ミカンの美味しい食べ方
白魚のように細い指先で、縦長に並んだガラスのような爪で、彼女はミカンの皮を剥く。
親指の爪を差し込んで、ぷつり、音を響かせる。
それから、ヒトデのような形に皮を剥いていく。
何かと手先の器用な子だと知っているので、もっと、こう、変な形に剥くと思っていた俺は割とここで拍子抜けする。
いつも綺麗に、皮を途切れさせることなく剥いて、そこで箱ティッシュから一枚だけティッシュを抜き取り、実の部分を丸々一枚広げたティッシュの上に置く。
皮はゴミ箱の中へと吸い込まれていった。
そうしてティッシュの上に置いたミカンを再度持ち上げ、ミカンの白い繊維の部分を剥がし出す。
因みに俺もあれは取る。
目立つ部分しか取らないが、栄養があると言われても、食べにくいので取る。
因みに彼女は「そもそも、栄養が有り無しに関わらず、栄養を摂る為に蜜柑食べてる訳じゃ無いから。美味しい蜜柑を自分が一番美味しいと思える食べ方で食べたい」と過去に言っていた。
つまり、白い部分に栄養がある、という人が嫌いらしい。
うるせぇ、ほっとけ、ということだ。
そしてミカンを丸々繋がった状態で、彼女はその白い繊維を取り外す。
こちらに関しても過去に「此方の方が綺麗に取れる」と言っていた。
柔らかな指の腹で擦るように、時折爪でカリカリと引っ掻くようにして、広げられたティッシュの上にはどんどん白い繊維が落ちていく。
確かに、それを続けていく彼女のミカンは、白い繊維が見えなくなる。
薄皮だけで守られている様子に、見事だと思ってしまう。
俺は既に三つ目のミカンへ手を伸ばしているのだが、彼女はその丁寧さ故にまだ一つ目だった。
綺麗に表面の白い繊維を取り除くと、ぺりぺりと音を立てて一つ一つ実を切り離していく。
新しいティッシュを取り出すと、今度は半分に折って、テーブルに置いた。
実の側面に繋がっていた繊維を爪で引っ掻き、取り外しては、取り外した順番に、置いたばかりのティッシュの上で並べていく。
横一列に並んだミカンは、なんというか、変だった。
不思議な食べ方をする、本当に。
綺麗にミカンを剥く代わりに、その綺麗に生え揃った爪の中には、白い繊維が入り込んでいた。
爪と爪で、爪の中の繊維を取り除いても、そのオレンジ掛かった色は落ちない。
爪の白い部分が薄らとオレンジに染まり、ほのかにミカンの香りがすることだろう。
俺は俺で、適当に剥いたミカンを口に放り込めば、思いの外酸っぱく、きゅう、と目を細めて彼女を見た。
繊維のない薄皮で包まれたミカンを見下ろす彼女は、彼女の指先は、とても「……美味しそう」ふと、彼女が俺を見る。
長い睫毛が揺れ、瞬きをして、持っていたミカンを自分ではない、俺の口へと放り込む。
硬い爪が唇にぶつかり、離れていく。
やはり、ミカンの香りがした。
「美味しい?」
「……うん。美味しい」
もぐもぐ、ごっくん、俺が咀嚼して飲み込むまで見届けた彼女は、それは良かった、と頷いて、今度こそ自分で剥いたミカンを自分で食べた。
俺が食べて甘く感じたそれだが、実は、酸っぱい方が好みの彼女は、片眉を歪めて、少々納得がいかなかったようだ。
ちなみに、俺が言った美味しそうは、そういう意味じゃなかったんだけどなぁ。