18 本日の雑談⑤ 久しぶりに劇場で映画「ボヘミアン・ラプソディ」
ネタバレ含む。
今さっき帰宅してきたばかり。仕事が終わってからのレイトショー、エンドロールもそこそこに最終電車に乗っていたというわけで。
いやー。
よかったわーーーー。
英国発の伝説バンド、クィーンの誕生から1985年に行われたライブエイドまで。
虚々実々であってもなんでもいい、エンタメ映画としても思索をくれる映画としても十分に堪能できると思う。
まず開始二分で心を鷲掴みにされる。
それはライブエイドのステージ。大観衆の前へと向かうフレディの背中が、長回しで延々と映し出される。ステージに立った役者の後ろ姿が、生前にフレディがライブエイドのステージで見せてくれたものと瓜二つだったのだ。
「わあ……っ」
声が出そうになるところ、必死で我慢した。首の太さから肩の下がり具合、ウエストの細さ、スクリーンから見てとれる胸板の厚さの質感まで。なにからなにまで、フレディなのだ。
もうね、ここで。映画の虜になりました。
そして私は意地悪なものだから、ストーリー序盤からボディチェックを欠かさんのである。目の下のクマとか、それはわりかし「どうとでもなる」と思う。けれどもフレディを演じるに当たって、バンド結成当時から最後のステージまで同じ体形であっては不味いと思いませんか(何様)。
私の期待に寸分たがわず、ラミさま。やってくださってました(だから何様)。
正直言って日本の俳優さん・女優さんで、体形から顔つきに至るまで、役にアプローチしていく人ってあんまりいないと思うんだよ。私個人的に「この人、すごい」と思った役者は香港映画界の張学友くらいだ。学友の本業は歌手。はじめは「俳優・張学友」から好きになって、一年後くらいだったかな。本業のステージのビデオを観て仰天したのよね。あまりのギャップの凄さに、クラクラッときてしまって。それ以来、ずっと学友は別格なのさ。そのときの衝撃が、よみがえってきた。
「この役者さん、すごい!」
ぶっちゃけフレディ役の役者さん以外、クィーンのメンバーは激似だった。でも逆にそれが、私個人的にはジワジワとツボった。
他のラミさま作品も、ぜひとも拝見してみたいものだと思う。
さてフレディ・マーキュリーと言えば。相当にスキャンダラスな御方だった。人一倍の才能を持ち、その一方で今でいうところの同性愛者とも知られている。
長く付き合っていたポール・プレンターに別れを告げるとき、土砂降りの雨が降っている。フレディの全身を濡らす雨。頬に伝うのは涙なのか、それとも雨のしずくなのか、わからない。流れてくるBGMはデヴィット・ボウイも歌う「アンダープレッシャー」。
このポールが、とにかく最低な人だったねえ。
ポールとの別離と前後して、フレディは自分に病魔が襲い掛かっていることを知る。
意を決して、サングラスを掛けて。お忍びで病院に行った場面が、激しく心に残っている。新しい薬はあるよ、でも回復に向かうかどうかは保証がないよ、と医師に言われて院内を出ようとするフレディ。廊下の隅から、誰かが声を出す。
「エーオ」
フレディが顔だけで振り向くと、あきらかに同じ病で入院している患者がいた。まだ少年と言ってもいいかもしれない彼の額には薄い大きな黒斑が、ひとつ。
無表情でフレを見ている少年に、フレディも一言だけ。
「エーオ」
あんたフレディ・マーキュリーだよね。
そうだよ。
そんな会話を暗喩している、短い遣り取り。答えてもらった患者は無表情のままだ。陽の当たる廊下で、ぽつんと椅子に座っているだけ。
そのあとフレディはバンドメンバーに、自分の病気を告白するんだけどね。
で、ライブエイドでは「エーオ! エオエオエオエオ!」と言い、観客がそれを同じ言葉で返すという演出があるんだけど。
あのとき、あの病院で一瞬の出会いをしていた少年に届けとばかりに、フレディ渾身の叫びのように聴こえたなあ……(現実として遺っている記録はライブエイドのステージ演出だけであり、病院のシーンはフェイクかもしれない。けれども、それらの真偽を暴き立てる気にもならない自分がいる)
誰よりも繊細で、誰よりも孤独感に苛まされてきたフレディのラストステージだったわけでしょう? だったら、それ相応のフレディ自身の思い入れがあるわけだし。そこに野暮な詮索根性などを挟むのは、さすがに私でも「どうなの」なのです。
エンドロールのバックに「Show Must Go On」が流れている。後ろ髪を引かれる思いで館内を出た。じっくり聴きたかった。
ショウは続けなければいけない。
スクリーンを背にした自分の背中に、突き刺さってくるメロディだった。
あと一回、劇場で観たいなあと痛切に思う。




