死の記憶
『レムナント』のリライト版です。内容が多少変わっているので、はじめての方もそうでない方も読んでいただければと思います。
目を覚ますと、体が縮んでいた。
そして、白と黒のみで構築されたモノクロの世界にいた。
これは、夢だ。
いや、正確には俺の過去だ。
何度も何度も見せられた。
今、家の近所を歩き、家に向かっている。
ーーこのまま家に着いたら、どうなるかも知らずに。だが、俺にはどうすることもできない。
これからの結末を知っているが、どうすることもできないまま、俺は家のドアを開けた。
玄関に、今までと同じように通りに血の気の失せた顔をした父親が俺を出迎え、首を絞めてきた。
これから俺は死にかける苦痛を味わうことになり、狂ったようになる。こればかりは慣れることができない。
ほら、だんだん苦しくなってきた。ここから、今まで通りに無様に苦しむんだ。
――このままだと、殺される。
どう足掻いても、息が……できない……。
殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺されるころされるころされるころされるころされるころされるころされるコロサレルコロサレルコロサレルコロサレルコロサレルコロサレルコロサレルコロサレルコロサレ――。
「お前さえ、いなければッ」
目の前にある父さんの顔が、俺に向かってそう言ってきた。
――違う。俺は何もしていないし、何も関係ない。だから、この手を離しやがれ!
そう叫ぼうとしたが、声を出すことができない。
ただ、今となっては何が違うのかさえ思い出せない。
……しかも、そろそろ意識が飛びそうだ。
俺の意識が朦朧としている中、不意に父さんは俺の首を押さえつけている左手首を、正確には、左手首に着けている腕時計を見た。
そして、何を思ったのか俯いたままの俺の頭を片手で持ち上げ、目線を正面に向けさせた。
抵抗できるような力を出せず、目の前に迫った状態の父さんの顔を睨んでいると、目線の延長線上にある壁に、カレンダーと時計が置かれていることに気がついた。
――あれ、こんなところにこんなものあったっけ?
とりあえず、今日は、2037年12月19日で、今の時刻は……アナログ時計の数字が見えなくて分からない。
――少なくとも、今日が俺の命日になるのだろう……。
…………それにしても、なんだ? さっきからずっと違和感を感じる。
優しかった父さんが急に変貌してしまったことについてか? いや、それも何か違う。
――一体なんなんだ、何がこんなにも引っかかるんだ?
そんなことを考えていた、その時、
カチャカチャ、ガチャッ。
「おっじゃまっしまーーっす!」
突如、カギを開ける音と、ドアを開ける音と、やたらとハイテンションな少女の声が聞こえた。
父さんは、何も考えずに玄関のすぐそばで俺の首をしめていた。そのことが、俺にとっての不幸中の幸いとなった。
こんなシーンを見られてしまったためか、父さんはすぐさま俺の首から両手を離した。
だが、その時には既に、俺は死んでいた。
いや、正確には生きてはいる。が、間違いなく俺はこの体の本当の持ち主である”俺”ではない。確かに、記憶は存在する。物心ついた時から、今殺されかけていたところまでの大まかな記憶が。……殺されかけた理由だけはきれいに消えているが、それはただのショックによるものだと思われる。少なくとも俺が俺でないと断定する根拠にはならない。
だが、直感的に俺の記憶では無いと理解できた。
……それならば、俺は――、
――誰だ?
そんな俺の思考を無視して、この場に乱入してきた少女――俺のいとこだった――が、俺と父さんを見た瞬間に状況を理解したのか、すぐさま自分のカバンからエア――CN社製の携帯電話――を取り出して、110番通報をしてくれた。
父さんは、いとこが何をしているかが分からないといったような顔をしていた。
だが、それも数秒のことで、すぐに家を出ようとした。
が、この家は交番がすぐ近くにあるため、時既に遅し。父さんがドアを開けるのと同時に警察がやって来て、逃げようとしていた父さんを引き止めた。
俺もなぜか父さんとは別の車に乗せられた。事情聴取をされるのかもしれない。
ここから先も記憶がない。なぜかは分からない。
……だが、耳障りなパトカーのサイレンが俺の頭に響き続けた。
ピンポーン、ピンポーン、ピンポンピンポンピンポーン。
再び、だが、今度こそ実際に目を覚ますと、まだ見慣れていない天井が目に入った。色々あって、一人暮らしをすることになったマンションの天井だ。
ピンポーン、ピンポーン。
先ほどから絶え間なくインターホンの音が聞こえる。この音が俺を起こしたのだろう。
まだ眠気を訴えてサボタージュしている俺の体を無理矢理動かして、インターホンのカメラの映像を見ると、男性が荷物を持っているのが見えた。服装からして、どうやら宅配便のようだ。
ドアを開けると、カメラに映っていた通りの男性が荷物を持って立っていた。
「宅配便です。ここに、ハンコかサインをお願いします」
俺は、男性からペンを借りて、苗字を書き込んだ。
それを一目見てから、男性が俺に荷物を手渡した。
何が入っているかはまだ不明の箱は、あまり大きくはなく、軽かった。差出人を見ると、『CN社』となっていた。
おそらく、一週間ほど前に応募していた機械のテストに当選したのだろう。嬉しさのあまりに、声を上げて喜びたくなったが、ドアが開いているため、こらえる。
「じゃあ、ありがとうございました」
「あ、こちらこそ、……ども」
男性から受け取った荷物片手にルンルン気分で部屋に戻る。
箱の中身は、予想通り応募していたコンピュータだった。形は普通のノートパソコンに似ているが、従来のものよりも少し大きい。
とりあえず、アダプターに接続して、充電しながら電源をオンにする。さすが最新のものだけあって、起動が早い。
起動後の画面に現れたのは、秋葉原を彷徨いているようなオタ野郎が設定したのでは、と思ってしまうようなアニメ調の美少女のライブ壁紙だった。詳しく説明すると、銀髪ツインテールのロリ(貧乳)だった。まぁ、可愛いと言っても過言ではない。
「では、ご主人様、早速説明をさせていただきま……」
「いやいやいや!あんた誰だよ? ウイルス……なのか……?」
急にただのライブ壁紙だと思っていた少女が話し始めたため、驚きをこらえつつ、とりあえずセリフを遮って俺は突っ込んだ。
「ウイルスとは失礼な! 私は、AIのチムです。気軽にチムって呼んでくれていいですよ?」
なんだこいつ? でもまぁ、ウイルスに感染されるようなことは何もしてないから、元々の仕様なのだろう。ということは、ナビゲーション系なのだろうか……?
そんなことを考えて、ふと思いついた疑問を口にしてみる。その疑問とは――、
「んで、テスターとして俺は何すればいいんだ? 今までの感じだと、このコンピュータの動作テストよりもお前の子守りみたいな感じになりそうなんだけど……?」
これは、テストなのだから、ちゃんと働かなければならない。ただ、何をやれば、いいのか分からない。
「じゃあ、テストの内容を発表しまーっす。今回のテストではぁ、あなたには私と一緒に生活してもらいまぁっす!」
「はぁ?」
つい普段の癖で聞き返してしまったが、予想の範疇の回答だったと言える。
「いやいやいや、だからぁ、私についてのテストなんだよねぇ、これは」
まぁ、恐らく史上最高レベルの人工知能なのかもしれない。現代社会に求められている効率重視の人工知能というよりも、効率無視の人間に限りなく近づけた人工知能のように感じる。
……いや、むしろ人工知能よりも、人間の意識そのものをコンピュータ内にコピーした存在だと言われた方がしっくりくるくらいだ。
「んで、俺は何すればいいんだ?」
具体的な内容までは思いつかなかったため、何度目かになる質問を行う。
「私と生活するだけだよ」
「具体的には?」
「ゲームしたりとか?」
うん、さっぱり分からない。でもまあ、AIにこれ以上聞いても無駄かもしれない。さっきから必死に考えているような動きをしているのがなかなかにおもしろい。が、このままやっていると俺がこいつをいじめているみたいになってしまうから、そろそろ止めておこう。
「分かった分かった。じゃあ、とにかく、これからよろしくな」
「うん、こちらこそ」
チムが俺に向かって手を差し出してきた。
サイズに差があるため、俺はディスプレイ内のチムの手に右手の人差し指を当てる。
なんだか、懐かしいような気がする。いつだったっけか? 思い出せない。
まぁ、このことで誰かが死ぬわけでもないし、どうでもいいか。
こうして、俺と人工知能チムの奇妙な共同生活が幕を開ける!
ーーなんだか、めんどくさそうなことになったとは、あまり考えたくはない……。
こっちが元の方に追い付いたら、元の方を消そうと思っています。ご了承ください。