だから、お嬢さんをオレにください。
「だって知ってるジャン」と、バドはちょっと悔しく思いながら、ラヴィを見た。
不思議そうな顔で見返して来る少女に、バドは内心お手上げだ。
「みっともないトコ、たくさん見せちまって……、でも、ラヴィ……や、え~と、ラビリエはずっとオレを支えてくれてたんです」
「バド……」
「始めは守っているつもりだった」
背中に庇う者がいると思うと、「強くいなくては」と思えた。
初めて見せてくれた笑顔にコッソリ心奪われてから、彼女が傍にいるだけで強がりに拍車がかって、男としてそうやって気張るのは、いつも以上の勇気となった。
「でも、どうしようもない時に支えてくれた」
―――ホント、どうしようも無いな、オレ……。
辛かった時を思い返すと情けなくなるけれど、それでも暖かくて愛しい気持ちを添えてくれるのは、やっぱりラヴィのお蔭だ。ラヴィは思い出すら、救ってくれる。
触れるか振れないかで見守ってくれた。
優しく背中に手を添え慰めてくれた。
何度救われただろう?
何気ない表情や、声や、優しい手、それから、彼にとって特別な名前。
「自分は必要じゃ無かったなんて言ってっけど、オレにとっては必要でした」
「バド……」
「これからも、オレに必要です……つーワケで、さっき返したばっかなんですが、お嬢さんをオレに下さい」
バドがツルッと言ってしまうと、ママと赤鬼みたいな大男が「えっ!?」と声を揃えた。
バドは二人に向って照れ笑いすると、「ウチはいいよな?」と聞いた。
「よ、よよよ嫁!? 義娘!?」
「ア、アンタ、いきなり過ぎるよそれは!! 多数決で決めれるもんじゃないんだよ! このっ! 卑怯者!! ラヴィさんの気持ちを聞かなきゃ!!」
「イヤイヤイヤ、聞いたよな? オレ無しじゃ駄目だって」
ラヴィがそう言われて赤面した。
「あ、改めて言われると恥ずかしい……」
「なんだよ~、言ったじゃんよ」
「コラ! ラヴィさんの親の前でイチャつくな!!」
「……ラビリエは、この方がいいの?」
静かに尋ねた声が、騒ぐ皆を黙らせた。
オリビエが優しく微笑んで、ラヴィの返事を待っていた。
ラヴィは頬を染めて、しおらしく頷いた。こんなにたくさんの人の前で確認をされるのは恥ずかしかった。
―――でも、何も恥じる事は無い。だって、わたくしの決めた相手はバドだもの。
そう思い直すと、ラヴィは瞳を輝かせて母を見、もう一度「この方しか考えられません」とハッキリ答えた。
ヒューッ! と至る所から口笛と囃し立てが聴こえて来る。
オリビエは頷くと「では」と、椅子から立ち上がり、バドに頭を下げた。
「娘をよろしくお願いします」
「アハッ! やったぜ~!」
イエー!! と仲間達に拳を突き上げるバドの頭を、カウンターから出て来たママが拳骨で打って、慌てて深々とオリビエに頭を下げた。
「こ、こちらこそ、息子をよろしくお願いいたします!! アンタ! アンタも早く!」
ママに呼ばれて、真っ赤な顔の大男が慌てて寄って来て、デレデレして頭を下げた。
オリビエもラヴィもそうそうお目に掛かれない愛らしい美人なので、彼の目は迷ってしまう。結局、狙いを定める前に女房のママにドつかれて終わってしまった。
「アンタ達ねぇ! 浮気しやがったらタダじゃおかないからね!?」
「なんでオレまで……」
バドが顔をしかめて、ラヴィが笑った。
「ちぇ~っ、オレの貞操ぶりはラヴィが知ってるもんな!」
ふふふ、とラヴィは笑って、「そういう事があったらお義母様に報告します」とママに言った。
ママは「お義母様」なんて呼ばれた事が無かったので、きゅんとして「お義母様かぁ……」と顔を蕩けさせた。
彼女はなんだかんだ言って、息子をバカ可愛がりして来た。
バドは自分の縄張り(すみか)に女の子を引っ張り込む事が滅多に無かったけれど、女の子の気配を感じたり何処かで見かけたりすれば嫉妬めいた気持ちになって、心の中で『カノジョ』に難癖を付けていたものだった。実際、ロクでも無い娘ばっかりな気がした。
反面、後腐れ無さそうな娘ばっかり選んでる様子なのを心配もした。
でも、この娘なら良いや。
おっとりしていそうで、芯が強そうだ。
同性として見た目をどうこう言う気は無いけれど、嫁が可愛らしいのはやっぱり誇らしい。
何より、息子を慕ってる。質の良い慕い方だ。
ママは満足気に微笑んで、腰に両手を当てた。
「まぁ、仲良くやんな」
カンパーイ! と誰かが言って杯を天井に掲げた。
赤鬼大男が「がはは」と笑って、カウンター奥から酒瓶の入った箱をじゃんじゃん持って来て、「や、どーもどーも!」なんて言いながら、皆のグラスに注いで回った。
次いでママとオリビエも一緒に酒を注いで回り、皆をデレデレさせた。
認められたばかりの恋人達は、くすぐったそうに微笑み合って、親に習って酒瓶を手に取りそれに続いた。
*
その夜、『最後の晩餐』店内は、祝福の空気が膨らんで、いつもと全く別の店になってしまったかの様だった。明るい光が煌々と漏れて、笑い声が途絶えず聴こえて来る。
荒くれ者達の空回ったバカ騒ぎとは、ちょっと違う。
こんな事はこの店が始まって以来の事だった。
誰かがそんな幸福の中で、店の窓から外をチラリと見た。
イブフェンの崖の麓では相変わらず寂しげな風が吹きすさんでいたけれど、一体それがなんだというのだろう。
長い苦しみが、今夜だけで消えて行きそうだ。
自分を馬鹿だと思っていた。諦められないなんて、と。
でも、諦めなくて良かった。結果ありきだけれど、でも、良かった。
別の誰かが、そのひとの肩に手を置いた。
見れば、「ホラね」とでも言いた気な笑顔。
だから、そのひとは微笑み返した。
「そうね」と、若々しい花の様な笑顔で。
宝石の様な紅茶色の瞳の中には、幸せそうな美しい娘の姿が映っている。




