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記憶の端のエピソードー蜥蜴の果実-  作者: 梨鳥 
番外の番外―アスラン編―
17/22

ジージョのまだら鳥亭

 誰が作り始めたのか、その道は初めは細く、荒かった。

 それでも人は、道を好んで歩くものだ。

 道は人々の行き来と共にゆっくりと平らに、広くなっていった。

 そしていつしかすっかり三つの国を結ぶ頃には、三つが交わる支点に、国を行き交う人々――主に商人達だ――目当ての店が集まった。

 商人を商売相手に決めた商人たちの店は初め幌を屋根にした様なものばかりだったが、いつしかしっかりした木材のものが建ち、最近はここに骨を埋めるつもりか、レンガ造りのどっしりした建物まで現れ始め、商店ばかりか住居まで建つ始末。

 三つの国の貿易品を、国に届くより早く一気に見る事が出来るこの場所は、当然の事なが欠かせない『儲かる場所』としてどんどん発展していった。

 そんな支点が出来た事で、国から国へ跨かず動く事が出来、商人達の膨大なリスクは半減し、抱え込める量も増えた。

 そうして、三国のどこにも属さない街が出来上がって行ったのだった。

 そんな賑やかな街の一角に、小さな食堂が出来た。

 暖かい食事を落ち着いて食べられるこの食堂は、屋台の簡単な食べ物や野外自炊で腹を満たしていた金のある旅人たちにありがたがられて、たちまち人気店になった。

 出る物は塩気の強いものが多かったが、栄養バランスの良い、しっかりしたものを出すと評判だ。

 それもその筈、この食堂の主は、三つの道の一つの先にあるトスカノ国騎士団の団長を務めていた事もあり、心身を支える栄養バランスにはとても煩いのだ。そして、ここいらでは貴重な塩の「塩だまり」を所有しているのだった。

 栄養バランスという割に塩気は強いのだが、そこは「良いんだよ、美味くなきゃ駄目だろ」と、大雑把な事を言う店主の名は、アスラン・クロー。

 店の名は『ジージョとまだら鳥亭』。

 名物は「まだら鳥」の塩漬けである。

 あと、ここのパイは放射線状ではなく、賽の目に切れこみが入れられるのだった。


 *


 カラカラ、とドアベルが音を立てた。

 営業時間は当に過ぎて、後かたずけをしている最中の事だった。

 店の入り口のドアには既に『閉店』の札がかかっているし、ドアの鍵も閉めてある。

 間を置かず、再びドアベルがカラカラ鳴った。

 アスランは洗った皿を布巾で吹きながら「悪いな、へーてんだ」と元から大きな声でドアに向って言った。

 早寝早起きがポリシーの彼の店は、星の出と共に閉まる。


 ―――その代り、朝は早いし、昼だって頑張ってる。

 ―――それに呑み屋じゃないんだ。早く閉まったって文句は言わせないさ。


 彼の大きな声は聴こえただろうに、ドアはまだガタガタ揺れて、ベルがカラカラ喧しくなり続けた。

 アスランは眉を寄せて、糸の様に細い目を更に細めると


「だから、へーてんっつてんだろ!」


 と、腹の底から声を出した。

 別に怒ってはいない。彼はいたって温厚だ。

 ただ、先にも述べた通り、声がデカいだけなのだ。


 ドカン!


 ドアが激しく揺れた。


「あ、コノやろ! 蹴りやがったな!?」


 よっぽど腹が減ってるのか? とアスランは残り物で何が作れるか算段をしつつ、ドアへ向かった。

 すると、ドアの向こうからくぐもった愛らしい笑い声と、


「おじさーん」


 と、明るい声がした。


 *


 開けたドアの向こうには、新緑色の髪を背まで伸ばした愛らしい美少女と、金褐色の髪の小憎らしい顔をした少年が立っていた。

 愛らしい笑い声は少女のもので、ドアを蹴っ飛ばしたのは少年だろう、と容易に想像がついた。

 アスランは彼らの両親を知っているので、こんな風に唐突に現れると混乱してしまう。

 それぞれ、親の遺伝子をしっかりと受け継いでいるからだ。

 まるで、彼らが幼くなって尋ねて来た様な錯覚に陥り、それに苦笑しながら二人を店内へ迎えた。


「どうしたんだ。二人だけか?」

「そうなの。私達、家出して来たの」


 少女は夜に登場した事を、少しも悪びれずに隣に仏頂面で並ぶ少年に「ね?」と言って微笑んだ。


「家出っておまえら……」


 アスランは厳しい目で少年を見た。

 少女よりも三つか四つ上で、初めて出会った頃の父親にそっくりだ。髪と瞳には母親の面影があって、父親程鋭さと余裕は無さそうだが。

 少年は男であり年長者としての責任を問うアスランの視線に、慌てたように弁明した。


「家出じゃない! レオーネが勝手について来たんだ。オレは一人で行くつもりだったのに」

「あらティルってば。いいじゃない。一人より二人の方が」

「オレは一人が良いんだよ! 一人で自分を試したかったんだ!」

「な、なんだか良く解らねぇな。取りあえず、なんか喰うか?」


 睨み合い始めた子供二人に苦笑いして、アスランが聞くと、二人はパッと顔を輝かせて彼を見た。

 それから同時に「喰う!」と声を揃え、アスランの両脇にじゃれついた。

 別に子供好きじゃないのに子供に懐かれてしまうアスランおじさんは、「よーしよーし」と二人の頭を撫でながら、せっかく綺麗に片づけたキッチンに再び商売道具を広げ、テキパキと二人分の食事を作り出した。

 彼はまさか今夜、自分に重大な事件が起こるなんて、想像もしていなかった。


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本編も是非!【蜥蜴の果実】
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