ぼっちの花道
今日の一時間目は、体育だった。
入学式の日に時間割表を配られた時からうんざりしていたが、16、17、18HRは火曜日は一時間目から体育なのだ。しかも、噂によれば一年生の体育の教師がかなり厳しいらしい。運動音痴で、なおかつ最近運動不足の俺にとってはマイナス要素しか存在しない。
普通の授業は寝るなり保健室に行くなりすれば済む。だが、体育では寝ていられないし、欠席したとしても補習が待っている。
ただし、抜け道が何も無いというわけではない。
俺が生まれる前は、体育で熱中症とか言う症状で倒れる生徒もいたらしいが、それがどのような症状なのかは分からない。今どきの体育では、『体調管理機』という機械を腕に巻き、脈拍とかを監視する。まぁ、名前通りの機能を持った機械だ。
脈拍等を監視して、今のまま活動を続けた場合、身体に異状をもたらすレベルになった場合には警告音が鳴るらしい。
しかし、俺はその音を今まで一度も聞いたことがない。と言うのも、何度も警告された場合、その授業を行っていた体育教師は、教育委員会などに指導されてしまうらしく、それが原因で過保護気味になってしまうのだ。そして、これは全国で共通とも言える体育教師の生態なのである。
つまり、それを利用して、少しダルそうにしてさえいれば、教師がそれを目ざとく発見し、一時的にではあるがサボらせてもらえる……はずだ。
ただ、初めからダルそうにしていても効果は薄いだろうから、体操やウォーミングアップが終わってからサボるとしよう。
サボるための計画をしっかり立て、制服から体操服に着替えて運動場に向かった。
だが、授業開始10分ほどで、自分の考えの浅はかさに気が付いた。
と言うのも、
「声が小さい!! また最初からだ!」
とか、
「指先が伸びていない! ちゃんと指先まで力を入れろ! また初めからだ!」
とか言われ続けて、結局今日の体育は体操だけで終わってしまった。
やり直しだけならまだいいのだが、名指しで注意されると不愉快極まりない。しかも、体操しかやっていないため、身体的にはあまり疲れなかったせいで『体調管理機』が警告音を鳴らすことは一度も無かった。
まだ体育は一度しかやっていないが、これから先が思いやられる。ただ、これから毎日今日みたいに体操だけで終わってくれるのであれば、自分が名指しで注意されないようにさえすればよいのだから、それはそれで楽なのかもしれない。
ただ、あの先生を好きになることは無さそうだが。二人組の男の先生でザ・体育会系とでも言うようなガッチリとした見た目で、最初はかなりビビった。
周りを見ると、息を切らしている生徒は少なかったが、笑顔の生徒は一人も見つけられなかった。
教室に戻って体操服から制服に着替えると、急に腹が空腹を訴えてきた。運動をすると腹が減るが、今食べてしまうと昼休みに食べる分が減ってしまうから、適当に水を飲んだ。
……何かがおかしい。何かは思い浮かばないが、違和感を感じる。
そして、気がつく。
静かすぎるのだ、この教室は。中学では休み時間と言えば、リア充どもがワイワイガヤガヤやっているものだったが、このクラスではまだそれが行われていない。
他の連中が何をしていようが、俺に害を与えさえしなければどうでもいいと思っていたが、ここまで静かだとかえって落ち着かない。
だが、これもどうせ初めの何週間かだけだろう。少しすれば、同じ部活に仮入部しているヤツらが仲良くなって、そこから徐々にそれがクラス中に広まっていくのだ。それこそ、俺には縁のないことなのだが。
そういえば、俺も早いところ部活を決めたい。確か、昨日先生に部活の一覧表を配られて、それがタブレット端末の中に入っていたはずだ。
そう思い、机の中からタブレット端末を取り出してファイラーを起動すると、『部活動一覧表』という名前のPDFファイルが最も上に表示されていた。
それを開き、部活の一覧を眺めていると、
「篠宮くんは、何部に入るのかもう決めたのかい?」
「――うおっ!」
突然、後ろから優しそうな声をかけられ、不覚にも不意をつかれてしまった俺は、声を上げて椅子から落ちかける。
「ひどいなぁ。そんなに怖がらなくてもいいじゃないか」
俺に不意打ちするなんて何奴、と思いながら、声の主の顔を確認すると、俺の嫌いな爽やか系イケメンの顔がそこにあった。
こんなイケメンに声をかけられるようなことを俺はしていない……はずだ。つまり、コイツは用もないのに人に話しかけることができるほどの高いコミュ力の持ち主だ。
顔はいいし、声も優しい。そして、コミュ力まで高いときた。ならば、今まで一度も関わりはなかったが、俺の敵だ。
「ぐるるるるるぅ」
敵には、まず初めに威嚇をしておくのがベストのはずだ。
「それで、君はもう部活を決めたのかい?」
だが、俺の威嚇を受けたイケメンは、何も臆することなく、僅かに苦笑しながら、初めと同じことを聞いてきた。
おかしいなぁ。俺の家にあるレトロゲームだと、いかくされた敵の攻撃力は一段階下がるはずなんだけどなぁ。
ただ、無視をするのは良くない。ソースは、俺の実体験。
「まだだけど、どうかしたか?」
「いや、それならテニス部入らないかな? 一緒に仮入部してくれそうな男子がいなくて困ってるんだよね」
ふむ、そういうことか。
「わり。俺、運動部は入るつもりないんだ。だから、他のヤツを誘ってくれ」
そう言うと、イケメン野郎が少し困ったような顔をした。
まぁ、名前も知らない野郎のためにわざわざ自分の身を削ってやる必要もないし、どうでもいいや。
「あ、それじゃあ、そろそろ授業始まるから席戻った方がいいぞ」
「いや、俺の席、篠宮くんの隣なんだけど……。もしかして、俺の名前分からない?」
「い、いや、わ、分かるよ?」
思い出せ、思い出せ、思い出せ。
たしか、昨日は周りの席のヤツと一緒に弁当を食ったはずだ。つまり、その時にコイツはいた。たしか、自己紹介をしたはずだ。その時に俺の隣の席のヤツが仕切っていた気がする。そして、ソイツは初めに自己紹介をしていた。つまり、それさえ思い出せれば……。
「……た、たしか、田村……だよ、な? 昨日自己紹介してたよな?」
イケメン野郎が、安心したような顔をした。
かなり心配だったが、なんとか正解を言い当てることができたのだろう。
これでこちらも一安心だ。
「ふぅ、名前を覚えてくれてはいたのか。良かった良かった。じゃあ、とりあえず友達になってくれよ」
なにがとりあえずだよ。友達ってのは、そんな簡単に作れるもんじゃねーんだよ。
「なぁ、友達の基準ってなんだ? 友達になってくれって言われて、それを了承したらいいのか?」
「……さ、さぁな。まぁ、どっちかが友達だと思えればそれでいいんじゃないのかな?」
うーん……、分からない。本当にどこが基準なのだろうか?
ただ、俺の中での基準はこんな感じだ。
「ほら、たとえば、お前に片思いの相手がいたとする。それで、お前がその相手に告って、振られたとする。つまり、この時点で一方的な恋でしかない。だが、それは付き合っているということではない。つまり、片方が一方的に友達だと思っていたとしても、それだけでは友達だということにはならない。以上、QED」
つまり、相互同意じゃなければならないが、相手が何を考えているかなんて分からないから、この時点でその前提は崩れるので、友達などというものはこの世に存在しないのである。
この世界中の人間って、みんなまじ孤独だな。アハハハハハハハハハハハハ……。
「あ、先生来たから、もう話すの止めよう」
田村は、またしても安心したような顔をして、そう言った。
ちなみに、俺ら以外の連中も、そもそも話していないか、小声で話しているのかはしらないが、あまり音を発生させていなかったため、先生が来てもクラス全体としては特に大した変化が無かった。
俺にとっては、今のこの環境が過ごしやすいのだが、果たしてこの環境がどれだけ続いてくれるのかは、少し心配なところである。
なにせ、リア充どもは沈黙を嫌う。それがなぜなのかは俺には分からないが、今までの人生経験からして、リア充どもがそのような生態を持っていることに違いはないだろう。
つまり、そう遠くない未来に、この環境はリア充どもの手によって崩されてしまうということだ。そして、それを阻止することは俺のような人間には不可能なのである。決められた運命、そう言い表すのが的確だろう。
まあ、これはかなり深刻な問題ではあるが、現在直面している問題は、今からの授業が俺にとって子守唄としか思えない国語の授業であるということである。
俺らのクラスの国語の先生の声は、聞いている者を睡魔に襲わせる。それも、アクティブスキルではなく、パッシブスキルのように常時発動している。なんなら、アビリティと言っても過言ではないレベルである。
そして、授業開始5分で、俺は眠りに落ちた。
「あの、先生? 一応言っておきますけど、体罰は禁止されていますからね?」
今は昼休みで、ここは、職員室だ。そして、担任の稲波先生の机の近く。
俺は今、説教されている。
「あのなぁ、朝も寝ていただろう、君は? それだというのに、まだ寝たりないというのか?」
もはや、呆れられていると思える声だった。だが、その瞳は怒りに燃えながら俺を睨んでいる。この状態で少しふざけると、怒られること間違いなし。
ちなみに、『怒っていないから正直に話してごらん』発言は、信用するに値しない。
「せ、先生。今回のことはすべて俺が悪かったです。反省しています。なんなら、土下座しても構いません!」
こういう時には、とにかく謝りまくって許してもらうのが最善策である。下手に言い訳をするよりも罪は軽くなるし、潔いということで、多少は良い印象を与えることもできる。
「いや、だめだな」
許してもらえると思ったのに……。この先生は、他の先生とは少し違うようだ。
「じゃあ、どうしたら許してくれますか?」
プランB。許してもらう方法を相手に直接聞いて、それを実行する。
「ふむ、それでは、君に数学の宿題を与えよう。いいか、きちんと計算過程も書くんだぞ。もしも、その答えが私の満足するものだった場合、許してやろう。ちなみに、分かっているだろうが答えを写していないかのように、ほどよく間違えながら答えを写しても無駄だからな。私の教師歴を甘く見るような行動をとった場合は宿題増量だからな」
あぁ、この先生は数学の先生だったか。
とにかく、それで許してもらえるのであれば、それをやらない手はない。
「分かりました。量にもよりますが、明日提出します」
「安心していい。問題数は少しだけだ」
良かったー。難易度にもよるけど、もし100問とかあったら、どうしようかと思っていたぜ。
「では、放課後に職員室に来たまえ」
「分かりました。本当にすみませんでした」
最後にも謝っておくことで、心から反省しているアピールをしておく。
「君も速く弁当を食べないと、午後からの授業に集中できなくなるぞ。だが、食べすぎるなよ。それで寝られても困るからな」
俺のアピールを気にも留めていないのか、稲波先生は机の中からコンビニ弁当を出し、机に置いてから言った。
「分かりました」
こういう時は、潔く甘えておくのがベストだ。
ここで、少し気になったことを口にしてしまう。
「先生、教師歴を誇らしげに話していましたけど、先生何歳なんですか? 職歴について語るということはかなりの年齢なのではな……」
いでしょうか、そう言おうとしたが、先生に遮られる。
「君には宿題が足りないようだな。放課後を楽しみにしていたまえ」
やらかした。
こうして、俺は職員室を後にし、教室に戻った。
ちなみに、既にみんなは弁当を食べ終えていて、俺は一人で弁当を食べるハメになった。
恐らく、努力しなければ、このまま高校生活ぼっちルート確定だ。
「やれやれ……」
困った困った。
ーーてか、俺の生活もうカオス過ぎる。これから何をどうやって生きていけと……。