2.ドワーフ王の間
「おい、これ見ろよ! このコップ。陶器製だぜ!」
シーフが、魔物の用意した湯飲みを手に取っていた。
「この水差しまで陶器製だ! これだけの薄さ。製品の均一性。そしてこの色艶。これだけで一財産だぜ」
「さすがエルダードラゴンの巣。ただのガーディアンじゃねぇな」
戦士は戦慄した。
その頃、丸っこい魔物は、とある村に転移していた。
「うぉーっ! なんだ! 魔物か?」
「また出たぞ! 誰かー!」
村の中は大騒ぎとなっていた。
「やれやれ。人間界は、いつもながらうるさいなぁ」
阿鼻叫喚の中を魔物は、その短い足でチョコマカと走っていた。
やがて辿り着いた一軒の古ぼけた店。
「おばちゃーん! お茶っ葉くださいな!」
「はいよぉ、いつものだねぇ」
よぼよぼの婆さんは狼狽えない。年の功である。……単にボケて、人と魔物の区別が付いてないだけかもしれないが。
婆さんは、箱の蓋を開け、茶葉を年季の入った計量カップで計りだした。
「急なお客さんなんだ。来るなら来るで、前もって連絡の一つでも寄越してくれればよかったのに」
「客なんざぁ~そういうもんだよぉ~、はいお待ちぃ~」
魔物は唐草模様のがま口から、銅貨を何枚か短い指で取り出した。
「小銭はこれで最後だよ。金貨なんか出しても、この店、お釣り用の銅貨なんか持ってないもんなぁ。お客さんにも困ったもんだ!」
魔物は、転がるように走り、元来た道を戻ったのである。
ここは、石作りの閉じた空間。
突如として緑に輝く魔方陣が、空間に出現した。
その魔方陣から魔物が飛び出してきた。手に茶筒を持って。
「お待たせしましたお客様方!」
「あ、どうぞお構いなく」
コタツに座り込んだ勇者パーティ一行は、手に手にせんべいを持ってかじっていた。
魔物は、急須に茶っ葉を入れ、魔法の瓶からお湯を注いだ。
辺り一帯に、清々しい香りが広がる。
「はいどうぞ」
「こりゃどうもご丁寧に」
シーフが受け取って、フウフウ言いながら口を付ける。
「まったりとしていて、それでいて清々しい。これは茶葉を発酵させていませんね。茶葉もさることながら、淹れ方に……じゃなくて!」
ノリツッコミを最後までやり通し、一同はコタツより抜け出して立ち上がった。
「お前は誰だ! ここで何をしている!」
代表して剣士が、魔物に殺気を放つ。
「え? いきなりどうしたんですか、お客さん?」
魔物は、もう一つ事態を飲み込めないようだった。
「お客さんじゃねぇよ! 俺たちは、迷宮山脈に挑んだ冒険者だよ! 目的は茶を飲む事じゃなくて、お宝なの!」
冒険者達は、手に手に武器を持ち戦闘態勢を取った。
体全体を使って、冒険者達を見上げている。
「あ、あれ? えー! これは僕とした事が!」
ようやく事態を把握したようだ。
魔物は飛び上がって頭を抱えた。
「自己紹介を忘れるとは! 僕の名はエオティラ。エティと呼んでください。この迷宮をドワーフ王、プリセラより譲り受けたものです」
ちょこんと頭を下げる。
「これはご丁寧に……じゃなくて! お前だれだよ? こんな所で何してるんだよ! ここ、エルダードラゴンの巣だろ?」
それに対し、エティと名乗った生物は怯えた目で、剣士を見上げた。
「ぼ、僕は自宅警備兵で、ここの警備責任者ですが……なにか?」
「お前が引きこもりかどうかを聞いているんじゃない! 親出せ! 親を!」
剣士が顔を真っ赤にして怒りだした。
「まて、リーダー!」
シーフが、剣士の肩に手を置いた。
「これはチャンスかもしれない。あいつの言ってる事が正しいとすれば、ラスボスのドラゴンはあいつだ。あの姿から推測するに、エティはドラゴンの幼体だ。ドラゴン本来の力が出せないはず! またとないチャンスだから、より冷静に対処しろ!」
人間の言うドラゴンは十メットル単位の体躯を持っている。ましてや、古竜であるエオティラともなれば、数十メットル以上の巨躯を持っていて不思議ではない。
ところが、このサイズと見掛けである。戦力は推して知るべし。
「お前、ドラゴンスレイヤー持ちだろ?」
剣士が手にした長剣は、ドラゴンに反応して青白い光を放っている。
「あいつの力を見極めさえすれば、充分勝てる」
シーフは軍師もつとめているようだ。
「ふっ、ならば私に任せてもらおう。わたしが挑発してやろう」
僧侶が、前髪を掻き上げて前に出た。
いつの間に火を付けたのか、手には紙巻きタバコ。
「昔より、蛇だの竜だのは、脂を含んだ煙が苦手」
これ見よがしに吸って、吐いた。エティに向けて。
「ごっほん! げっほん! ちょっとやめてもらえますぅ? ここ禁煙なんですよ!」
エティもわざとらしく咳き込んだ。
こいつ、嫌煙家らしい。
「そうなの? 張り紙してなかったから気づかなかったよ。スパー!」
僧侶の挑発は続く。
「ちょ、ちょっと。ここ禁煙だって言ってるでしょ! 喫煙は肺がんを誘発させるんですよ! 第一、ここ灰皿無いんですから! あなた、エチケット灰皿持ってるんですか?」
「ハイガンがなんか知らないけど、死のうが生きようが喫煙者の自由だろ? 灰皿? 持ってねぇし」
僧侶がタバコの灰をわざと床に落とした。
エティの顔色が変わった。いや、色は変わらない。怒り肩となり、目が険しい角度につり上がる。といっても、しょせん基礎はモグラ顔。さして怖くない。
「今すぐ消してください! いくらお客さんでも怒りますよ!」
「やだよ。喫煙は喫煙者の自由だ。あんたも喫煙者になれば良いじゃん」
「消す気が無いなら、僕が消してあげます!」
よし来た!
パーティメンバーが身構える。
「絶対精霊障壁!」
魔法使がパーティメンバー全員を覆って障壁を張る。時間制限こそあれ、魔法由来の、全ての効果を打ち消す絶対魔法防御壁である。
「神の御名において、絶対加護!」
僧侶が複雑な文様を描いた聖護符を床に貼り付けた。これは物理攻撃を全て無効にする最強護符である。
「さあ来い! これでキサマの力量が解る!」
戦士が戦斧を構え、前に出て壁になる。剣士が必殺のドラゴンスレイヤーを構える。
――エティは動かない。
指一つ、眉(無いが)一つ動かさない。微量のマナすら発生させていない。
だのに――。
「タバコの火が消えた?」
僧侶は、己の指に挟んだ紙巻きタバコを、信じられない目で見つめていた。
「ば、バカね! 理論上、アルティメット・バリヤーを破れる魔法は存在しないわ!」
魔法使いが狼狽えている。
「私のアミュレットは、神が存在する限り無敵の筈だ……」
火の消えたタバコを見つめながら、僧侶も狼狽えている。
「ならば、なし崩しだ!」
肉弾要塞と化した戦士が突っ込む。
「三日に一度しか放てぬ最終奥義ーっ! 夜帝剣オリュンポス山逆さ堕とし!」
Sクラス戦士が放つ、光速の技がエティの頭上に決まった。
……はずが、何も無い床を砕いただけだった。エティの体一つ分、左に振り下ろしていた。
「因果律修正か!? 今のも魔力を感じなかった!」
魔法使いが目を見開いた。
「甘い!」
戦士の影に剣士が潜んでいた。戦士が放つ必殺技は、剣士のポジショニングのためのフェイクであったのだ。
「竜族絶滅! 喰らえ! ドラゴンスレイヤー!」
竜族の天敵、ドラゴンスレイヤー。竜の属性すら断ち切る魔剣の中の魔剣。
魔剣王ドラゴンスレイヤー……の刀身が爆発した。
エティに届く前に。
「な、なんだ?」
剣士は盛大に空振りした。
「剣の需要容量がオーバーしちゃったみたいですね。……あれ?」
エティが何かに気づいた。
「ひょっとして、あなた方――」
エティが細い目をして、髭を振るわせている。
「お客さんでは……ない?」
早く気づけよ!