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チム無双

 家に帰ってから、既にアップデートが終了しているはずのNPOをプレイすべく、すぐにテスト中のパソコンを起動する。


「お帰りなさいませ、ご主人様♪」


 相変わらずの速度で起動した画面に銀髪貧乳ロリが現れた。

 朝はコイツが現れなかったため、こいつの存在は頭のすみに追いやっていたが、現れてしまったのなら仕方がない。……不本意だが、ちょいとばかり構ってやるか。


「しっし、あっち行けあっち行け」


 テスターとしての役割終了なり。よし、これでゲームに集中できる。


「んもう、そんなこと言わないでくださいよー。私のこと好きでそんなことやってるんですかー?」


「はっ、何を言ってやがる。俺は二次元好きではあるがなあ、叶わないと分かりながら二次元にガチ恋するほど、俺はまぬけじゃあないんでな」


「ぬぅ、そんなこと言わないでよー。もっと構ってよー」


 そう言いながら、しくしく、しくしくと泣き真似をしていた。

 だが、そんな泣き落とし、しかも泣き真似に負けるほど俺は弱くはない。


「もうどけよ。画面操作しにくいだろ」


 俺がそう言うと、チムが立ったまま手を伸ばし足を広げた。この状態だと、チムが画面上のほとんどを占めてしまう。

 コイツが画面上にいても、コイツの体でない部分は普通に問題なくクリック操作できるのだが、コイツの体をクリックしてしまうと、コイツに触ったような感じになるらしい。つまり、コイツが画面上にいるとパソコンの操作に困る。ああ、邪魔だ邪魔だ。

 ーーそこで、ふっと一つのアイデアを思い付く。コイツをどかすための、゛たった一つの冴えたやり方゛。


「ふぁ!? く、くすぐったいですよー。やめてください! あんっ、ははっ。だ、だめー、もうやめて、やめてください! あっあっあっあーーっ! い、息が、息ができないのでやめてくださいっ! はぁはぁはぁ、ふぅー」


 ひたすらチムの体をクリックしまくってみた。予想通りにチムを苦しめることに成功した。

 やはり、チムにとっては体をクリックすることはくすぐっているのと同じような反応をした。これで、これから先もなんとかチムと戦えるだろう。

 ーーいや、違う。そんなはずはない。チムはただのコンピュータ内で生活しているAIでしかない。そんな彼女がくすぐられた程度で苦しむとは思えない。呼吸も必要ないだろうから、息が切れることもあり得ない。

 だが、チムは画面から姿を消した。一体どこに行ったのかは分からないが、画面上にいなければ実害はないだろう。

 そう思い、デスクトップ画面に設置しておいたショートカットからNPOのホームページに移動するために、ショートカットをダブルクリックする。ーーだが、なにも起こらない。

 おかしい。使用二日目で早速バグったのだろうか。いや、バグ以外にも可能性はある。むしろ、そちらの可能性の方が大きい。


「おい、チム。ざけんじゃねーぞ、とっとと直しやがれ。コンピュータ内にウイルス流し込むぞ」


「……へぇー。本当にそんなことできるんですか? この機械のセキュリティを素人が突破できると本当に思ってるんですかぁー?」


 まだ画面上にチムの姿は現れていないが、声だけは聞こえる。

 確かに、チムの言う通りにこのパソコンは頑丈なセキュリティで守られているだろう。だが、それはあくまで他人が不正行為をしようとする場合に限った話だ。

 恐らく、俺が自分でウイルスを落とすことは妨害されないはずだ。正確にはセキュリティを停止する権限があるはずだ。

 なぜなら、所有者が自らウイルスを自分のコンピュータに入れることは、企業側も想定外のはずだし、所有者の意思をわざわざ拒む必要もないはずだからだ。

 そのことをチムに話すと、


「確かにそれはそうだけど、ご主人様にこの機械を手放す意思力があるんですか? さらにさらに、私にはコンピュータ間を自由に行き来する能力がありますので、このコンピュータをダメにしたところで痛くも痒くもないんですよねー、実は。さてさてさぁて、賢いご主人様はこれから自分が何をするべきなのか、分かりますよね?」


 ……な、なんだと?

 甘く見ていた、油断していた。ネトゲ好きの俺からパソコンを奪ったらなにも残らないのだ。

 つまり、チムは俺がコンピュータを両方ともダメにすることができないことを理解している。そして、それを利用して俺を脅迫している。

 チムは恐らく、俺に゛構ってほしい゛のだろう。というか、実際にさっきもそう言っていたし、一緒に何かをすることこそが今回のテストの内容なのだから、それで合っているはずだ。


「よし、分かった。じゃあ、お前は何をしてほしい? 俺のサポートでも構わないか?」


「はいはい! 何にも構わないのです! では、早速どーぞ!」


 そう言い、何もない空間からチムが姿を現し、縮小していく。そして、あまり使わない画面の右上に移動した。

 その直後、NPOのホームページに飛び、自動でサイトにログインをすませた後に、一瞬でアップデートファイルをダウンロードし、サーバー選択画面に移動したところで画面の変化が止まった。

 ここからは自分でやれと言うことだろう。

 快適と表示されていたサーバー5を選択すると、キャラクター選択画面に移動する。

 普段から基本的に使っている『シト』という名前の鍛冶特化キャラを選択して、ゲームを開始する。

 ちなみに、名前の由来は単純明快で、俺の名前の最初と最後の一文字ずつを取っただけだ。


「チム、少し悪いんだけど、ゲームに集中したいからおしゃべりだけでも構わないか?」


「うーん……、まあ、いいですよ」


 少し考えるような仕草をしてから、チムが答えた。


「悪いな、またいつか暇なときになら遊んでやるからさ」


「……今の言葉、忘れないでくださいよ? 約束ですからね?」


「はいはい、分かった分かった」


 そんな会話をしながら、俺はNPCが店の前を通るのを待っている。

 このゲームでは、自分の店から一定の距離にまで近づいてきたNPCをクリックし、NPCのレベルに見合ったジョブレベルなら店に来てくれるのだ。

 そして、ここで重要なのはNPCのレベルが高いほど高レベルのモンスターを倒すことができ、多くの経験値を手に入れることができる。つまり、俺のような職人プレイヤーは高レベルのNPCのサポートをすればジョブレベルを上げるのに必要な経験値を効率よく稼ぐことができるのだ。

 現在の俺の鍛冶レベルは50。これは、今日のアップデート前までのレベル上限だ。今回のアップデートによって、それが60まで上げられると公式サイトには書かれていた。

 50まで達していたプレイヤーはそう多くない。昨日街をウロウロして見たものをゲーム全体でのプレイヤーのレベルの分布割合と同じだとすれば、ざっと5%程度だろう。しかも、その中のほとんどが課金者である。

 課金者は、店の外観を無課金での限界を遥かに上回るほどに豪華なものにすることができる。そして、それによりNPCがその店の周囲にやって来る確率が上がるのだ。

 だが、あくまでNPCを捕まえるチャンスが増えるだけで、確実に店に入れさせられるわけではない。

 ちなみに、そんな豪華な店の近くに自分の店を建てれば、課金者の店に近づいてきたNPCを、無課金プレイヤーでも捕まえることができるため、課金ゲーというわけでもないのが、このゲームのありがたいところだ。

 しかも、店の引っ越しには多額の金がかかるものの、ある程度のレベルがあれば、たとえ無課金であったとしても貯められる額だ。


 今日のアップデートでは、レベル上限の上昇とは別に、もう一つの大きな変化があった。

 それはーー、


「あれ? ご主人様、ご主人様。昨日とだいぶ街の見た目変わってませんか? なんだか、おっきいお店がいっぱいあります」


「あぁ。今回のアップデートで゛ギルドシステム゛が追加されたんだ」


「ぎるどしすてむって、具体的にはどんなのですか?」


「ん? あぁ、そっか、お前は知らないよな。少し説明が長くなるけど、いいか?」


「はい、もちろんです」


「まず、ギルドってのは、オンラインゲームで複数のプレイヤーが協力し合うために作ることができるグループのことだ。このゲームだと、ギルドマスターが一つの大きな建物を建てて、そこにギルドメンバーが自分の店を引っ越すんだ。そうすると、課金者の恩恵を皆で共有できるし、一人が得た経験値を皆で均等に分配できるから、稼いだ本人は損かもしれないけどお互い持ちつ持たれつの関係になるから、全体的に見れば全員が得をするようになってるんだ。しかも、ギルドに入った時の店の引っ越しには金がかからない。というようにいいこと尽くしなわけだ」


「では、ご主人様も入れてもらえるギルドを探すためにこうして見世を放棄して路頭をさ迷っている、というわけですね」


「まぁ、それはそうなんだけどさ、なかなか入れてくれるギルドが無いんだよ……。二週間くらい前に今回のアップデートのことは分かってて、数人に一緒にギルドやりませんか、って頼んだんだけど、全員に断られててさ……」


 くそっ、俺が一体何をしたって言うんだ。


「『くそっ、俺が一体何をしたって言うんだ』って顔をしてますね。まぁ、その気持ちもよく分かりますよ。いいじゃないですか、ギルド入らなくたって。一匹狼って感じでかっこいいですよ? きゃーかっこいいー」


 思いっきり棒読みだった。


「……まったく、どいつもこいつも。俺のことをバカにしてるのかよ」


「誰の責任かは分からないですけど、すべての原因を他人のせいにするのはよくないと思いますよ」


 ド正論だった。

 確かにそれはそうだし、そんなこと俺だってよく分かってる。

 ーー父さんに責任を押し付けられて、殺されかけたんだから。他の誰よりも分かっている自信はある。


「チム、お前には分からないかもしれないけど、人間ってのは弱いものなんだ。責任を誰かに押し付けなければ、その重みで自分がつぶれる。そんなにも弱く、儚い生き物なんだ」


「さっきからやけに話の内容が深いですね。この話の原因って、たかがネトゲでギルドに入れてもらえなかったことですよね? たかがそんなことで、こんなにもネガティブというか、暗く真面目な雰囲気に陥ってしまうご主人様はだいぶ末期ですよ……。正直私もドン引きです」


 まぁ、それはそうだな。

 まったく、コイツと話してると変な方向に話が飛んでばっかりだな。


「まぁ、私も手伝いますから、頑張って枠が空いてるギルドに入れてもらいましょう!」


「お、手伝ってくれるのか? サンキュー。じゃあ、前向きにもうちょっとばかり頑張ってみるか」


 ……て、あれ? コイツ今、俺のことを手伝うって言ったよな?


「なぁ、チム。お前、俺のことをどう手伝うつもりなんだ?」


 そう質問をすると、チムはふっふっふ、と不敵そうに笑って、


「実は私、インターネット内を自由に行き来できて、インターネット上の情報をありとあらゆるところから手に入れることができるんです」


 ーーつまり、それは……。


「そう、私の力を使いさえすれば、ゲーム内のありとあらゆる情報を取得することができるのです! しかも、その痕跡がサーバーに残ることはなく、誰にもバレることはありません、ご主人様が口を滑らせない限りは」


 なん……だと。

 そんな力を持っていたのか、コイツは。悪用すれば、現代社会にはびこるありとあらゆる情報を独占し、世界征服をすることだって夢ではないじゃないか。

 だが、もちろん、そんなことをするつもりはない。


「ちなみに、データを書き換えることもできますよ、こちらは痕跡が残ってしまいますが」


 これもすごいスキルだ。

 当然、チートなどという外道な行為をするつもりはさらさらないから、ゲーム以外でなら、十分に有効活用することが可能だろう。具体的には、好きなソフトをプログラミングできる、とかだ。


「まぁ、とりあえずはギルドに入れてもらいたいし、この街の……、いや、このゲームの全ての街のギルドで枠が空いてるところを教えてくれ。できれば、メンバーの平均レベルが高いところで」


「りょーかいです!」


 果たして、ゲーム内のデータを閲覧するのにどれだけ時間がかかるかは分からないが、しばらくはかかるだろう。

 その間は、適当にブラウザでNPOの攻略コミュニティサイトでも眺めているとしよう。


 ……俺は、チムの真の恐ろしさには、まだ気が付いていなかった。

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