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7.「いえ、それはすごく嬉しいです」

 ふっ……ふふふ……。


 目の前で弟たちと語らう王太子をじっと見つめる。気づけば口角が上がっていた。

 勿論見惚れて、などではない。

 憎き復讐相手と巡り合えたことに喜びのあまり笑っているのだ。


 どうして彼がここにいるのかはわからないが、この男、王太子エドガー・ファン・デ・ライゼンベルクは間違いなく私の知るアイツだ。

 私を死へ追いやった元婚約者。

 前世でモテにモテ続け、女を食い物にし続けたあの男に間違いない。

 だってそうでも考えないと説明がつかない。

 『シンデレラ・マリッジ』の世界で私とこの男だけが設定されたキャラの顔と違うだなんて、偶然と片づけるにはあまりにもできすぎている。絶対に転生した彼だ。


 もう一度男の顔を観察する。

 見慣れない金髪碧眼ではあるが、そのほかの部分は変わらない。

 涼やかな目元に、すっきりと通った鼻筋。引き締まった薄い唇。

 少し気を抜けば見惚れてしまいそうなほど整った顔立ちは、どこをとっても私の知る彼と寸分たりとも違わなかった。


 ふふふ。うふふふふ。

 油断すれば声が漏れてしまいそうだ。それくらい嬉しかった。


 ここであったが百年目……いや、実際には前世以来なのだが、とにかくありえないと思っていた機会に恵まれて、私は燃えに燃えていた。

 この与えられた偶然を利用して、なんとしてでも復讐してやる。

 最早、王太子との結婚なんて露ほども考えていなかった。

 この男と結婚? は、なんで私が。こんな男と結婚するくらいなら、どこかの隠居爺と結婚した方が百万倍以上マシだ。

 あれだけ私たちを傷つけておいて、自分一人何食わぬ顔で生きていることが許せない。私だけではなくいろいろな女を騙し死に追いやった男を前にし、深く決意する。

 

「姫?」


 王太子に声を掛けられはっと我に返る。

 咄嗟に長年積み重ねてきた淑女らしい笑みを返した。


「はい、エドガー殿下」

「どうした? 先ほどから上の空のようだが。私といるのは退屈か?」

「いいえ、とんでもございません。緊張してしまって落ち着かないだけなのです。ご心配をおかけして申し訳ございません」

「そうか、それならいいが」


 にこりと好意的に微笑んでくれる殿下に心の中で「けっ、かっこつけやがって」と唾を吐く。

 そのままどうでもいい会話を続けていると、アウグスト殿下も参戦してきた。


「先ほどは随分元気そうに話していたのに、まるで借りてきた猫みたいに大人しくなって。やっぱりエレノア姫も兄上に見惚れちゃったかな?」


 はっ。んなわけあるか。

 そう返せたらどれほど楽だろう。そう思いながら恥じらって見せる。


「いえそんな……」

「恥じらう姿も可愛いなあ……。兄上、こんな可愛らしい方が婚約者だなんて羨ましい……譲ってもらいたいくらいですよ」

「お前は何を馬鹿な事を……。これは父上がお決めになった事だ」


 一瞬ひやりとするような声を出したアウグスト殿下に呆れた口調を隠しもしない王太子。

 さらりと躱されたアウグスト殿下は肩を竦めてみせた。


「……残念」

「お前が何かを強請るのは珍しい。だが、これは無理な相談だ」

「分かっていますよ。兄上のこの婚約は昔から決まっていた事ですしね。ちょっと、言ってみただけです」

「理解しているのなら最初から言うな。姫が混乱する」


 王太子の言葉に、アウグスト殿下はこちらを向いた。


「ごめんね、姫」

「いえ」

「でも君ともっと話したいって思ったのは本当だよ。兄上のついででいいから、これからも会ってくれる?」

「え……その」


 どう答えるのが正解か悩み一瞬言葉に詰まる。

 私が答える前に王太子の方が返していた。


「好きにしろ。お前が何かしたところで、どうせ結果は変わらない。父上には私の方から伝えておく」

「ありがとうございます。兄上」


 笑顔で王太子に礼をいい、私を見つめる。


「君に、僕の絵をみてもらいたいと思っているんだ。迷惑だったかな?」


 突然の展開についていけない私であったが、殿下の言葉には反応した。

 アウグスト殿下の絵。それは是非見たい。

 慌てて首を振った。


「いえ、それはすごく嬉しいです」

「そう、良かった。兄上の許可も得られたし、早速今からでもどう? 離れに僕のアトリエがあるんだ」

「アウグスト殿下、それは」


 今まで静観していた弟が慌てて口を挟んできた。


「何、レオ」

「いくらなんでも急すぎます、殿下。また日を改められてはいかがでしょうか」

「え、でも」

「レオの言うとおりだ。さすがにやりすぎだ。少しは考えろ、アウグスト」


 椅子から立ち上がり、今すぐいこうと誘いをかけるアウグスト殿下に王太子が眉を寄せて諌める。弟も頷いた。


「えー……」

「あまり言っていると、姫と会う事も禁じるぞ」

「わかった、わかりましたよ兄上」

「……」


 その王太子と弟たちの一連のやりとりの中で、ようやく私も冷静になってきた。

 思わず唇を噛みしめる。

 

 ……何をやっている、私。絵なんてどうでもいいだろう。 

 自分がやらなければならないことをまず考えろ。


 穏やかな笑みを意図的に浮かべ、皆との会話に当たり障りなく参加しながら必死で頭を働かせた。

 

 ――――私がやるべきこと、それはこの男に復讐することだ。


 この男が前世の事を思い出しているかはこの際問題ではない。

 一見したところ性格も口調もゲームで見たままだ。

 だからまだ思い出していないのかもしれないし、もしかしたら思い出した事を隠しているだけかもしれない。それは分からないしどうでもいい。

 この男があいつである限り、どちらだろうと私の行動は変わらない。

 ただ一つ確実に言えるのは、彼が乙女ゲーなんてものをやった事がないという事実だ。

 彼は乙女ゲーというジャンルどころかその仕組みすら知らない。

 昔、鞄の中に入れていたケータイゲーム機を見られた時に言われた言葉を思い出す。


「はっ。お前いい年して恋愛ゲームなんてやってんの? 恋愛なんて現実の方が百倍面白いし、簡単じゃん。分かってねえなあ」と。


 ゲームなんてとうの昔に卒業したと鼻で笑われたのだ。

 あの時は馬鹿にされ悲しい気持ちになった。だが今なら笑って言える。


 知らないでくれてありがとう。と。


 お蔭で私はそれを利用して、復讐することが出来る。


 ――――よしっ。


 心の中で頷く。いい方法を一つ、思いついた。


 私はにやりと、皆に見えないところで笑った。


 ――――決めた。

 彼には、彼があれだけ馬鹿にしていたゲームに殺されてもらおう。





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