オーラ
今日は、目覚ましが狂ったように騒ぎ出す前に目が覚めた。
幸いなことに、今日は悪夢は見なかった。
普段は、寝ぼけているせいで、寝起きはあまり考え事はできないのだが、なぜか今日は頭がシャキッとしている。
「ーーそうか、そうだったのか」
そのおかげかは知らないが、昨日気になったことを思い付く。
昨日入ったギルドのマスター、あれは、先輩に似ていた。ゲーム内だから、キャラを作っているという可能性もある。だが、少し口調が厳しいところ、ギルド加入に特殊な条件をつけるところ、参加は自由だが移籍は許さないところ。
寝惚けた頭で思い付いたことでしかないが、考えれば考えるほど、あのマスターは生徒会長に似ている。
昨日と同じように手っ取り早く朝飯を済ませ、学校の支度をすべて終わらせてから、パソコンを起動すると、チムが昨日のシャットダウン直前のやり取りについて突っついてくる。
ーーあぁ、めんどくせー。
ここで、不意に大切な用事を思い出す。NPOのせいで忘れていた。
ーー数学の課題どうしよう……。
「……あ、これ俺死んだわー。マジでどうしよう、ヤバいヤバい」
数学以外は何も課題はないが、これが最も厄介なものだ。難易度はそこまで難しくはなさそうだったし、問題数もそこまで多くはない。
「なあチムよ。あわれなご主人様を助けるつもりはないか?」
「ありますあります! ついにご主人様がちゃんと私を頼ってくれるようになった!」
即答だった。
チムなら、高校入学したばかりの凡人が解ける問題を解くくらい朝飯前のはずだ。
「数学の問題なんだけどさ……」
チムに学校で数学の課題が出されていたこと、それを解いていないことを今になって思い出したことを説明した。なぜ課題を出されたかは言わないでおいた。言うと、不正行為に協力してくれないと思ったからだ。
「それくらい余裕ですよ。程よく間違えればいいんですよね?」
「ああ、そうしてくれると助かる。チムなら手伝ってくれると信じてたぜ」
手伝ってくれなくならないように、色々話さなかったこともあるが……。
「じゃあ、まずは課題のプリントを見せてください」
「あぁ、分かった」
チムから見えるように、パソコンのディスプレイの上にあるカメラの前にプリントを持ち上げる。二枚のプリントに書かれているすべての問題をチムに見せる。
「では、一分ほど待っていてください。解析し終わったら、中学生レベルの計算過程と、それによって導き出される解答を画面に写すので、ご主人様はそれをなるべく早めに写しちゃってください」
「あぁ、頼んだ」
……一分か。支度がすべて済んでいるせいで、やることはない。かと言って、ゲームをやるには短すぎる。
ーー仕方ない、待つか。
「ーーッ!?」
ーー嘘だろ。
暇だから、チムの作業行程を見ていると、チムの周囲に黒っぽいものが揺らいでいた。これはーー、いや、そんなことあるはずがない。
「解析完了です。今から、画面に表示する内容を書き写しちゃってください」
チムの周りの黒っぽいオーラに呆然としていた俺を、チムの声が現実に意識を戻らせる。
顔を上げた俺の視線の先にある画面に表示されていたのは、俺の要求を完璧に満たしている解答が書かれた数式たちだった。
チムは、人工知能だ。でも、たまにその事を忘れてしまいそうになる。なぜなら、彼女には完璧な人間らしさがある。
今だって、そうだ。意識していなければ、まるで誰かとビデオ通話をしているような感覚に陥ってしまう。
ーーそれだけ、完璧なのだ。その事実を、改めて再認識させられた。
「……? どうかしたんですか、ご主人様? 早く写さないと、学校に遅刻しちゃいますよ?」
「あぁ、そうだな。わり、ちょっと考え事してた」
「私の可愛さについてとかですか?」
「バッカ、そんなわけねーだろ。なぁ、お前って本当に人工知能なのか?」
決して自然な流れとは言えないだろう。ただ、どうしても事実を再確認しておきたかった。そうでもしないと、彼女との接し方を間違えてしまいそうだったからだ。
ーー俺が彼女をAIだと信用できなくなったのは、彼女の人間らしさだけが理由ではない。
……俺は、見えるのだ。他の人には見えない、何か、黒っぽい色のオーラのようなものが。
これがいつから見えるのかは、正確には覚えていないが、少なくとも“あの事件”の後だった、ということは断言できる。
臨死体験のせいだろうか? 何かはよく分からないが、最近ではこのオーラの揺らめき方や、黒の濃さで人の感情を読めるようになった。
見ないようにすることもできるようになったから、知りたくないことを知れないようにできるのは、俺にとってかなり救いになった。
ただ、当然ではあるが、NPOなどの様々なゲームに登場するNPCからは、見ようとしてもこのオーラが見られないのだ。だが、さっきチムから見えたのは、間違いなくそのオーラだ。
もしかしたら、電子の塊として格納された、本物の人間の魂なのではないか、そう考えることもあったが、この考えが今になって更に真実味を増してきた。
「ご主人様、なんで急にそんなこと聞くんですか? 私は、人工知能ですよ。そうじゃなかったら、こんな風に機械の中に入れるわけないじゃないですかー」
チムの言うことはもっともだ。だが、俺は自分の目で見た物を何よりも信じるようにしている。他人の言うことなんて、後から騙されて悲しむくらいなら、初めから信じないようにしているのだ。
「……チム、本当のことを答えてくれないか? 実は、俺はわけあって、人間相手なら感情みたいな、なんかが見えるんだ。さっき、チムからも見えた。だから、お前のことを人間じゃないかって、思ったんだ」
「……。あの、ご主人様。今こんなこと言うのは場違いなんですけど、課題やらなくていいんですか? 遅刻してしまいますよ?」
やば、忘れてた。
「それじゃあ、今から答え写すから、その間に話まとめてろよ」
どうせ、俺の言うことをかたくなに否定するんだろうけど。
そう思いながら、俺は紙の上にシャーペンを走らせる。
無心になって写し続けて、壁にかけてあるアナログ風の見た目のデジタル時計を見て、焦る。ーーチムを問い詰めてる時間がない。
「チム、今から学校行ってくる。帰ってきたら、色々問い詰めるからな。それと、課題サンキュー」
言いたいことだけ言って、チムの返事を聞かずにパソコンをシャットダウンする。
学校には、遅刻ギリギリではあったが、なんとか間に合った。
朝のSHR直後に稲波先生に渡した。不正したのがバレないかどうか少し不安だったが、特に繁盛していないなにも言われなかったからホッとした。
午前の授業は、、チムの正体を自分なりに推理することに夢中だったせいで、内容が全然頭に入ってこなかった。
気がつくと、午前中の授業はすべて終了していた。
登校中に、慌てていたせいで弁当を買い忘れていたため、購買に行った。ちなみに、八組は校舎の端にあり、購買は反対側の端にあるため、たどり着くのに一分近くかかった。
とりあえず、安くて美味しそうなパンを三つ選んで、購買のおばちゃんにお金を渡している時、ふと視界の端に黒くて長い髪が揺れているのが見えた。
間違いない。あれは、生徒会長だ。
ちなみに、生徒会長は一人だった。俺と同じように高校生活失敗組だろうか? 昨日少し話した程度だが、知らないなかと言うわけでもない。声をかけてみるか。
そう思い、たった今買ったばかりのパン(inビニール袋)を片手に、先輩に声をかける。
「こんにちは、先輩。先輩も昼飯買いに来たんですか?」
そう言うと、ジロリと俺をきつく睨んでから、近くの階段を上っていってしまった。
「まったく、なんなんだよ……」
一人で小さく呟いた声は、多くの生徒が友達と仲良さげに話している声の中で、誰にも気づかれることなく消え去ったのであった。
「もぐもぐもぐ……」
このパン旨いな。これからも買おうかな……、あ、購買教室から遠いしやっぱやーめた。
午後の授業も、午前中同様にいつの間にか終わっていた。ノートには板書が写してあったから、寝ていたわけではないのだろうが……。
放課後は特に用事がないから、SHR終了後、生徒会室へ向かおうとして、途中で考えが変わり、図書室に向かう。
早く行ったところで、先輩がいなかったら廊下で待ちぼうけを食うことになってしまう。
生徒会室は、クラス棟二階のど真ん中にある。つまり、二年生の教室の真ん中だ。そんな場所で一年生の俺が立っていたら、先輩たちの視線が集まるだろう。それだけは、絶対に回避したかったのだ。
適当に図書室をブラブラして、大体五分くらい経ってから、俺は図書室を後にして生徒会室へ向かう。
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