6.戦争
とある事故による(精神的な)怪我で、村長は出奔……もとい、引退を余儀なくされていた。
「ハーフエルフが化け物かどうかは、またの機会に考えるとして……」
エティが、大通りの真ん中で思案に耽っていた。肩から斜めに提げたガマ口をポンポンと叩きながら。
こちらから仕掛けなければ大して害にならない、と見て取った村人達は、遠巻きに囲んでいる。人数から見て、村人は、ほぼ総出であろう。
みんなの視線が、汚物を見るかのようだった。
「僕が化け物じゃなくて、恐るべき竜であることを知らしめておかねばならない時期が来たようだ」
「ある意味恐るべき存在だけど、それは決して真正面からの恐怖ではないわ」
疲れた感たっぷりのノーラ。村人の心ない誹謗中傷、並びに仲間の裏切りにより、ちょっぴりおセンチになっているのだ。
「どうするの?」
「こうしよう!」
エティはガマ口を開いた。中から覗くのは蠱惑的な黄金の輝き。純度がシャレになってない。
捨て値でも流通金貨3倍で取引される。持っていくところに持っていけば、10倍は下らない。超セレブ金貨である。
エティは、ちっこい手で古代金貨を鷲づかみにした。
「そーれ!」
掛け声と共にばらまいた。
「さあさあ、金貨だよ金貨だよ! これさえ拾えれば、もう働かなくてもいいんだよ!」「うぉー!」
村人達が我先にとエティの足下に群がった。
「エティ! そんな事して何になるの!」
ノーラの叱責が飛ぶ。
「村の皆さん、僕たちは何に見えますか?」
「お大尽様です! 我らの主と認めます!」
村人は、経済の前にひれ伏した。
エティは鼻をひくひくさせている。
「ほらね、世の中お金さえあれば、差別なんてなくなるのさ!」
「……わたしが思ってる平等と、ちょっと違う」
ノーラは納得がいかないようだった。
その時だった。
「うわっぷ!」
ノーラは、目を閉じた。
村に青い風が吹いたのだ。
ノーラが目を開けると……。
巨大な青い狼が、顔をこちらに向けていた。
正体は、ノーラの生存本能が知らせてくれた。
「まさか……神を狩る狼? 6つの災害魔獣の?」
逆巻く炎のように荒れ狂う青白い体毛。家ほどもある巨体。見つめるだけで死をもたらすと言われる凶悪な眼。耳元まで裂けた口からは、黄色い牙が覗いている。
「な、なんでここに災害魔獣が?」
災害魔獣との遭遇は、即ち「死」。
ノーラは後ろへ下がろうとして蹴躓いた。尻餅をついて動けなくなった。
だが、神を狩る狼がその鋭い目を向けているのは、エティである。
ノーラの体は動かなかったが、口だけは動いた。
「エ、エティ! 逃げなさい! 一口で食べられるわよ!」
射殺すような硬派な目が見下ろす。眠たそうな半眼が見上げる。
「そうか……」
エティが目を外した。
「まだ遊んでいたかったんだけどな……」
俯くエティ。寂しそうな目だ。
「どうしたの?」
「……もうすぐ、魔族を二分する戦いが起こる。彼はその連絡にやってきたメッセンジャーだ」
エティは、眠たそうな目で青い巨狼を見上げた。
「僕は行かなきゃならない。母さんや父さん、そして死んでいった仲間達のために」
「止めなさいって! あんたが強いのは知ってるけど、災害魔獣相手に通用する強さじゃないわよ!」
「もう少し子供でいたかったんだけどな……」
エティの背中に亀裂が入った。
目から光が放射された。
口からも、体のあちらこちらから。
体中の皮膚が裂けていく!
光の固まりがエティの皮膚を裂いて転び出る。
光が太い足になる。
光は鎌首をもたげた。
光の爪が伸びる。
「目が!」
あまりのまぶしさに、ノーラは目を閉じた。
次に目を開けた時、そこに竜がいた。
神を狩る狼より二回りは大きな体。長い首の先に、ワニに似た頭。鹿に似た角。
エルダー・ドラゴンの成体だ。
青と緑の中間色。エティの体色と同一だった。
ドラゴンが、天を覆う巨大な羽を広げ、空に向かって吠えた。
それが合図だったのか、神を狩る狼は踵を返し、一陣の風と成って走り去った。
エルダー・ドラゴンのエティ事、エティオラは、広げた羽はそのまま、羽ばたく事無く宙に浮いた。
「エティ!」
ノーラが叫ぶ。
エルダー・ドラゴンの長い首がうねる。顔がノーラの方に向く。
「少しの間だけ。少しだけ……。僕は必ず帰ってくる。あの……コタツへ」
エルダー・ドラゴンの姿が村人の前から消えた。
ノーラだけが遠くの空を見つめている。
そこには、遠く小さく、緑の竜が羽ばたいていた。
「な、なに突然大人になってるのよー!」
ノーラの声が、青い空に吸い込まれていった。
――魔神戦争勃発――
節目の戦いの渦中には、必ず緑の竜がいたという。
古竜ノ王 な日々「完」
短い間でしたが、お付き合い有り難うございました。