敬愛する恩師てっちゃん先生について……改稿、修正『てっちゃんについて』
とある方にも伝えたのだが、刹那にとって、てっちゃん先生は高校時代の恩師である。
もう一人の恩師は担任だが、今回はてっちゃん先生について。
てっちゃん先生は、正式な呼び方はテッサイ先生。
テッサイ大先生とも言う。
元々は県立高校の歴史の教師で、教頭か校長をされ、定年退職後に刹那の高校の講師として招かれたらしい。
とても変わった先生だった。
表向きは品のいい、シンプルだが素敵な似合う格好をしていて、しゃべり方も柔らかい素敵なお祖父ちゃんのようだが、授業にはいると、途端にキリッとした顔つきになる。
『わしは解っとるぞ!何年……何十年教師をやっとると思っとる』
と自信を見せただけあって、とても博識だった。
威張ってるとかはなく、ただ授業がとても面白かった。
普通の歴史の授業というのは、苦手だという人は必ず言う、ただ教科書を読み、歴史上に起こった事件や、憲法……平安時代だと文章について……と教科書に線を引きさらりと流すだけのもの。
でも、大先生は違う。
授業の一番最初に、ある一列の生徒に自分の知らないこと、習っている時代でも、その前でも後でも良いので、『大先生ノート』と呼ばれる、先生が作り上げた教科書よりも解りやすい歴史ノート……の内容と教科書の違いだのが分からない部分を教えて欲しいなどと言う質問から始まる。
質問が出来ないと、
「お前なぁ……もうちょっと考えてこいや……先生は泣くぞ」
と拗ねる。
逆に難しい、習ってない時代の質問をすると、目を見開いて、
「おぉ!お前どうしたんぞ?勉強したんか!良い質問だ!」
と笑顔になり、嬉々として質問に答えてくれる。
しかも授業も面白い。
教科書は一種の単語帳で、ノートと歴史資料集が主に使われる。
「ほい!良いかぁ?お前たちに解るように、この時代の分類はこうなっている。重大な事実は5つで、1つめは~の変に、次は何とか事件…。これを1~5章とする。で、この中でも一章は幾つかの分類に分かれている。それを一つ一つ教えるぞ~!でも、宇宙人!お前は口を出すなよ~。わしの出番がない!」
その声に、必死になっていた周囲は笑う。
「えぇぇ!先生!ずるい~!」
と、刹那は返した。
そう、宇宙人とは、当時の刹那のあだ名である。
最初、大声でキッパリと話す先生を、皆緊張しつつ見つめていた。
でも、刹那は基本情報量の多い人が好きであり、奇抜な授業は初めてで新鮮で……歴史の授業なのに、ビッグバンから始まる授業は面白かった。
そして、質問もどんな時代でも、どんな話でもポンポンと途切れもなく返ってくる。
当時から、自分は周囲から浮いていると言うことに自覚があった刹那だが、先生にとっても普通の生徒だったはずだが、知識の幅が広すぎた。
「ねぇねぇ……先生は何言ってるの?」
こそっと問いかけるクラスメイトに、
「うん?えっと、長屋王の変の時代の背景、あの黒板にある頭に手足のついたのが長屋王で、どうして長屋王が死んでしまうのか、権力者争いや他にも……」
と答えていると、
「こりゃ!わしの授業を奪うな~!わしの独壇場だろうが!」
「あ、すみません!」
「罰として、今の説明を言ってみろ」
「はぁ……」
立ち上がり、当時の時代背景、長屋王の周囲の血縁関係に、立場……あれこれを説明し、その結果がこうなって、最終的には藤原氏の台頭を招くことになったと言うことを説明し、 似たような話題で、聖徳太子の息子が死んだのも権力争いであり、この時代は特に、母親の違う兄弟や、叔父姪の婚姻……様々が絡み合う時代の為、それが正しいとか言い切れない。
それに、聖徳太子の両親は解っているが、聖徳太子の偉業である様々な憲法などは、本人ではなく周囲が勧めた結果であり、本人の偉業はそれを容認したことによるものと結論付ける。
と説明すると、周囲はシーン…となる。
ヤバイ!やった……やってしまった。変人だって皆に引かれる!
そう思って青ざめると、先生はにっこり笑い、
「凄いの!お前はよく調べとる!どこで調べたんぞ?」
「図書館です」
「他には、面白いものはあるか?」
「そうですね。私が知っているのは……聖徳太子二人説……とか、蘇我蝦夷は、本当の名前ではないと思います。蝦夷とは、朝廷に帰属しない、土着民を蔑んで読んだ言葉ですし、他には、気になるのは大海人皇子が曖昧なこと……ですか?お母さんの斉明天皇は再婚で、最初に結婚した相手との間の漢皇子のことが残っていないので、もしかしたら入れ替わり説があるんです。他は、当然ですけど義経とチンギス・ハーンは別人とか……」
ちらっと見ると、頷く。
「よし!お前をこれから火星人と呼ぼう!」
と、言われるようになった。
進学クラスにいたものの、致命的な部分があるのが、刹那の成績について……だった。
何度も職員室に呼び出しを食らった。
それは、日本史だけが98点で、国語、古文、漢文は70点以上はあるが、英語が欠点かギリギリ……文系の大学に進学する予定の人間には致命的な点数だった。
しかし、刹那が英語が駄目になったのは、その頃は分からなかったが、精神的なところから来る一種のパニックで、教えられても、教科書を見ても恐怖心から全く耳に、頭に入らなかったのだった。
頭を抱える担任に、
「すみません……一応頑張ってはいるのですが……苦手意識が消えず……」
と謝るが、余りの悪さに何度も呼び出され、何とか点数をあげなさいといわれ、
「はぁ……」
と返すしかない。
でも、無理なんだよなぁ……特に文法。
文章を読むのは良いんだけど、主語述語に、変化形って何なんだ?
と考え込んでいると、大先生がいて、
「どうしたんぞ?あ、成績表のことか?悪かった!」
「はい?」
悪かった……か?
あぁ。クラスのテストの成績が落ちていて全体に、ちゃんと授業を受けていると言うことで追加したと前に言っていたことだろうか?
「すまん!お前の成績表だけは、点数減らした」
「はぁぁ!?」
突然の反対の減点発言に、
「え、ちょちょっと待って下さい!私だけ増えてないんですか?」
「だってのう……お前だけ、テストの点数が101点あって、前の学期の成績でも余っとったから、合計20点位引いとる」
ガーン!!
そんなにでしゃばりすぎたのか!?
そういえば、質問ストックを常に10問は作って、メモに書き込んでおいて、質問を見つけ出せなかったクラスメイトに教えていたのがばれたか?
それともそれとも……日本史が苦手な友人の為に、範囲を公表する先生が、出しそうな質問をピックアップして、放課後友人たちに渡して……これは絶対に人には見せないようにして?と言っておいたのに、他のクラスメイトが勝手にコピーしてクラス中に広まって、テストも似たような問題がでて点数が上がったことと、代わりに作った私がテストを盗み見たと疑われて、学年主任に呼び出されたからか?
あれは本当に自分が作ったのに、先生の出しそうなところを見つけたらほぼ9割出るんだもん。
私のせいじゃない!
「聞こえとるわ。違う。お前はちゃんと授業を受けとるが……幾ら何でも121点は出せんだろう……前の学期にのを足せばもっと行く」
「まぁ…そうですね」
「それにの~すまん。お前には98点しかやれんのじゃ」
「98点?」
100点くれとは言わないが、どうしてだ!?
と、先生は、
「実は一回だけ、今までの教師人生で一人100点をやったんだが……それでは生徒も成長せんと思って、それからは100点をあげた生徒はおらん。で、二人が99点。お前は本当は99点でもいいんだが、もう二人にやっとるし……で、成長を期待してお前は98点にする!」
「えぇぇ!?でも、前の学期には次につけるって……」
「121点出せるか。今度に回す」
「じゃぁ、今度も成績がよかったらどうするんですか!?」
尋ねると、
「う~ん……担任に言っておく」
で、話し合いがついたのか、自習時間の特別授業の項目の点数が後日上がっていた。
時々ジョークをいったり、どう見ても黒板には人間に見えない○をぐるぐるしたものを示しながら、
「これは有名やけんの~!覚えておけよ!」
「それなんですか?」
「義経と頼朝」
「解りませんよ~」
「解るもんには解る!」
日々、素敵な授業だった。
元々基本的に調べることは好きだったが、それを纏めると言うことができず溢れていた情報が『大先生ノート』のお陰で纏まり、そして時系列で、時代背景に出てくる人物に、原因になった出来事、それがこういうことになり、結果勢力争いとなり、最後にはこの時代のこう言うものが、次の時代を作っていく…と言う風にノートでも、脳内引き出しにも丁寧に残されたのだった。
その時が2年生だったので、3年も大先生が受け持ってくれると思っていたが、別の先生であり……テッサイ大先生が教えてくれたと言うのに最初からやると言う。
一応進学クラスで、もし出来たら県外の史学部に進学したかった刹那にとっては、大先生が教えてくれた後の時代が問題で有り、その部分を集中的に勉強したかった。
しかも、受けた授業はとてつもなくつまらない授業に舞い戻り……教科書に蛍光マーカーで線を引き、それをノートに写す……その繰り返しにうんざりした。
しかも、進学クラスで受験に必要な知識を教えてくれるのならともかく、一学期で平安初期には参った。
夏休みの補習が授業になり、二学期になると鎌倉初期から始まり、江戸時代初期で終わる。
受験が迫っているのに、試験には江戸後期以降明治、大正、昭和が半分以上出るはずと焦るのに進まない。
思い余って、テッサイ大先生に解りにくくて……覚えられないと尋ねると、
「う~ん…わしは担当じゃないし……契約の講師やけんのぉ……」
と言いつつ、幾つか要点を教えて貰った。
「すみません!ありがとうございます!」
「試験頑張れよ!」
そういって貰ったが、家庭の事情と親族が、
「お兄ちゃんは働いてるのに、女が大学?何いってるんだ」
「しかも県外!?図々しい!!」
と言われ断念。
仕方なく、県内の大学を受験することになったが、その当時、二種類のインフルエンザが蔓延しており、続けてかかり、寝込む。
で、フラフラのまま、受けに行き不合格。
「ほら、あんたはその程度だったのよ」
と叔母に言われ泣いた。
でも、思うのは……もし叶うなら、大先生の授業の続き、江戸時代中期からを聞きたい。
それと『宇宙人!』と言って笑って欲しい。
そう思うのと、私にとっては大先輩で、恩師であり、歴史の授業を面白く楽しいものだと思わせてくれた大先生に感謝と、今の刹那の得点は何点ですか?と聞いてみたい……そんな風に思っている。
昔書いた作品を思い出して、読みづらい部分を修正して、そして解りやすくしたつもりです。
それと、私のあだ名の宇宙人、火星人は、先生の褒め言葉で、普通に受験勉強として歴史を勉強するのが地球人(一般の学生)、歴史の勉強を面白がったり楽しんで深く掘り下げたいと思って勉強するのが宇宙人(変わり者と言うか、専門知識を保とうとする学生)と言う意味だったそうです。
差別的用語では有りませんのでその点はご了承下さい。




