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サムライ・ドルフィンズ  作者: 古池ケロ太
トライアウト
9/50

(8)

「わ、わたし……帰る」「私も……」「お、同じく……」

 あまりの実力差に打ちのめされたか。二人組どころか、何もしてない残りの受験者たちさえも、次々と手を上げて去っていった。

 しおたれた彼女らの背中を見送り、沢村は大きくため息をついた。

「情けない……壁の高さを知ってからが挑戦だろう。腰抜けばかりか、まったく」

「そうでもねーぜ」

 不敵な笑みをたたえた声――と同時に、美海の足元から強烈な水飛沫が上がった。

 またしても二艇だ。20番と21番のマギコンが、縦列に並んで突進していく。

「わわっ、ダメだよ、さっきの人たちと同じになっちゃう!」

 思わず制止の声を上げる美海。だが。

 ――速い!

 さっきの二人組とは比べ物にならない。特に、先行した20番のほうだ。

 加速度が違う。モーターの音が違う。巻き上がる波の、その高さが違い過ぎる。

 沢村が、0番艇を急発進させた。相手の実力を認め、迎え撃ちに行ったのだ。

 突進する20番、迎撃する0番。両者ともに減速もしなければ曲がりもしない。小細工なしで水路を突っ走る二本の矢が一直線に接近し、

「ひうっ!」

 美海の身がすくむほどの激突音だった。正面衝突、爆ぜる白波。その中から飛び出したのは――20番だ。

 軌道を全く変えることなく、高々と水を噴き散らしてゴールに飛び込む。一方の0番艇は、転覆は免れたものの、激突したその位置で激しくスピン。制御のきかないそのスキを見逃さず、もう一艇、21番が横をすり抜けた。二艇連続のゴールインだ。

「……ほう」

 沢村は感心したように息を漏らした。

 静かだった用水路が、まるで台風の後。数十メートルにわたってギザギサの白波が踊り、縁からあふれた水が芝生を濃く染めている。

 一体どんなゴツい人が――20番のバッジを探し当て、美海は二度驚いた。

「……ちっさ」

 どう見ても年下、どう見ても百五十センチない、やせっぽちの体。

 緑がかった黒髪をツインテールにまとめ、瞳の色も緑。生まれつき儀力が極端に強い人間の中には、こういう色を持つものがいるそうだが、実際見るのははじめてだ。

 そして、肌は褐色。日焼けした人は見なれている美海だが、これはまた違う。

(外国、人……?)

「このオレがハンデもらったとあっちゃあ、末代までのハジだかんな」

 異様に流暢な日本語で、チビっ娘はいかにも生意気そうに笑った。

 どういう意味かと思ったが、すぐに分かった。三度目の驚きだった。

 何しろ、彼女はパーカーのポケットに左手を突っ込んでいたのだから。

(まさか……片手で?)

「あっ! あの人、ひょっとして……」

 四度目は、背後の円からだった。

「……ロキシィ=キャンデロロ!」

「えっ、本当?」

 その名に美海は目を見開き、

「……って、誰?」

 お約束のようにコケる円。

「去年の世界ジュニアで優勝した人ですよ! ジェットのニュースサイトで大騒ぎだったじゃないですか、フランスの超新星あらわるって!」

 世界ジュニア選手権。十三歳以下限定で行われる、ジェットレースの国際大会である。

 ジュニアと名はつくものの、そのレベルは日本のプロをはるかに超える。その中でも彼女・ロキシィは圧倒的なスピードで同郷の英雄『氷后』の後継者とも呼ばれる天才児である――と、補足説明を受けた美海だが、反応はいかにも薄い。

「あたし、調べるのとか苦手だし……っていうか、なんでそのフランスの子がここに?しかもなんで日本語ペラペラなの?」

 円はうっ、と詰まった。そこまで知るわけがない。

 と、ロキシィは八重歯を剥き出しにして、ニンマリと笑いかけてきた。

「へぇ。そこのマユゲ、ちったー勉強してんじゃねーか。誉めてやんぜ」

「まっ……マユゲ? わたしのことですか? な、なんて失礼な!」

 どうやら気にしていたらしい。涙目で怒る彼女を、美海は「まぁまぁ」となだめるが、その顔は殺しきれない笑いにひきつっている。なんて的確な特徴のとらえ方だろう。

「落ち着いてって、エンちゃん。ホラ、マユゲがつり上がってるよぉ(笑)」

「だってだって、人が気にしていることを!」

「まぁまぁ、子供の言うことだからぁ」

「誰が子供だよ、モーコ」

「ん? モーコ? あたしのこと? なんで?」

「蒙古斑だから」

「ミィさん落ち着いてください! こ、子供の言うことですから!(笑)」

「だってだって人が気にしていることを! 大体、自分のことをオレとかってねぇ!」

 ギャーギャーと騒ぎまくる三人。そこへ。

「申し訳ありマセん」

 21番――メガネをかけた中性的な顔立ちの少女が、割って入った。

「ロロはマンガで日本語を覚えたものデ、言葉遣いが悪いのデス。ご容赦くだサイ」

 ぺこん、と腰を直角に曲げてみせる。こちらは一転バカ丁寧な言葉遣いで、あまり慣れてないのか、発音には出来の悪い読み上げソフトのような切り貼り感があった。

 ロキシィよりは大きいものの、やはり小柄。赤毛の髪は几帳面に切りそろえられている。そして、メガネの奥の瞳はトパーズのように青い。こちらは白人のようだ。

「沢村さん! あの人たち、外国の人じゃないんですか? どうして日本代表のトライアウトを受けられるんですかっ?」

 円が怒りまかせに抗議するが、沢村は平然としたもの。

「ロキシィ=キャンデロロ。フルネームは、ロキシィ=イケヤマ=キャンデロロ。十四歳。日仏三世で、両国の国籍を保有。ヴァーミリアン・カップのルール上、これはどちらの国から出場してもいいことになっている。もちろん、そちらの――」

「クリスティーヌ=キタガワ。日仏二世デス」

「世界ジュニアでは、三位だったな。年はキャンデロれろ……」

 噛んだ。

「……キャンデル、と同じ十四か」

 略した。

「ハイ。知っていただけて、光栄デス」

 メガネはぺこり、と頭を下げた。この少女、さっきからほとんど表情が動かない。

「それよかマユゲよォ。『なんで』とはひでー言い方じゃねーか。世界最強のライダーロキシィ様が、フランス代表の座を蹴ってだぜ、このちっこい島国を世界一にしてやろーってんだ。涙流して感謝しろよなむしろ」

「な、なんて小憎らしい……というか、またマユゲって……!」

 腹の虫がおさまらないマユゲ、もとい円。

 一方、美海は感心していた。日本チャンピオンの顔も知らなかった沢村が、彼女らに関しては驚くほどよく知っている。出場資格の有無を調べる上で当たり前のことかもしれないが、彼女らの実力と実績が飛び抜けているのは確かであるらしい。

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