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女尊男卑  作者: 中森かなめ
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男性も女性も、女性から生まれてきた

男性が狩猟の役目を担っていた縄文時代から2600年後の西暦2200年。長きにわたって男尊女卑の習わしがあった日本に、とうとう女性首相が誕生した。

その人の名は飛鳥乃絵瑠。「男性を産んだのは女性。男性は、女性がいなければこの世に生を受けなかった。だから、女性が社会を作っていくべきだ」という力強い訴えが、男性主導の政治に嫌気のさしていた国民の心を掴んでノエル旋風を巻き起こし、あれよあれよという間に首相の座に上り詰めたのだ。


その日から、日本の社会の風向きが変わった。AIにいいように利用され、日本経済を失墜させた男性に代わって、AIを上手に利用するようになった女性が社会的強者となり、企業の社長に就任したり、学術的な分野においてもリーダーとして新たな研究成果をあげたり、女性が男性に勝るケースが大幅に増えたのだ。


一方の男性は、ある時期から増殖していた草食系男子がそのほとんどを占めるようになり、女性上司の指導に快感を覚える者や女性がいなければ仕事が進められない者が徐々に増え、社会の荒波に耐えられずに結婚退職して家庭に入る専業主夫も少なくなかった。いずれにせよ、狩猟本能がほとんど消え去った男性は細かな気遣いのできる人も多く、料理や洗濯といった家事を女性よりはるかに手際よくやってのける人が大多数となっていた。


そんな世の中で暮らす清水家は、母の李蘭が働いて家族を養い、夫の好海が主夫で娘の世話をする、ごく普通の家庭だった。

働くといっても、ひと昔前のように、満員の通勤電車に乗って、通勤するだけでも一仕事といったことはなく、家の中に仕事部屋が一部屋あり、そこで仕事の大半は片付くようなシステムが主流となっていた。李蘭も、毎朝、身支度を済ませて向かうのは、自宅の一角にある仕事部屋だった。


「じゃあ、行ってくるね」

「行ってらっしゃい。今日は夕食何時ごろがいい?」

「ちょっと遅くなるから、先に蘭夢と食べててくれる?」

「オッケー。今日は、蘭夢のリクエストでハンバーグだよ」

「ほんと? じゃあ、今日1日頑張れるわ。好海のハンバーグ、最高だもん」


毎朝の会話はこんな調子だ。


いまは専業主夫の好海だが、短大の家政科を卒業してからは、しばらく派遣社員として某保険会社のコールセンターで働いていた。来る日も来る日も鳴り続ける電話のベルに嫌気がさしていたころ、高校の同窓会で李蘭と再会。バリバリと働く李蘭が眩しく見え、惹かれていった。一方の李蘭も、好海と会っていると心の安らぎを覚えるようになり、いつしかこの人となら理想の家庭が作れそうだと思うようになっていた。


こうして、付き合いはじめて1年が経ったクリスマスの夜、李蘭は好海に指輪を差し出し、プロポーズした。

「私とともに楽しい家庭を作ってください」

好海はその場で李蘭のプロポーズを承諾し、李蘭が一家の大黒柱として家族を養い、好海が専業主夫となって家庭に入ることとなった。


それからしばらくして、長女蘭夢が誕生。いくら科学が進歩した2200年とはいえ、人間の体の基本は変わらず、女性が子どもを産まねばならない。しかし、産科は進化し、妊娠5ヶ月で出産するのが一般的となっていた。小さく産んで、産まれた赤ん坊を5ヶ月ほど保育器で育てることで、母体の負担も少なく済むという出産方法が確立されていたのだ。ちなみに、かつては妊娠してから十月十日が経つころが出産予定日とされていたが、妊娠5ヶ月で産まれた赤ん坊は保育器で5ヶ月を過ごしてから退院となるので、辻褄があうことになる。


赤ん坊は夫の好海がかいがいしく世話し、李蘭は出産後1週間も経たないうちに仕事に復帰した。数年前に、出産後の女性に投与すれば、体調がすぐに回復する新薬が開発され、世の女性はほぼ妊娠出産のための休暇を取らずに済むようになっていた。


あれから12年が経ち、一人娘の蘭夢はJS6になっていた。かつての表現をとるなら、小学校六年生である。

学校では、タブレットを使った一般教養の授業と、それぞれの特性に合わせた運動の授業が必修で、知能テストで高い数値が出た子どものみが、昔で言うところの国語算数理科社会の授業を受けて、将来高等教育過程に進むシステムとなっていた。


蘭夢は、高等教育過程に進む子どものひとりとして選別され、蘭夢専用のAI教師が国から派遣されていた。AI教師は、蘭夢の一挙手一投足を見抜き、蘭夢の頭が働く時間をコントロールしながら、蘭夢に学問を教えていった。


そんな蘭夢は、好海の自慢の娘だった。といっても、AI教師のプログラム管理は李蘭がすべて行なっているので、李蘭あっての蘭夢だった。


そんな蘭夢を産んでくれた李蘭に好海は感謝し、李蘭の夫で本当によかったと感じていた。李蘭は大黒柱として一家を養い、蘭夢の教育をしっかりと考え、そのうえ自分の作る料理を毎回、心から美味しいという表情で食べてくれるからだ。


好海の曽祖父はいつもしかめっ面をしていて、祖母が料理を作っても、それに対して美味しいなどと言ったことのない頑固一徹な男だったと、父から聞いたことがあった。好海はそんな曽祖父に嫌悪感を抱いたのだが、父によると曽祖父の生きていた当時は男尊女卑の世の中で、曽祖父のような男性がほとんどとのことだった。好海は、つい200年前までそんな世の中だったことに驚きを隠せずにいた。同時に、2200年を生きていることに感謝するのだった。


短大の家政科時代に料理を本格的に習った好海は、おしゃれでこの上なく美味しい料理を毎日家族に振る舞っていた。好海は短大で、昭和や平成に人気を博した料理や世界各国の料理を研究し、調味料の細かな配合もお手の物だったのだ。いまでこそ、プロの料理人はほとんどが女性となったが、その昔、シェフと呼ばれた人たちが男性だったというのも当然だと、好海は思っていた。男性のほうが女性より繊細で、こだわりも強いからだ。いまでも好海は、料理人は男性のほうがふさわしいと思っていたのだが、女性上位の世の中でとてもそんなことは言えず、ぐっと思いを飲み込んでいた。


しかし、李蘭は好海の心の中を読み取ったように、「料理って、絶対男の人の方が向いてるよね」と言ったことがあった。好海の料理を食べていて、「隠し包丁や隠し味を入れたりする細かい工夫は、大雑把な女性より繊細な男性のほうが得意に決まっているじゃない」と、持論を展開したのだ。好海が常々そう感じていることを汲み取って、李蘭が意図的に「料理は男性優位論」を述べたのかは好海にはわからなかったのだが、いずれにせよ李蘭が自分と共通の意識を持っていることが、好海には心地よかった。

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