NPO
ピピピ、ピピピピッ! ピピピ、ピピピピッ! ピピピ、ピピピピッ!
昨晩寝る前にセットしておいた目覚まし時計が、けたたましい音で俺を過去の悪夢――死んだ時の記憶から、現実に目覚めさせた。
最近分かったことだが、俺が幸せになった日の夜にこの夢を見る確率が以上に高い。
……もしかしたら、殺意を忘れてしまわないように、先ほどからけたたましい音をたてている目覚まし時計同様にセットしているのかもしれない。
昨日はコンピュータのテストに応募したことで幸せになったから、それが原因だろう。
あの夢を見るのは苦痛だが、そのおかげで殺意を忘れずに済む。
ピピピ、ピピピピッ! ピピピ、ピピピピッ! ピピピ――カタッ!
当たり前ではあるが自動で止まらない耳元のうるさいアラームを止めるわずかなモーションから、今日の俺の一日は幕を開けた……別に今日が特別な一日になるなんてことはないだろうが。
そんな俺にとってノミのサイズ程もメリットのない思考を、一旦どころか永久的に放棄することを決心した俺は、先ほど他でもない俺の手によって沈黙させられた時計に目を向け、ただ今の時刻を確認すると、朝の6時、俺の平日の起床時間だった。
家を出る時間まで多少時間に余裕があるため、俺の他に誰もいないこの部屋の中で少しぐらい物思いにふけっていてもバチは当たらないだろう。……アラームのせいで思考を一時停止させられてしまったし。
ーー最近はあの夢を見る頻度が高いことから、俺は幸せな状態だと逆説的に言うことができる。
あれを見る頻度が高くなって気がついたことだが、俺の記憶の中でもそこのワンシーンだけが継ぎ接ぎされたかのごとく前後の記憶より少し浮いているような感じがする。
そのせいで少し曖昧ではあるが、俺の記憶が正しいのであれば、あれは三年前の出来事だったはずだ。
ちなみに、今となってはどうでもいいが、なぜ自分が殺されかけていたのかは、何も思い出せない。俺の所有している記憶の中で非常に優しかった父さんが、なぜあんなふうになっていたのかも思い出すことができない。
「――まぁ、もうどうでもいいか」
あの出来事の数日後から、俺は警察に与えてもらったマンションの一室で一人暮らしをしている。一人暮らしをするのにはもったいないとも思うが、1LDKのためなかなか広い。
この国はこれほどまでに裕福だったのか疑問を抱いてしまうくらいだ。まぁ、俺にはデメリットはないからあれこれ考える必要もない。
警察がここを準備してくれるまでの間は、俺の命の恩人とも言えるいとこの家で生活させてもらっていたが、どうしても実の家族ではない人の顔を毎日見続けることにストレスが溜まったし、何より迷惑をかけているような気がしていたから、少し居づらかった。
そこで、警察が生活場所を与えてくれる、と言ってくれたためお言葉に甘えさせてもらっている。ちなみに、援助として、生活費やら学費やらを、何から何まで依存しきって生活している。
なかなかに裕福な生活が行えるため、現代日本の福利厚生っぷりを身をもって体感させてもらっている。
場所は少し特殊で、日本本土から約100kmほど離れた場所に位置する人工島の上にある。島のサイズは、一つの町として存在できるであろう大きさで、きちんと人の手によって整備されている。
この島は、学生のために作られた島で、面積の大半を一つの学園(編入可能)が占めており、それ以外の土地にあるマンションか学園の寮で学生は生活している。教師も同様だ。
この学園は、基本的に生徒は自由に振る舞うことができ、大学のように自分で受けたい授業をセレクトすることもできる。
成り行きで入った学校とはいえ、かなり気に入ってるためここに来てよかったと思っている。……ただ、そのせいで入学式の日も悪夢を見るはめになったことは考えないでおこう。
昨日は、ネットで募集していた最新PCのテスターに当選してしまったため、運は良いと言っても過言ではないのではないだろうか。……殺されかけてはいるが。
このPCは、従来のPCよりも少し大きくて重いため、持ち運びには不便だが、俺が今まで使っていた――と言ってもまだ家にあるし、たまに二機同時操作もしているからまだまだ現役だ――PCとは反応速度が比べ物にならないため、ノンストレスプレイができて非常に満足している。
テスト期間が終了したら、この試作機を返さなくてはならないが、テスターは完成版の販売日に完成版が宅配されるのだから、太っ腹な企業だ。
コンピュータ関連については詳しくないが、容量や反応速度のみから判断したとしても、50万円は軽く超えるのではないだろうか。
決して貧しい訳では無いが、一人暮らしをしているせいで身についた貧乏性のせいか、生活に必要不可欠とは言えない物に高い金を払いたくはない。でも、高スペックなPCでネトゲをやりたいという相反する二つの思考に囚われていた俺にとっては非常にありがたいサービスだ。
そんなことをまだベッドから見えざる手によって抜け出せずにいる俺から見える位置にある机の上に置かれたPCを見ながら考える。
「以上、回想アンド無意味な独り言など終わりっと……。そして、俺はここから頑張って睡魔と激戦を繰り広げるも、僅かに力及ばず負けてしまうのであった――。なぁんてな。睡魔なんかに貴重な俺の朝ゲームの時間を浪費させてたまるかッ!」
まだ時間には余裕があるが、このままでは二度寝をしてしまいそうなため、動きたがらない体をゲームのためにベッドから抜き出すことに成功した俺は、意識をさらに覚醒させるために洗面所までトボトボと歩いて行き、水道から流れ出る冷水で顔を洗う。
意識の覚醒に成功した俺は、洗面所から直接キッチンに向かい、簡単な朝食作りを開始した。
ちなみに、俺の得意料理は、具なしラーメンに具なしそば、それに具なしうどんなどなどであり、いかに麺類が好きだと言っても朝からそんなものを食べる気にはなれない。
とりあえず、冷蔵庫から作り置きしている味噌汁が入った鍋と卵を一つ取り出す。味噌汁は鍋に入ったまま温め、その間に卵はフライパンで焼き目玉焼きにする。
数分後、温まった味噌汁をお椀に入れ、目玉焼きは小さめな平皿に移し、昔懐かしの小さなちゃぶ台の上に置く。
最後に、普段から愛用している少し大きめのお茶碗にご飯を入れたら、簡単ながらも今日の朝食の完成だ。
シンプルイズベストという訳ではないが、朝はこれぐらいの量が俺には適しているし、日本人ならやはりご飯がベストだと思う。というか、もはやご飯をおかずにご飯を食うことができるレベルに俺はご飯が大好きなのである。たとえたこ焼きを食べる時でも、お好み焼きを食べる時でも、ラーメンを食べる時だってご飯はいつも一緒だ。もはや、ご飯イズベストと言うのが最適解ではないだろうか?
話す相手がいないため、一人黙々とモグモグと朝食を食べ終えた時には6時30分を少し過ぎていた。7時に家を出ればいつもの電車に間に合うため、髪の毛のセットなどのおしゃれに全くもって興味の無い俺には少し余裕が生まれる。むしろ、この余裕のために6時に目覚ましをセットしている。
歯を磨いて制服に着替えた俺は、数十分前まで抜け出せずにいたベッドがある部屋に戻ってきた。
別に、二度寝を始めるためではなく、この部屋にあるPCが占領している机の引き出しの中にあるタブレット端末を取り出してスクールバッグに入れるためである。
高校には、これと自分の携帯電話を持っていけばなんとかなる。昼食は電子マネーで支払い可能の学食で済ませることができるし、タブレット端末の中に教科書データもノートデータも保存されている。数年前は紙製のプリントがあったが、今ではテキストファイルの一括送信で済まされている。通学に使うバスの料金支払いも携帯電話の電子マネーで済む。
簡略化の極みとしか言えない通学準備を済ませた俺は、机の上のPCをAC充電アダプターでコンセントと繋いでから起動する。
ブックマーク登録サイト一覧をクリックし、今最もハマっているMMORPGの公式サイトを選択する。
ゲーム名は、『ノンプレイヤーオンライン』。略称はNPOだ。
このゲームの内容は、はっきり言って奇妙としか言えない。
NPCが、剣士や魔法使いなどの戦士としてモンスターを倒すという本当に意味不明なゲームだ。
NPCが戦う中、プレイヤーは本来であればNPCが行っている、鍛冶屋や料理人、アイテム商人などの一般的な職業から、戦士NPCにとっての敵モンスターという他のゲームではありえない職業(?)まで存在するのだ。
鍛冶屋などの人間が行っている職業間では変更自由なのだが、この権利を与えられているのはキャラクター作成時に人間を選んだプレイヤーのみだ。人間プレイヤーはいくつかある街を瞬間移動することができ、マップ上に表示される各職業ごとの人数分布を見て、自分の職業をロールプレイしているプレイヤーが最も少ない街で商売することが一般的である。
各職業ごとにレベルがあり、街にいる戦士NPCの人数にもよるが、レベルが高くなければ、あまり人が寄ってこないため、レベルを上げなくてはならないが、そのスキルレベルを上げる方法は二つある。
一つは、職業ごとに存在するクエストを行うことだ。このクエスト一つにつきレベルは1上がる。だが、このクエストは職業ごとに同じ数ずつあるのではなく、全ての職業を合わせて10個しかクエストを行うことができないため、多くのプレイヤーは、1つの職業に特化していることが多い。
そして、もう一つの方法は自分が支援したNPCがモンスターを倒しすことだ。
NPCはモンスターを倒すことで経験値を取得できる。そのNPCを支援したプレイヤーは、NPCが取得した経験値の半分を取得できる。
街は多く存在するし、サーバーが8個あるため、サーバーと街さえよければ、人気職でも客を呼び寄せることはできる。
キャラクター作成時にモンスターを選んだプレイヤーは、好きなモンスターになることができる。こちらも人間プレイヤーと同じようにクエストをこなすことで、レベルを上げることができ、レベルに応じてステータスがアップし、NPCを倒しやすくなる。
モンスターの場合は、プレイヤーにとっての街がダンジョンなのである。どこのダンジョンであっても好きなモンスターになることができるが、モンスターによって攻撃範囲などに差があるため、基本的には好きな戦闘スタイルでモンスターを選び、そのモンスター特化でクエストを行うのである。こちらは5種類存在する。
ーーそのゲームを早速昨日からこっちのパソコンでログインしてプレイしていたわけだが、やはり今までのパソコンとは比べ物にならない。ーーやり込んでいた俺としてはもっと早くこっとでやりたかったと意味のないことを考えたほどに。
だが、迂闊なことに、今日の6時から12時までアップデートをしているのを忘れていたため、朝のログインは諦めて、PCをシャットダウンする。
「……やれやれ」
アップデートのせいでやることがなくなってしまったため、普段より1本早いバスに乗って通学することを渋々決定する。
今日はチムが現れかなったが、どうしたのだろうか? 別にいないに越したことはないからどうでもいいが。
人でギュウギュウパンパンなバスに乗って、三つ目のバス停で降りる。たったバス停三つ分しか乗っていないのに、人の群れのせいで体力が大幅に減少してしまった。
これから、あと三年もこんな思いをしなければならないと考えるだけでうんざりしてしまう。
降りたバス停から徒歩三分の場所に俺が通い始めた高校がある。
校門で顔認証を済ませて学校の敷地に入ると、様々な部活が勧誘活動を行っていた。賑やかというか、もはやうるさかったから思わず耳を塞ぎかけてしまったが、さすがに失礼にあたるということぐらいは分かるため、我慢して歩いた。
俺がこの学校に通い始めたのは三日前からだ。つまり、まだピカピカの一年生である。
この学校では、入学式から一ヶ月間、好きな部活の見学やら仮入部やらができる。そして、伝統行事とまで言われているらしいこのビラ配りは、少しでも自分たちの部活の知名度を高めるために必須の活動らしい。
この学校では、二人以上の生徒が校長先生にこんな部活を作りたい、と言うだけで部活が作れるらしく、同好会込みで五十を超える数の部活が存在すると、高校のホームページに書かれていた。
つまり、ビラ配りなどをしなければ存在すら知ってもらえない部活動も出てしまうのだろう。中学校ではありえなかった超常現象だ。
ちなみに、俺はまだ入る部活を決めていない。この学校では帰宅部という活動無しの正式な部活動も存在するらしいが、一応高校生らしい生活を送るためにも何かしらの部活に所属しておくべきだと思っているが、なかなか興味を引かれるような部活がなかなか見つからない。
入学するまでは、面白そうな部活がたくさんあったら掛け持ちするつもりだったが、まったくの期待外れだった。
唯一入部する気になれたのが、ゲーム研究会、通称ゲー研という部活だか同好会だか分からない団体だけだ。
そんなことを考えながら、二十枚近くのビラをもらいながら、下駄箱で靴を脱ぎ、スリッパに履き替える。
俺がこれから一年間お世話になる18HRは、一年生の教室の中で、下駄箱から最も遠い。
この学校には、棟が三つある。北側から理科棟、クラス棟、職員棟と名付けられている。
理科棟は、化学室や物理室、地学室などの理科っぽい教室があり、クラス棟は一階が一年生、二階が二年生、三階が三年生となっていて、下駄箱に近い方から、一組、二組、以下略となっている。職員棟は、校長室やら職員室やら事務室やら生徒指導室やらの、生徒が嫌いな教室を集めたような棟だ。
下駄箱から教室まで、2分49秒かかった。ちなみに、昨日は、下駄箱から教室まで2分38秒であった。
……早く二年生になりたい。登下校が運動不足のネットゲーマーの俺には辛すぎる。
神様、俺を来年は21HRにしてください。どうかよろしくお願いします。
今の俺の悩みのうちの一つの解消を神様に依頼してから、教室のドアを開けた。
教室には、既に20人ほどの生徒がいた。このクラスは42人だから、ザッと半分ってところだ。
ところが、まだ入学したてということもあってか、クラス内は沈黙に包まれている。皆の視線が俺に集中しているのは、俺がドアを開けた音で沈黙が、わずかに打ち破られたせいだろう。
当たり前だが、挨拶なんてせずに俺は自分の席に座る。まだ1度も席替えを行っていないため、出席番号順の初期配置の席だ。席は、横六列×縦七列の長方形のように配置されている。
俺の出席番号は17番だから、窓側から三列目、前から三列目の何も特徴のないポジションだ。
俺は、カバンに入れてきたタブレットを机の中に入れた。これで授業の準備は完璧だ。
言うまでもないが、学校は勉強をするための、いや、勉強をさせるための施設である。故に、クラスメイトと関わるという行為は、その本来の目的に害をなす行為でしかなく、学校で行うべき行為ではないのである。そして、今日の2時までゲームをしていた。さらに、その後に悪夢まで見せられたのだ。
つまり、何が言いたいかというと、俺はとても眠たいのだ。
以上のことから、今の俺には眠るという選択肢しか与えられていない。なので、今から俺が寝るのは、不可抗力と言っても過言ではない。他にすることもないし。
授業の時間が来たら、どうせ誰か近くの席のヤツが起こしてくれるだろう。
というわけで、そこで俺の意識は途絶えた。
「おい、篠宮。朝のSHRを始めるから起きないか? 高校生活の初めのころからたるんでいると、これからが思いやられるぞ」
そして、ここで再び目を覚ます。
声のした方を見ると、18HRの担任の稲波奈々美先生が俺のことを睨んでいた。ちなみに、かなり怖い。
「す、すみません……。以後善処します」
「やれやれ」
ため息を吐きながらそう言ってから、クラス全体を見渡して、
「みんなもちゃんとするんだぞ。今後は立たせるからな。それじゃあ、朝のSHR始めるぞ」
……やれやれ、今日も学校が始まった。
ーーちなみに、善処するだけであって寝ないとは一言も言っていない。
そんなことを考えていたら、先生に睨まれた。この先生は化け物かよ……。
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