殻から出た時に
もうすぐって、分かったよ。
だって、外からノックが聴こえたんだ。
僕は一生懸命伸びをして、世界に頭を突っ込んだ。
初めて見たのは、大好きなあなた。
僕は生まれた瞬間から、あなたの事が大好き。
*
ランプの灯りに照らされて、一つになった二人の影が揺らめいていた。
ラヴィは土壁に映るその影を見て、妙に印象的に思った。
自分にまた、忘れる事の出来ない記憶が出来るんだわ。そう思った。
この瞬間はのちのち痛みになる?
……いいえ、幸せな思い出に……きっと……。
ラヴィはバドの動きとそれに伴う僅かな痛みのリズムに乗せて、そうしなければ。そうなると良い……。と繰り返した。合間合間に落ちて来る口づけが熱くて甘かった。
バドの肌の体温に愛しさが溢れて、勝手に涙が零れた。
なのに。
バドはラヴィを抱きながら『どこにもやんない』と繰り返した。
『もう、どこにもやんない』そう繰り返しながら切なそうな目をしてラヴィを見下ろしていた彼に、彼女は何も答えられなかった。蕩けそうな幸せの最中、余裕が無かったのもあるけれど、『ええ、どこにも行かないわ』と彼に返す事が出来なかった。
彼がラヴィの胸に顔を埋めて寝入った後、ラヴィは彼の髪を撫でながら、空や海や地平線の先に光る光を思い浮かべていた。腰に回されしっかりと自分を抱く腕の重みにこの上ない愛しさを感じながら、風や街の騒めきを脳裏で聴いていた。
気持ちがまんじりとしない間に朝が来て、そっと眠るバドの腕から身体を離し、服を着て部屋を出ると、オバアがいた。
オバアは天井から吊るされた鍋にお湯を沸かしていて、ラヴィに「おはよう」と優しく言った。
ラヴィは朝までバドの部屋にいたのを知られて、顔を赤くした。
「あの方は優しかった?」
「え!?」
ふふふ、とオバアが笑って、ラヴィを手招きした。
ラヴィは手渡されたお茶の器を持つ手が震えてしまい、縮み上がった。
「あの方は、空をね、ずっと見ていました。ずっとよ」
「……」
お茶に視線を落としてこちらを見ようとしないラヴィの表情に、オバアは少しの間を取って、鍋からお湯を掬う柄杓をコンと音を立てて置いた。
「幸せなのは、あの方だけ?」
「……」
何を意図しているか分からない質問に、ラヴィは戸惑いつつもオバアと目を合わせられない。本当は……本当は、オバアが何を見抜いて、何を訴えたいのか解ったから。
バドの部屋から、微かな気配がした。彼が起きたのだろう。
ラヴィはパッとオバアの目を真っ直ぐ見た。
「わたくし、……わたくし、愛しています」
オバアは目を細めて微笑んだ様な表情を見せ、僅かに息を吐くと、こう言った。
「……貴女は風」
*
風。自由なるもの。そうかも知れない。
でも、誰しもがそうじゃないかしら?
わたくしだけが、そうだと言うの?
それとも、我儘という意味かしら?
そうだとしたら……そうだとしたら……愛は風に飛んで行ってしまうのかしら?
あんなに強く抱き合ったとしても?
どうしてこの世界は、こんなにもなにもかも、たくさんの想いが混在するのでしょう!
*
雛は満腹になると、背を緩やかに上下させながら眠ってしまった。
ロゼはげっそりしてそれを眺めると、そっとその場から離れようとした。
彼は綺麗好きだ。
彼を指南した者がそうだったし、元々は良家の出なので、汚い部屋などあり得ないのである。
なので、部屋で動物を飼うとか、絶対に絶対にあり得ないのである。
ロゼは船のリビングの隅に雛の居場所を作った。
ラヴィがバドにあげようとラッピングしたチョコレートの箱を、無許可で中身を全部出して、外で毟って来た草を詰め、当面の巣箱にした。
ロゼがかなり気を配ってそっと動いたにも関わらず、雛は気配を察知して目を開け頼りなさ気にひよひよ鳴いた。
「お前はここで寝る。俺は、ベッドで寝るの!」
雛は全身をぷるぷるしながら、箱から這い出そうともがく。
ロゼは上から雛の身体を押さえつけた。
「こ・こ・で・寝・ろ」
パッと急いで箱に蓋をし、上に分厚い本を置いて、彼は「これでよし」と思った。
くぐもった「ひよひよ」という鳴き声に「うるせぇうるせぇ」と呟きながら、彼はリビングを出て自室へ戻って行った。
*
―――アイツ、ナニやってんだ。無断外泊しやがってぇ。
自分はしょっちゅうのクセに、ロゼはベッドの中でイライラしていた。
ナニをしているかなんて、彼には当然解っている。
何だか釈然としない。
今夜は楽しい夜になるハズだったのに。
全部アイツのせいだ。
小さく唸りながら寝返りを打って、ロゼは目を閉じる。
ラヴィはこのままここに居付くのだろう。
だとしたらもう、船の旅は終わり?
俺は国に帰らなきゃなんねぇ?
……そんなの詰まらない。
ロゼはラヴィとの旅が気に入っていた。
ラヴィの飯は美味いし、部屋は全ていつも清潔だ。大概の事は放って置いてくれるし(ロゼには呆れられているという自覚が無い)、素直なのでイジメがいがある。たまにやり返して来る意外と気の強い所も「お」と思わされて楽しい。
落ち着いているのでコロコロ表情を変えない所も良い。そうゆう奴が、驚いて目を大きく開いたり、不愉快そうに眉をしかめるのはとてもグッと来る。
旅も楽しい。大概の事はラヴィに任せておけば良く、なんかあったら「オラオラ」と力押しで済ませて、その責任もアイツに押し付けておけば良い。たまにゾッとする様な死の淵に立たされる、そんな化け物と対峙する事もあって、それも良い。
何より、気ままなのが良い。
―――船、くんねぇかな……。
ふとそう思ったけれど、自分一人でこの船に乗っている想像をするのを、彼は止めた。
そんなの詰まらない。そう思いそうになるのも。
彼がむしゃくしゃと反対側に寝返りを打つと、部屋のドアの向こうで小さな物音がした。
ロゼはバッと起き上がり、ドアに駆け寄るとすぐさまドアを開けた。
ドアにトン、と軽い感触がして、何かが転がった。
「あ、げっ!? なんだよぉ、出て来ちまったのかぁ?」
ひよひよ、と返事があって、雛はよちよちロゼの足に嘴を擦りつけた。
ロゼはそれを軽く蹴っ飛ばした。雛はそれでも寄って来た。
習性とはいえ、一心に加護を乞う姿を見ると無性に苛立った。
いらねぇよ、お前なんか。
そう言い掛けて、グッと言葉を飲み込んだ。
彼は雛鳥に屈みこむと、鷲掴みにして、さも厭々そうに持ち上げた。
その時の彼の表情や手の温度は、雛だけが知っている。
*
朝、ラヴィがバドを連れて船に戻ると、ロゼがリビングで眠っていた。
ソファの上に横向きに寝転がって、腹の辺りにチョコレートの箱を抱えている。
「ああ!?」
ラヴィは小声で避難がましい声を上げて、その箱へ駆け寄った。
―――ロゼさん酷い! バドに用意した物なのに!
箱から雛がひょこんと顔を出して、小さく鳴いた。
「……あら」
「お~、ちゃんと世話してんのな。スゲェ意外」
バドが雛を覗き込んで、人差し指で突いた。雛は口を大きく開けて、ひよひよ鳴き始めた。
「昨夜服に爪立てて絶対離れなかったもんな、オマエ見る目無いな~」
「……ぅるせぇ……」
ロゼがソファで寝返りを打って、箱が落ちそうになるのを、ラヴィが慌てて受け止めた。
「おはようございますロゼさん。どうしてわざわざこの箱を使うんですかっ」
「うるせーっつてんだろがぁ! 丁度良かったんだよぉ!!」
「でも、でも! 中身はどうしたのです!?」
もぅぅ~、寝かせて……と呟き起き上がりながら、ロゼはキッチンを指差した。
キッチンのカウンターに置かれた皿に、無造作にラヴィ作のチョコレートがぶちまけられている。
「……っロゼさん~~……」
ラヴィは思い切り頬を膨らませてロゼを睨んだ。
「捨てなかっただけありがたく思え」
ラヴィが何か言い返そうとした時、バドが二人を遮る様にチョコレートを覗き込んだ。
バドは、何だか馴染んでいるラヴィとロゼを見るのが面白く無かったのだ。
「なにコレ?」
「あ、ちょ、チョコレートです」
頬を染めて、ラヴィは皿の上のチョコレートを一摘みバドに差し出した。
「俺と態度がちが~う」
「当たり前ダロ~」
バドは「ふふん」とロゼに鼻で笑って、ラヴィの指に摘まれたチョコレートにそのままパクついた。
「うお、あっめぇ!」
「お、美味しいですか? わたくしが作ったの」
おーい、と、ロゼが座ったまま足を踏み鳴らした。
「イチャつくなら外でやれよぉ!!」
「お前が出てけよ! 空気読め!」
「俺んチだぞ!」
「ラヴィんチだろ!?」
「オレとコイツんチだ!」
ロゼが腕を組んでふんぞり返った。
「なん・何……!?」
「ち、違います!!」
「あ~、ひでぇや。今までずーーーーーっと俺が面倒見てやったのに」
「そ、そうじゃなくて……」
どちらかというと面倒を見て来たのはラヴィの方だ。
でも、一人旅よりもずっと心強かったのは確かで、ラヴィは何と言えば良いか慌ててしまう。
「た、確かに私たちの家ですが……」
「えっ……お、おぉっ! だろぉ!?」
ハンッとロゼがバドに笑った。顔がやたら嬉しそうなのが、バドの癪に触りまくった。
「言っとくけど俺との方が付き合いなげぇんだぜぇ」
「コノヤロ……」
「ハイハイ、もう! いちいち相手にしないで下さいバド! わたくしの部屋へご案内します」
ラヴィがチョコレートの乗った皿を抱えて、バドの背を押した。
バドは「なんだよなんだよっ」とまだロゼとやり足りない調子で、ラヴィに押されてリビングのドアを潜る。
「おい! 船内で汚らわしい行為は止めろよぉ~! オレんチなんだからなぁ!」
ピシャンッ! とロゼに雷撃が落ちた。
彼はグラッとソファに倒れ込んで、雛が嘴で鼻を甘噛みしてくるのを手で払いながら、「へ、俺んチだったんだぜ」と雛に呟いた。
その表情を知っているのは、やっぱり雛だけだった。
*
ラヴィの船室は、彼女らしくシンプルだ。
オーバル型の珍しい絨毯や、風に揺らめくカーテンの色や、背の低いチェストの上に飾られた小物が、その整然とした部屋に女の子の部屋らしさを添えていた。
ベッド脇に置かれたサイドテーブルにだけ、ここに似つかわしくない洒落めかし澄まし返った置時計が置かれている。
その時計の針は、二人がこうしてここで一緒にいるこの時まで、休みなくグルグル回っていたのだった。その間に、彼女は何度彼を夢見ただろう。何度こうして向かい合うのを……。
バドはサッサとラヴィのベッドに飛び乗って、「柔らけぇ~」とはしゃいでいる。
ラヴィは微笑んで、自分はベッドの傍の床に座ると、皿をサイドテーブルに乗せた。
自分の部屋にバドがいるのに、何故だか現実味が無い。
その現実味の無さが、少しだけ彼女を不安にさせている。
自分がこの状況を、受け入れていないのでは無いか、とそんな気がするのだった。
会いたくて、来た筈なのに。
バドがヒョイとチョコレートを摘まんだ。
「ラヴィが作ったの?」
ラヴィはハッとして頷いた。
「そうです。……貴方に……」
へへへっと笑って、バドがチョコレートを高く上に放り投げ、器用に口に入れた。
「それをっ、それを渡しに来たのです」
「……ふぅ~ん?」
バドはゴロンと寝転んで、口をモゴモゴさせてから「ごちそーさん!」と笑った。
それから片肘を付いて、頭を支えてラヴィを見た。
「じゃあ、もう用は済んだってワケだ」
「……」
ラヴィは息を飲んで、首を振るべきか迷った。
その迷いが、間違った、取り繕った答えを出す前に、バドが微笑んだ
「うまかった」
「……バド」
「話をしようぜ。空の旅は楽しい? アレ、これって聞いたっけ?」
「バド」
自分が望んでいる方向に、物事が流れている。バドがそうしようとしてくれている。
ラヴィはそう思った。でも、それが何故だか無性にやり切れない。
―――だって。こんな風に。わたくしは、また。
「ラヴィ、マクサルトはまだまだだ」
「……はい」
「もうちみっと、時間がいるんだ」
―――また。背中を……。
―――駄目だ。「はい」と言っては。
ラヴィは涙が零れ落ちる瞳を手の甲で押さえながら、首を振った。
―――自分で言うの。彼に言って貰うのではなく。
―――ああ、でも、後ろめたさで堪らない。昨夜の貴方の瞳の揺らぎを見た後で? そんなの酷いわ。本当は寂しがり屋なのを知っているの。
バドがラヴィの唇にチョコレートを押し込んだ。
甘い香りが眉間の奥をふわりと圧迫して、的外れな幸福感が無理矢理胸に落ちて来る。
バドはそのままラヴィの口に自分の口を押し当てて、彼女の口の中をチョコレートで満たした。
少しの嫌悪感と甘さに、ラヴィがバドから唇を離すと、バドがのしかかって来てまた唇を塞がれた。
チョコレートが無くなってしまうとバドはようやくラヴィを放して「へへへっ」と笑った。
「ラヴィ、髭ついてるみてぇ!」
舐めてやろうか、と近寄って来るのでラヴィは「汚いからいいです!」と慌てて逃げた。結局捕まって、ジタバタしていると、バドが「ケケケ」と笑った。
ラヴィは彼のお馴染みの笑い方を聞いて、また涙が零れた。
彼の首に腕を回して、ギュッと抱きしめると、また「ケケケ」と笑い声がした。
ラヴィはどうしようもない程、この笑い声が好きだ。
「あのね、愛しています」
「うん」
「でも、でも、ごめんなさい」
「―――うん」
小さく頷いて、バドがそっとラヴィの背を撫でた。
手に入れられない宝物を、諦める様に、そっと。
「……息が、……止まるほど綺麗な景色を見ました」
「うん」
「胸が躍るほど大きな交渉をした事もあるの」
「へぇ」
「空はね、とても広いの」
「そう」
「大地は果てしなく続いていて……」
「うん」
「風がわたくしをどこまでも連れて行ってくれたの」
ラヴィは今まで見て来た事を、一つ一つバドに伝えた。
それらがどんなに自分の胸の中で輝いているか、伝えたかった。
それを誰が自分にくれて、自分がどれ程感謝しているか、伝えたかった。
バドがラヴィから少し身を離し、彼女の頬を流れる涙を指ですくった。
「泣くなよ。決めてんならさ」
ラヴィは頷いて、彼の瞳を見た。
彼女の、一番大好きな空色。
かつてラヴィを、この世界に解き放してくれた時と、全く同じ色。
*
バドの腕の中で、正直な気持ちを打ち明けられた安堵感と、果てしない不安を抱えながらラヴィはジッとしていた。
―――待っていて、なんて言えない。そんなのは身勝手だわ。
「ラヴィ、あのサ。オレ、考えたんだけど」
「……はい」
ラヴィは身構えた。
『じゃあお互い自由にやろうぜ』なんて明るく言われたらと先回りして考え、そんな資格は無いのだけれど、胸が詰まった。
「オマエ、オレの嫁さんになれよ」
「……は、はい?」
「お、今のはオッケーの『はい』だよな!」
「え? あの……」
予想とは真逆の言葉に、ラヴィの頭の中は「?」だらけだ。
「オレ、あの船を復興に使えねぇかなと思ってンだ」
「……船を?」
「ラヴィは商人だろ? でも、」
バドはラヴィが大きく見開いた瞳の前で、両手をヒラヒラさせた。
「マクサルトには、船の力を持ってるラヴィと交換出来るモンが、布ッ切れくらいしかねぇ」
「……? 織物を何かと交渉して来て欲しいのですか?」
「イヤイヤ、足ンねえだろ。量産出来るモンでもねぇし、かと言ってあんまり吹っ掛けると買ってくンねぇだろ? って、話が逸れるから、まぁ聞けよ」
ラヴィには話が見えない。小首を傾げると、バドがニヤリと笑った。
「でも、ラヴィなら無条件でオレのモンだろ?」
「……」
「愛してるって言ったよな?」
「……わたくしと結婚したら、何と交渉せずとも船はマクサルトの物と言いたいの?」
「ウララ~♪ その辺の解釈はラヴィに任せるぜ? ア・イ・シ・テ・ルんだろ? オレはラヴィなら女王として自国の為に尽くしてくれると思うんだけどっ」
そんな言われ方をするとちょっと引っ掛からないでも無いけれど、ラヴィは彼の調子の方に引っ掛かって思わず頷いた。力になれるなら、なりたいと言う気持ちも勿論ある。
「でも、船でどうやって復興に手を貸せば?」
「復興中の国や途上国を見て回って来てくれよ。真似出来る事があるかもダロ? それから、雑草並みに強ぇ作物とかあったらパクッて来いよ。子供も十年開いてるから、喰いっぱぐれてる孤児とかいたら連れて来い。とにかくフラフラして、役に立ちそうなモン見つけたら、オレントコ帰って来い」
「……」
「イヤ?」
「……ちょっと狡い気がします」
「ゲ、オレなりの譲歩なんだケド」
違いますよ。わたくしが、幸せ過ぎてです。ラヴィはそう言おうとして止め、微笑んだ。
「ケッコンする?」
やっぱ無理? というご機嫌伺いの表情で顔を覗き込んで来るバドの顔を、ラヴィは微笑んで手で包むと、彼女からの何度目かのキスをする。
*
「うぉぉい、お前ら廊下を走るんじゃねぇ!! おい、どこ行くんだよぉ!」
バドがラヴィの手を引いて、バタバタ船を出て行くのを、ロゼが呼び止めた。
ラヴィが振り返って、「わたくしたち、結婚します!」と笑って言った。
「は、はぁぁ~!?」
「旅は続けますから、これからもよろしくお願いしますね!」
「おぉ……? おお~?? え? 何? そのアホも乗せてくってんじゃ……」
それはかなり嫌だ。新婚さんなんかと、誰が船に乗りたいのか。
自分だけ相手無しのフラストレーションシップに乗るのなんか絶対ヤダ。
「オバア様に、ご報告してきます~!!」
「ちょっと待て! 反対だ! その結婚反対だぁーー!! 待てコラ! バカップル!!」
既に船を出て駆けて行く二人に向って、ロゼは絶叫した。
何を言っているのか解らないのか、ラヴィが幸せそうに微笑んで手を振っている。
マクサルトの風は相変わらず冷たくて厳しい。
けれど、いつか辺りに花を咲かせよう。とても強い花を探すの。
そうしたら、風に舞う花びらがきっと綺麗に違いないわ。
イラスト:辻ヶ瀬様
* * * * *
走り、息を切らして、ラヴィは転びそうになった。
バドがサッとそれを受け止めて、二人共何がそんなに可笑しいのか、声を上げて笑った。
無鉄砲で幸せな気持ちが、二人にそうさせた。
しばらくして、二人は強い風に髪を乱し、手を繋いで集落へ歩き出す。
「バド、風がわたくしを煽ると、わたくしは居ても立っても居られないの」
ラヴィがバドの手をキュッと強く握った。
バドは横目でチラッと彼女を見て、唇の片端だけを上げた。「わかってる」なんて言葉は必要無いと思った。
ラヴィはそんな彼の腕に腕を絡め、肩に頭をもたせた。
「この世界が、大好きなの」
貴方がくれたからよ。ラヴィはそう言おうとして、止めた。
だって、殻を破ったのは自分だもの。
そういう考えの方が、きっと貴方も好きでしょう?
素敵な挿絵は、梨鳥の誕生日に辻ヶ瀬様がプレゼントしてくださいました。
考えていたシーンまんまで、ビックリしました。ありがとうございました!!
ところで、チョコレートのキスシーン必要だったのか……
なにわともあれ縁談もまとまって、残り一話です。
もう少し二人+ひねくれ者を見守って頂ければ、幸いです。