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1.「いいえ、なんでもないの。大丈夫よ、リリィ」

 絶対に許さないと思った。

 次にもし会う事があったら絶対に復讐してやると。


 でも、そんな事は起こらない。

 だって、私は死んでしまったのだから――――。


◇◇◇


「お嬢様、お嬢様、大丈夫ですか!?」


 見知らぬ女に焦った声と、身体を揺さぶられたことで目が覚めた。

 頭が……ものすごく混乱している。

 こめかみがずきずきと痛み、それを片手で押さえながら上体を起こした。

 どうやら床に転がっていたらしい。それを認識した途端全身に痛みが走った。


「いたっ!」

「無理をしてはなりません、お嬢様。階段から落ちたのですから」

「え……」


 一瞬何を言われたのか分からなくて女を見る。

 見知らぬ女、の筈。だがよくよくみると知っている顔……自らの専属のメイドである事を思い出した。


「リリィ……」


 痛みで顔を顰めながらもその名を呟くと、少し丸い体型の彼女は目を潤ませた。


「ああようございました。私の事は分かるのですね?」

「え、ええ」

「ご自分の事もお分かりですか? お嬢様は気を失っていたのです。今先生がお見えになりますから動かないで下さいね」


 涙声でそう言われ、私はこくりとうなずいた。

 こめかみを押さえていた手を離し、おそるおそる視界に入れる。

 思った通りのちいさなモミジのような手があり、それこそ痛み以外の何かで泣きたくなった。

 ――――どうやら、私は所謂転生というものをしていたらしい。

 自分が何者なのか、今はっきりと思い出した。


『エレノア・フォン・シュベルツァー』


 シュベルツァー公爵家の長女。年は……8歳だ。

 8歳。自分で言っておきながら笑えてくる。

 つい先ほど思い出した記憶では、私はれっきとした成人女性だった。

 それも男に酷い振られ方をし、自殺する羽目になった馬鹿な女。


 日本という国で生まれ育ったその女は、ある一人の男に恋をし、そして婚約に至った。

 だがその男と言うのがとんでもない遊び人で、結局そのバカ女はうまく利用され捨てられた。そんなよくある結末だったのだ。

 ……こんな事思い出したくもなかったのに。

 リリィに抱きかかえられながら、内心ため息をつく。

 ついでに思い出した事実にうんざりしたからだ。


 ――――この世界は、多分乙女ゲームの世界だ。

 

 自分で言っておきながら馬鹿らしくなった。


 乙女ゲームというのは、前世の日本で流行っていた女性向けの恋愛アドベンチャーゲームの総称である。

 プレイヤーは主人公となり、次々と用意されたイケメン攻略対象と恋愛をしていく……といった趣旨のものが殆どだ。

 ある時はその相手が王子様だったり、暗殺者だったり……今考えれば馬鹿らしい話だが神様だったり。

 とにかくそういう恋愛ゲームが当時の日本では大流行していたのだ。

 恥ずかしながら勿論私もそれに手を出した一人で。

 そんなゲームの中の一つ。

 ポピュラーな王道乙女ゲーム『シンデレラ・マリッジ』という如何にもなタイトルのものがあった。

 けなげなヒロイン(確か子爵とその愛人の娘か何かだった)が色々な攻略対象者たちと愛を深め、最終的には結婚するという本当にひねりのない、王道まっしぐらのゲーム。

 そして何故今私がそのゲームの名前を出したのかと言えば、もうお分かりだと思う。

 その中の攻略キャラの一人、王太子ルートの中に出てくる彼の婚約者、その名前が私と同じ……ということなのだ。


 え? 偶然の一致ではないのかって?


 確かに私も気づいた時にまずそれを疑った。

 だが、公爵令嬢として色々な教育を既に受け始めている私は知っている。

 この国の王太子と第二王子の名前と年。

 そして何より同じ日に生まれた私の双子の弟の存在を。


 それらは全てゲームの攻略対象者の情報そのままだったのだ。

 偶然の一致というにはさすがに無理があると思う。


 ははは。……あー。


 うん、まあこれで分かっていただけたことと思う。

 つまりそういうことだ。

 間違いない。


 私は、『シンデレラ・マリッジ』の王太子ルートでヒロインの邪魔をする彼の婚約者、エレノアとしてこの世にもう一度生を受けてしまったという事なのだ。


「はははは……」


 知らず乾いた笑いが音となって漏れた。

 せっかく生まれ変わったのに、まさかゲームの世界だなんて。

 想像もしていない展開に自嘲するしかなかった。


「お嬢様?」


 突然笑い始めた私に、リリィが訝しげな眼を向ける。

 私は慌てて表情を取り繕った。

 頭がおかしくなったと思われては大変だ。


「いいえ、なんでもないの。大丈夫よ、リリィ」

「それならよいのですが……ああ、お医者様が参られました」


 視線を私の先へ向けたリリィがほっとしたように言った。

 ばたばたと急ぐような足音が聞こえ、数人の男女がやってくる。


「大丈夫か! エリィ!」

「階段から落ちたのですって!? 痛みはない?」

「落ち着いて下さい、旦那様、奥様」

「……ああ、意識はあるようですね」


 声が聞こえた順番に、お父様、お母様、あと執事長だ。その後から聞こえた穏やかな声はおそらくお医者様だろう。


「痛むところはありますか?」

「……割と全部」


 屈んで話しかけてきた初老の医者に正直なところを答える。

 目を丸くした医者は、とりあえず寝室に移りましょうと至極もっともな事を言った。



ありがとうございました。

短いですが一時間後に二話目を投入します。

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