、そこまで仰っていただけて。仕事中に、ホロッと来てしまった。
ええい! 冥途の土産に持って行け! がらくたオペレーターとの会話の記憶を!
なんて思いつつ、こっそり涙を拭いていたのは秘密です。
他にも、三途の川の岸辺に住んでいるじゃないのか! この人は本当に生身の人間なのか? と真剣に考えこんじゃう御方と遣り取りをしていた。何度か言われるがままの架電を繰り返していて。
いたんですけど!
遂に、思い至った。
「今からする電話で、見込みから外そう。最後にしよう」
パソコンには自分が記入した文言がある。
「暗い」
架電していて、無力さや生命力のなさを身につまされる。こんなの、はじめてだ。まあ、いいか。
んで呼び鈴。
ワンコールで出た相手さまの声の調子が、今までとは全然まったく違っていたのさ。
黄泉の国からウォルトディズニー建国の地に転生したんじゃないのかと思うくらい。
まるっと朗らかで許容力に満ちあふれているでないか。あまりの変わりように驚嘆するわたしに、その人は言った。
「ありがとう」
その夜も、べそべそと涙を拭いながら帰宅したのさ。ええ、帰宅しましたとも。スポクラにも行かず。まっすぐ帰宅。洟を啜りつつ帰宅。しつこい。
テレマの仕事、イヤなことがいっぱいある。圧倒的にある。留守ばかりだし、かと思えば電話口で第一声からキレられる。
こんなことも知らないのか、と延々と知識を披露されることもある。知っているけど黙って耐えているんだぞ、当然だ。クライアントさまの看板を背負った、一介のオペレーターでしかないのだから。先方のドヤった顔が見えても、そこは。我慢あるのみ。それが、この仕事の宿命なのだ。
お客さまは神さま、なんて完全に嘘っぱち。んなわけない、ありえない。それはね、きっとね。その歌い手さんのお客さま限定なんだよ。
でも、だからこそ。
何気ない遣り取りが、宝石のように心に残ることもある。
「上手な電話、ではないものなあ」
そんな風に自嘲することも、一日のうちに三百回くらいある。でも、それでも。ほんのちょっとだけ。
ほんのちょっと、誠意を伝えるように。相手の気持ちに伝わるように、集中するだけ。
それだけのことで、砂漠で泉を探すような時間が劇的に変わってしまう。
たった一度、たった一瞬のことなのに。かかわった記憶のすべてが塗りかえられていく、その醍醐味は味わった者でしかわからない。
たぶん、私は細く長く、電話の仕事にかかわり続けていくのだろう。
宝石を差し出してくれた、教えてくれた“赤の他人でありながら、神さまのような存在”を感じられる限りは、うん。きっと、そうなんだ。