3.ドラゴンスレイヤーズ
「早く気づけよっ!」
折れた魔剣を後生大事に抱え込んだ剣士の若者がキレる。
「な、何もそんなに怒らなくても。……やれやれ、最近の若者は、朝ご飯を抜くのを格好いいと思ってる。朝御飯を抜くとキレやすくなるんですよ。これだからユトーリ教育は……」
「きちんと朝飯食ってるよ! なんだよユトーリ教育って! 俺たちゃ冒険者なんだ舐めんなよ! 教育そのものを受けてねぇし!」
「冒険者? 冒険者って、人のダンジョンに勝手に入って、勝手に財宝持って行く、あの冒険者?」
半眼のエティが、それなりに警戒心を露わにした。
これはまずい。
「暴力反対! そ、そうだ! 僕を殺したら、ここから出られなくなるぞ! この部屋に、出入り口はないんだぞ! 魔法陣は僕しか描けないんだからね!」
両者の実力は雲泥の差がある。
まして、入出方法を握られたということは、生与奪権まで握られたことになる。
モグラに似てようが、怒らせてはいけない相手である。
ずばり、優位はエティにある。
……本人は気づいてないが。
「仕方ない」
シーフの中年男が前に出た。
「冒険者には違いないんですが、道に迷った冒険者でして。ああ、私どもは冒険者ギルドの由緒あるお墨付きのSクラス」
シーフ、一世一代の舌先き三寸。
「ご存じかと思いますが、Sクラスは犯罪には絶対に手を出さないという厳しい教育を受けたエリート中のエリートです。どうかご安心を」
大嘘である。散々略奪しまくったからSクラスに登れたのである。
「え? そうなの?」
「え? 逆に今ので信用したの?」
よし、いける!
背中で拳を握るシーフであった。
「タバコの方も、若輩者のしでかした不始末。道に迷った不安から来る暴挙。私からきつく言い聞かせおきますので、どうか平にご容赦を」
そして流れるような動作で土下座。フォームが美しい。土下座慣れしている。
「いや、そこまでされちゃうと……でも、剣で殴ってきたよね?」
神経質そうな細い眼が、戦士をじっと見つめる。
「え、あ、て、手が滑って……」
戦士はしどろもどろだ。
シーフが戦士を肩で押しのけた。
「いやぁー手が滑ったとはいえ、見事に避けられましたなぁ! それにしても魔法を使わず火を消す手並み、見事ですなぁ!」
こう言っちゃ何だが、単細胞を相手にするには、おべんちゃらに限る。
エティが胸を張った。上を向いた鼻をひくひくさせている。
「毎年、夏前に雨期がやってくるけど、王国から『今年から雨期は禁止とする』ってお触れが出たところで、雨期はやってくるでしょう?」
そしてエティは小憎ったらしく、肩をすぼめて首を振った。何かムカツク仕草である。
「僕たちエルダードラゴンは、なんだっけ? か? 神? 神がこの世界を作る前から存在してるんですよ。そのような偉大な存在に、後から作った神? のルールなんて通用しないでしょう?」
魔法も物理法則も、神が勝手に定めし法則。いかに厳重な法則を決めたところで、太古より雨期はやってきていた。これからもやってくる。
それにしても、妙にムカツクしゃべり方である。
「そんなことより、おせんべい囓りながらお茶飲んでゴロゴロしましょうよ。最近のマイブームなんだ。気持いいよ、いねむりって」
そういいながら、エティはコタツに潜り込んだ。
「なんでもどこでも緩く温いのが一番だよ。僕と一緒に、一生ここでのんびり暮らそうよ」
幸せそうに眼を細め、温もりを体に吸収させている。
「どう言えば伝わるのだろうか? ……穴掘ってでも出たいところが本音なんだが――」
必至になったシーフの説明が続いた。
会話が長時間に渡ったのは、エティの思い込みが激しすぎたからである。
「お客さん方は知らないでしょうけど、ここは迷宮山脈じゃないんです。あそこは、ドワーフの市民が住む町だったんです。この部屋は迷宮山脈と空間を異にしています」
「で、ではここはどこなんです?」
いい加減忍耐に限界が来ているシーフ。言葉が荒くなってきた。
「オリュンポス山の地下です」
オリュンポス山とは、オリュンポス山脈を形成する一連に連なる山々の中で、最高峰の山である。
山頂は真空であるとまで言われている、壮絶な山である。
「だから、上は1万キロメットルの岩盤。左右は少ない所で200キロ。下は40キロで灼熱のマグマに行き当たるかな?」
エティは、猫が寝たときの目に似た細い目でシーフの男を見上げる。
「掘ってみる?」
「掘れねえし!」
切れた。
「コホン!」
切れたが、持ち直すのが早かった。
「魔法陣描いてくれませんかね? さっきエティさん、魔法陣使って外へ買い物に出かけたでしょう?」
「え?」
エティは驚いて、小さな目を見開いた。
「僕と一緒にここで暮らすんじゃ……」
「暮らすとは一言も言ってません」
ぴしゃりと言い切った。
エティは、ガックリと肩を落とした。グダグダになって横たわった。
「また、僕一人……」
床に「の」のを書き始めた。
「いや、あの……なんだか悪い事してる気分になってきたぞ。何か代案はないか?」
シーフが仲間に助けを求めた。
「えーと」
剣士にアイデアがあるようだ。
「俺たちの持ち物を何でも渡すから、それで魔法陣描いてもらえないっすか?」
シーフは、この部屋にうずたかく積まれた黄金や宝石に目をやった。宝石に混じって、魔力を感じる武器防具もちらほら見える。
自分たちの装備が貧弱に見えてくるから不思議だ。
「淋しいこと言わないでぇー!」
コタツから抜け出たエティが、泣きながらシーフの足にしがみついた。
「僕を一人にしないでー! でも持ち物は全部置いていってー! 僕は魔物だから外の世界で生きられないんだよー!」
「いや、それだけ厚かましかったら、外でも十分生きていけそうだけどな」
イヤイヤするエティ。鼻水混じりの涙が、全く持って絵にならない。
「泣かないで。ほら」
魔法使いの少女が、ハンカチを取り出してエティに渡した。
「あたし達は離れていても友達――」
「ずびーぃむ!」
鼻をかむ音に、魔法使いの前髪が一本ハラリと溢れた。
「返す」
「それあげる」
「いい人だ」
エティの顔が明るくなった。鼻先は真っ赤になってたが。粘っこい液体が糸引く花柄のハンカチを大事そうに広げている。
「僕のお願いを聞いてくれたら、魔方陣描いてあげる」
「ドラゴンクエストか!?」
戦士が両手を腰だめにして気合いを入れた。
相対するエティの背景がゆらゆらと揺れる。
「これが噂のドラゴニックオーラか!」
唾を飲み込む戦士。
「これを……」
エティの手には金貨が握られていた。
「小銭に両替してください」
「え?」
「買い物するのに、金貨じゃお釣り出てこないんです。割と切実なんですよぉ!」
こうして、ポケットとズタ袋にめいっぱい詰め込んだ金貨と引き替えに、パーティーの有り金全部が渡されたのであった。