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トワイライト

 どうやら、俺はチムという名の、科学技術の集合体とも言える存在について、認識を改める必要がありそうだ。

 ーーさて、ここで一つ質問をしてみよう。わずか一分足らずで、ゲーム内の無数とも言えるデータを非公式に閲覧し、分析することは可能だろうか?

 おそらく、十人に訊けば十人が不可能だろう、と答えるだろう。そして、数分前の俺も同じ問いを投げ掛けられたら、不可能だと答えて鼻で笑っただろう。

 だが、チムはそれをやってのけた。にわかには信じがたい、というか信じられない話だ。

 だが、俺は゛それ゛をこの目で見た。さして、実際に見てしまったのだから、信じないなどという、現実から目をそらす権利は存在しないだろう。


「どうかしましたか、ご主人様? あ、もしかして私の仕事ぶりに不満が……? お待たせしてしまって、本当に申し訳ありませんでした」


 しかし、チムはその能力の恐ろしさや自覚していないらしく、呆然としていた俺の状態を、不満によるものだと誤解して謝ってきた。


「い、いや。別にチムの仕事には不満なんて無いんだけどな。どうやってそんなスピードでデータを閲覧出来たんだ?」


「……? えーと、普通にうろうろしていたら見えるんです。私にとっては、ネット上の情報なんて、道に生えてる植物と同じようなものなので、見えるんです」


 うーん、よく分からん。聞いていて頭痛がするような話だ。


「あー、もっとまとめて、簡単に、それこそ幼稚園児でも分かる次元の説明を頼む」


「幼稚園児って……。ご主人様、その見た目で幼稚園児ってことは……ない、ですよね?」


「あぁ、俺は高校一年生だが」


 賢い人間を相手にするときは、自分の年齢よりもかなり低い年齢の人間で理解できるレベルで話すように頼んでおかないと、話がさっぱり理解できない現象に陥ってしまうのだ。


「やっぱり、幼稚園児ってことはないですよねー。あ、ご主人様は少し頭が残念な人だったりしちゃうんですかー?」


 ーーブチッ。

 自分の頭の中から、何かが切れる音がしたような気がした。さすがに、実際に切れてはいないだろう。


「おい、あんまり調子のってんじゃねぇぞ。ぶっ殺すぞ、マジで」


「おー、ご主人様怖い怖いー。ちなみに、私を殺すことはできませんのでご了承ください」


 まったく、ムカつかせてくれるぜ。


「やれやれ……。もういい。それで? いいギルドは見つかったのか?」


 ずいぶんと話が逸れちまったし、結局チムの能力についてもいまいち理解できなかった。

 ちなみに、チムとくだらない会話をしながら、勝手に自己解釈をしてみたが、チムにとってはデータは風景みたいなもので、自然と意識しないでも見えるものなのだ、ということで構わないのだろうか? まぁ、どうでもいい。

 そして、こんなくだらない会話の中にも、どこか懐かしさを感じていた。だが、幼い頃にこんな体験をした記憶は存在しない。

 本当に、なんなのだろうか? この懐かしさは、一体どこから来ているのだろ……


「いくつかご主人様のご希望通りのギルドは見つかりましたよ」


 俺の思考を、チムの言葉が遮った。まぁ、チムも意識してやったことではないのだろうが。


「えーと、メンバーの人数は上限の十人に対して九人、平均レベルは約49.8888889でした。ギルド名は、『トワイライト』です。あと一人分しか枠が空いていないので、急ぐことを推奨します」


 えーと、九人で49.8888889ってことは、ほぼ全員50じゃねーか。どんだけハイレベルプレイヤー集めてんだよ。


「うっしゃ、そこに俺を売り込みに行くぞ。道案内任せたぜ」


「合点承知のあいあいさー」



 チムの道案内にしたがって、歩いてワープして歩いた先にあったのは、今までの道のりで見た中でダントツにトップクラスの建物だった。


「ここです」


「あぁ、道案内サンキュ」


 ここまで異常な能力を俺に見せつけたチムだったが、ここから先は俺が自分でやらなければいけない。

 気合いをいれようと、キーボードから手を離し、グッと握り混むといつの間にか手汗がうっすらとついていた。それを、ズボンで拭ってらまたキーボードに手をつける。

 ーーよし、行くぞ。

 心の中で意気込んでから、建物の中に入る。


 ギルド加入申請は、ギルドマスターにチャットで申請しなくてはならない。だが、俺はここのギルドマスターが誰かは知らないため、こうして直接出向かなければならないのだ。

 建物の中を適当にブラついていると、ようやくプレイヤーらしきゴツい見た目のおっさんを見つけた。店においてある品物から判断すると、おそらく、商人だろう。

 商人にカーソルを合わせて、クリックする。すると、チャットやトレードなどのメニューが出てきた。ちなみに、名前は『アビゲイル』だ。

 ーーまぁ、そんなことはどうでもいい。とりあえず、ギルマスとチャットをするために、まずはこの商人にチャットを送らなければならない。


『あの、すみません。ギルドに入りたいのですが……』


 チャットを送って、十秒ほどすると、返事が返ってきた。


『あー、ちょっと今マスター呼んだんで、少し待っててください』


『はい、分かりました』


 大体三十秒ほど、画面を見ながら待っていると、奥の扉から女性プレイヤーが出てきた。ちなみに、髪形は黒髪ロングで、俺のタイプだ。


『君がうちのギルドに入りたいプレイヤーかな?』


『はい、そうです』


『では、少し質問に答えてほしい』


 なんだなんだ? ゲーム内での対人経験がほとんど無いせいで、さっぱり質問内容の予想がつかない。


『次の質問すべてに答えてほしい。1.もっともレベルを上げている職業は? 2.そのレベルは? 3.このゲーム歴は? 4.リアルでの年齢は? 5.リアルでの大まかな住所は? 6.オフ会には参加できるか?』


 初めの三つはまだ分かる。だが、それ以外の質問には、なんの意味があるんだ?

 オフ会なんかに参加してなんの意味があるのだろうか? わざわざリアルを晒す必要性もない。


「チム、悪いがここのギルドはやめよう」


「そうですね。リアルのことを訊いてくる人とはあまりか変わらない方がいいかもしれません」


 チムには悪いが、ここのギルドには入らない方が良さそうだ。


『あの、すみません。やっぱり、このギルドに入るのは辞めときます。急に邪魔をして、本当にすみませんでした』


『そうか』


 また、チムに他の良さそうなギルドを探してもらうか。振り出しに戻ったな。


『では、最初の三つの質問に答えてほしい。その回答によっては、君の加入を考えよう』


 ……え?


『後半の三つの質問に答える気はありませんよ?』


『あぁ、それで構わない。むしろ、ここでリアルを晒すような無用心なプレイヤーをギルドには入れたくなかったんだ。試すようなことをしてすまなかったな』


『まぁ、このギルドのようなトップクラスのものにもなれば、プレイヤー厳選をしたいのも分かりますよ』


 この人はなかなか良い人柄をしている。現実にいたら、惚れてしまいそうだ。……まぁ、ネトゲの女性プレイヤーなんて、ほどんどがどうせネカマなんだろうけど。

 それにしても、何となく誰かに似ているような気がする。誰だったっけ? ーーまぁ、いいや。


『俺は鍜冶やってて、レベルは50です。このゲームはクローズドβの初日からやってて、一日としてログインを欠かしたことはありません』


 このゲームのクローズドβテストは、抽選三百人限定だったが、応募者数が一万人を越えたため、当選したときは割と嬉しかった。ーーまぁ、今使っているパソコンの時ほどではないが。

 まぁ、とにかく、俺のこのゲームでの歴は、日数だけで比べれば、最低でも三百位以内には入っている。というか、同率が何人いるかは知らないが、とりあえず一位だ。


『なるほど。このギルドは、商人や漁師はやたらと多いくせに鍜冶職人が全然いなくて困っていたんだ。私は君を歓迎しよう。これからよろしく頼むよ』


『こちらこそ、よろしくお願いします。ところで、このギルドってノルマとかありますか?』


 これだけトッププレイヤーを集めたギルドだ。一日でもログインを欠かしたら脱退させられたとしてもおかしくない。


『ノルマなんてものは存在しない。ただ、できるだけギルドの移籍はやめてもらいたいな。別に活動する日も自由で構わない』


 あれ? 絶対にノルマがあると思ったんだけどな。まぁ、別に移籍をするつもりなんて無いから、願ったり叶ったりだ。


「なかなか良さそうなギルドですね、ご主人様。チャットした感じだとギルドマスターの人柄もなかなか良さそうですしね」


 「あぁ、確かにそうだな。なかなかの優良物件をを見つけてくれてありがとな。お前がいなきゃ、俺、ギルド見つけられずに路頭に迷ってたかもしれないよ」


「もしかして、私に惚れちゃいましたか? ご主人様なら……いいですよ?」


 頬を紅く染め、照れたようにチムが言う。


「馬鹿。そんなつもりで言ってなんかいねぇよ」


「なぁんだ、残念残念」


 まったく、これから先もこんな調子でいられると困る。

 あ、ギルマスさんのこと忘れてた。


『あれ、シト? 放置しちゃったかな?』


『すみません。ちょっと色々あって』


『まぁ、リアルについてはあまり詮索しないでおこう。先ほど、招待メールを送っておいたから、そこからギルドに入ってくれ』


『はい、分かりました。何から何までお世話になります』


 そうチャットを送ってから、メールを確認する。

 メールはチャットとは違って、プレイヤーがログインしていなくても送ることができるが、ギルド招待やアイテムのプレゼントなどにしか使えないため、決して便利な代物ではない。

 ましてや、俺は他人との関わりがほとんど無いため、クローズドβから一度もプレイヤーからメールがとどいたことはなかった。運営からのログインボーナスは毎日届いてるけど。

 メールを確認すると、本当にメールが届いていて少し感動する。そのメールを開いて、ギルド招待を承認した。これで、俺もこのギルドのメンバーだ。


『新しく入りました、よろしくです。基本的に鍜冶やってて、今レベル50です。無課金なので、どうしようもない面がありますが、何卒よろしくお願い致します』


 これこれこれ! ネトゲでギルドに入ったらやってみたかったんだよ、この最初の挨拶!


『おー、無課金でレベルキャップ到達とか、すごいっすねー。こちらこそ、よろしくお願いします』


 さっき世話になったアビゲイルさんが最初に挨拶を返してくれ、そこからログインしている全メンバーが挨拶をしてくれた。

 感動だ。みんなが暖かすぎる。……たとえ、これがネット上の偽りだらけの人間付き合いだとわかっていても、涙腺がわずかに緩くなってしまう。あくまで気分的にでしかないが。


『あの、いれてもらって早速で申し訳ないのですが、ちょっとリアルで用事があるので落ちさせてもらいます』


『あいあーい、シトさんお疲れさまー』


 誰かが返事をしてくれたが、名前を確認する前にパソコンの画面が一瞬真っ暗になり、次の瞬間にはチムがギルドを探している間に眺めようと思って開いたNPOの攻略コミュニティサイトが開いていた。


「チム、今日は本当にありがとな。今までさんざんひどいこと言ってきて悪かった。これからは、俺もお前の接し方を改めることにするよ」


「えへへー、本当ですかー? さっきちょこーっと頑張った甲斐がありましたー。ではでは、これを気に結婚を前提に付き合ってくださいー。キャー、言っちゃいましたー」


「馬鹿。さすがに俺でもAIに恋をするほど危ないヤツじゃねーよ……まぁ、見た目は悪くはないし、もし人間だったら考えていたかもしれないな……」


「え、なんか言いましたか?」


 聞こえなかったなら、それでいい。てか、むしろ、聞こえてたら困る。

 俺は、自分の頬がちょっと熱くなるのを感じながら、慌ててパソコンをシャットダウンする。

 パソコンの電源が暗くなり、パソコンから熱が消える頃には、俺の頬の熱もすっかり消えていた。

 ーーなんであんな発言をしてしまったのかは、自分でもよく分からなかったが、とにかくチムに聞こえていなかったことは本当によかったと心から思った。

ブックマークをしてくれると嬉しいです。

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