14 出会いも別離も紙一重
わたしのいる派遣先企業が入っているビルは二つある。
二つのビル内を清掃業者が巡回しながら業務をこなしている。わたしが今の派遣元に所属してからなので、少なくとも二年以上はいらっしゃるはずだ。顔を合わせれば挨拶くらいはする。時間が経ってくれば、休憩中に居合わせることも当然ある。
そんな業者さんの中に、二十代後半くらいに見える男性がいた。
彼とは「最近どう?」「疲れたねー」など、軽い会話を交わす程度にもなっていた。わたしよりもずっと背が高くて、笑うと可愛らしい顔になる。訥々と言葉を選んで話す人だった。
たしか八月上旬くらいの出来事だと思う。時間帯は、昼休憩だったかな。
休憩所で紙コップのコーヒーを、ぼんやりちみちみと口に運んでいたとき。彼が、ふらりと室内に入ってきた。
「お疲れさまです」
いつものように声をかける。すると、目と鼻が赤くなっていった。
どうしたのかな、と思う間もなく。
真っ赤な目をした彼が、ぼそぼそと話しかけてくる。
「あの、ぼく。今日で最後なんです」
「え」
「今日でね、最後なんです。お世話になりました」
さっきよりも少し大きめの声で言ってくれた。それから、わたしに向かって丁寧に頭を下げる。
「お、お世話なんて。そんな」
「ううん」
一所懸命に笑いかけてくれる。なんだか、せつない。
「急に決まったの?」
「そうなんです。あ、でも、Aさんは残りますよ」
二日前に派遣先企業から、人員整理を言い渡されたと聞いた。ひどいな、と思う。でも、こちらも所詮は雇われだ。彼のために動いてあげられることなど、なにもない。
彼がいうAさんは清掃業者さんたちの中で、一番の年嵩の男性のことだ。わたしが挨拶をすると、いつもポケットの中から飴玉をくれる。
「Aさんだけが残るのね」
「そう」
彼はうなずき、なにか言いたそうに唇を動かした。
「……ぼくね、てんかんなんです。だから就ける職も少なくて」
「一所懸命に仕事していたことは、伝わっていたよ」
うつむかれた。
「あなたならきっと、もっといい職場が見つかると思うの」
わたしは言った。友人で自閉症気味の人がいるけど、コンビニで働き出して三年以上経っているよ。辛いことも少なくないだろうけど、ちょっとずつ時給も上がっているみたい。
「そうなんですか」
彼は笑った。ほっとしたような笑顔だと思った。
近しくしていた人ひとりひとりに、挨拶をしていたに違いない。それも休憩所や手洗い場という人の流れが定まらないところしか、清掃員は立ち入ることができない。
わたしは彼に対して、がんばってねと言えるメンタルは持ち合わせていない。今までだって、十分にがんばってきた人なのだ。これ以上、なにをどうがんばれと声をかけることができるのさ。
「体に気をつけて、まずはゆっくり遊んでみてね」
「うん、そうします」
軽く触れた彼の手の甲は、荒れていたけれども。あったかくて、なつかしい感じがした。
もうだいぶ時間が経っている、でも。
声を詰まらせながら挨拶をしてくれた彼の気持ち、ありふれた言い方をすれば誠実さみたいなもの……忘れないでいたい。
些細で拙い感情かもしれないけれど、はかないものを大事に出来る人と会いたい。難しいかな、難しいのだろうな。
ちょっとフェイクいれました。すまんのう。




