4.魔法使い。阿呆使い。
色の無い空間。
数十メットルの巨体を持つドラゴンの群れが、たった一つの光へ向かって行った。
それを見つめているのは、体高1メットルにも満たない竜の幼体。
『お前は生きろ。生きて、いつか神を倒せ』
『僕一人じゃ勝てないよ!』
『仲間を探せ』
『どうやってさ!』
『我らは誇り高き竜。我らは我らの戦いしかできぬ。神と戦える仲間を探せ』
『ダメだよ! 行かないで! 僕を一人にしないで!』
今日も今日とて、エルダードラゴンのエオティラこと、略してエティはコタツで寝そべり、自堕落な日々を過ごしていた。
見た目はモグラかハムスター。癒やし系の外見と、何か自然とムカツク内面持ちである。
「う、うーん……」
エティは眉間に皺を寄せ、寝返りを打った。
丸い目が、半分だけ開いた。
何か考えるところがあるのか、しばらくそのままの姿勢で動かなかった。
「……だらだらできるって幸せだな」
エティは寝転がったまま手を伸ばし、マンガ……もとい、絵物語を手に取った。
コタツの上には、籠に入れられた温州蜜柑……もとい、小粒の柑橘系果物と、陶器の皿にのせられた食べかけの海苔煎餅……もとい、乾し海草付き米製焼き菓子が乗せられている。
エティが寝転がる反対の面がもぞりと動いた。
「エティちゃん、お茶まだ残ってる?」
鈴を転がすような綺麗な声がした。
「急須に残ってると思うけど……なんで君、みんなと一緒に帰らなかったの?」
もそもそと起き上がり、飲み残している湯飲みに急須から冷めた茶をつぎ足す。
「竜語魔法」
1単語で帰ってきた。
この子は、5人組パーティの紅一点だった魔法使い。
背はちっこいが、金髪碧眼で肌が抜けるように白い。胸はまあまあだ。
「えーと……」
エティが記憶をまさぐっている。
「あたしの名はノーラ。早く覚えてね」
どう見てもハイティーンだが、耳が尖っている。見た目で判断してはいけない。
「ハーフエルフっていう……貴種ね」
「だからさ、ノーラさん。なんでみんなと一緒に帰らなかったの?」
食べかけの煎餅を口に放り込みながら、半分だけ開けた目でノーラの顔を見る。
ノーラは口を半開きにして、エティを見返していた。が、すぐに我に帰る。
「呪文も魔法粒子の流れも無かったのに、魔方陣が描かれた。それも高難度の空間転移魔法が。あれ書くのに、魔法大学の専門教授が、専用の道具を使っても10日はかかるわよ」
耳の長い魔法使いの少女が、乾いた笑みをその綺麗な顔に貼り付けている。
「それを空間に映像として出現させるなんて。それも一瞬で」
魔法使いは、明らかに魔物への興味を抱きはじめていた。
「いわゆる無詠唱魔法よね。教えて」
可愛い子ぶりっこをするノーラ。
「いいよ」
エティは、瞼が半分だけ閉じられた眠たそうな丸い目で答える。
「教えるのは苦手だから、見て習得してくれるならいいよ」
「ほんと?」
ノーラは目を輝かせた。
「その代わり、ノーラさんも僕に人間の魔法を教えてよ」
「商談成立ね!」
火、水、風、土、光、暗黒、精霊、その他。聖魔法以外、全て使えるノーラである。Sクラス冒険者は伊達じゃない。
さあ、何から教えようかと勢い込んでみたものの、……ハタと困った。
ああみえてエティは、エルダードラゴン。人間が設定した禁呪、高レベル魔法は、呼吸する感覚で発動できる。
いったい何を教えればよいのか?
「えーと……」
人間の攻撃魔法や防御魔法は、エティにとって稚戯に等しいであろう。
ここは、ひとひねりして……。
レベルドレインって、竜が使いそうにない魔法よね? それともう一つ……。
エティはちっちゃい手で器用にせんべいを割っていた。そして1つずつ、口に運んで食べていた。自堕落な生活を送っているくせに、健康そうで何より。
状態異常も竜魔法っぽくないなぁ。
「ちょっと変わった魔法を教えてあげる」
性悪狐みたいな笑顔を浮かべるノーラ。
「なになに?」
子供のような笑みを浮かべるエティ。
そしてノーラの授業は始まった。
「だいたい解った」
ノーラが一回実践するだけで、エティは飲み込んだようだ。
「ちょっと僕の口の構造じゃ発音しにくい単語とかあるから、僕用に改良してみるね! えーと……」
エティはスペルを口に出していない。
だのに、ノーラは体の異変を感じた。
「え?」
オリジナルより凶悪な効果だ。
異常状態はすぐに戻った。
ノーラは驚いていた。レベルドレインを掛けられたのだが、すぐ正常に戻った。
一度掛けたら、ある程度の時間が経過しないと、術は術者でも解けない。だのに、エティは自在に解いた。
しかも、通常のドレインではない。あきらかにオリジナルの呪文。それも、ノーラが知らない効果だ。
「次、状態異常ね。でもこれ、改良が必要だな」
エティの、どこを向いているか解らない眠たそうな目が凶悪に光る!
「これはおもしろそうだ! ノーラさん、ありがとう!」
眠たそうな半眼のままだが、誰が見ても喜んでいる目だ。
「じゃ、じゃぁ、こんどエティが教える番ね」
「わかった。じゃ見ててね!」
嬉々としてエティが竜語魔法を発動させる。
この世界、頭の中だけで構造を組み立て、後に発動させる魔法は存在しない。なんらかのアクションという原因が無いと結果が出ない。これを因果と呼ぶ。
因果はすなわち神が定めし法。神により作られし子らは、因果より抜け出ることは叶わない。
よって――。
「ぜんぜんわっかんない!」
ノーラは頭を抱え、ペタンとしゃがみ込んでしまった。
「空間転移はどうやって覚えたのよ!」
「移動が面倒臭かったんで、自然と覚えた」
ノーラがヒステリーを起こした。
「魔法は自然に覚えるもんじゃないのよぉーっ!」
「え? そうなの? ごめんなさい!」
涙目で謝るエティであった。
ちなみに、後2話で完です。