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サムライ・ドルフィンズ  作者: 古池ケロ太
トライアウト
8/50

(7)

 そうこうしている間に、到着したらしい。沢村が立ち止ったのは、中庭のミニゴルフ場――正確にいえば、その脇に併設された用水路だった。横幅は四メートルほどだろうか。パイプを半分に切った形の半円状のコンクリートの内側を、澄んだ水がゆったりと流れている。

 その水面に、いくつか浮かんでいるものがあった。

「あ、なつかしー。これって……」

「そう。マギコンだ」

 儀力で動くラジコンを、マギコンという。普通は自動車型だが、これはジェットの形をしている。全長は七十センチくらいで、誰も乗れないだろうに、シートやらハンドルバーやらがついているあたり、芸が細かい。

 美海にとっては懐かしいオモチャ、というか教材だ。儀力の使い方をてっとり早く教えるため、全国どこの小学校でも体育の授業で使っている。島の学校にはクラス全員分をそろえる余裕はないので、いつも男子と取り合いになったが、それも今となってはいい思い出だ。もちろん、全部力づくで勝ち取ったからこそだが。

「まずは、そこのリモコンを取れ。自分の番号札と同じ数字が書かれているだろう」

 水路脇のカートの中には、リモコンが山と積まれてあった。黒い箱にアンテナ・レバーが一本だけの、シンプルなデザインである。

 この時点で、大半の参加者は試験の内容をおおよそ想像できたらしい。リモコンを取る手は迷いに満ちていた。

「そう構えなくていい。マギコンの性能はどれも同じだ。純粋に……」

 ヴォン、とモーター音を立てて、マギコンの群れから一艇が飛び出した。沢村が自分のリモコンに儀力を送り込んだのだ。「0」と書かれた、一艇だけ黒いそのジェットは、二十メートルほど向こうへ進んだところで鋭く旋回、受験者たちのマギコンと向かう合う形になった。

「儀力の強さだけで速度が決まる。第二次試験は、スピードテストだ」

 ここで、マギコンの操作方法と仕組みを説明する必要がある。

 と言っても、動力が儀力であること以外は、ラジコンとなんら変わらない。

 まず操縦者がリモコンに儀力を送り込む。すると内部の測定器がその強さを数値化しマギコン本体に送信。本体はそれに比例してプロペラの回転数を上げる。もちろん回転数が多いほど推進力は上がるわけで、『儀力の強さがスピードに比例する』という点も本物のジェットと同じ。欧米のライダー養成学校でも、水の特性を知るため採用されているというから、たかがオモチャとあなどってはいけない。

 沢村は0番艇の横につくと、水路の縁を皮靴でコツン、と踏みならしてみせた。

「ここをゴールラインとしよう。諸君のいるところからだと、おおよそ二十メートル。自分のマギコンを動かして、ここを通過したものが合格だ。……ただし」

 沢村のマギコンが、不吉なうなり声を上げた。

「私はそれを妨害させてもらう。制限時間は五分。以上だ」

 美海は「ふぇ~っ」と呆けたような声を出した。

「どうした、三十三番。質問か?」

「いえ、意外とまともだったからびっくりして……一次がアレだったから」

「わたしも、今度は全部脱げ、とか言われるのかと……」

「なんなら、そうしてやってもいいぞ」

「あ、いえ。やめときます」

「わたしはむしろ喜んで」

「エンちゃん……」と美海は困ったような呆れたような顔をした。

 ふと、気づく。

「ちょ、ちょっと待ってください。沢村さん、片手でやるんですよね?」

「両手は使えんからな」

 沢村は空っぽの袖をひらつかせた。美海はムムッと頬をふくらませ、

「そんなの、ハンデが大きすぎます。全員合格しちゃうじゃないですか」

 本来、このリモコンは両手用だ。片手しか使わないということは、単純に言って注ぎ込める儀力が半分になるということ。こっちが全力疾走するのに対し、向こうはケンケン歩きで勝負するようなもので、不公平というより、ナメるなという感じだった。

 だが、当の沢村は涼しい顔で口の端を上げ、

「そういう口は、まず私を抜いてからにすることだ。言っておくが――」

 そこで言葉が切れる。マギコンの集団の中から、白い航跡が猛然と飛び出した。

「余計なコト言うんじゃないよ、ガキ!」「向こうがOKってんだからOKなのさ!」

 しかも二つだ。美海のすぐ隣にいた二人組である。

「ええっ? いっぺんに行くのもアリなのぉ?」

 仰天する美海だが二人組は止まらない。そして沢村も表情を変えない。アリだ。

 「5」と「6」のナンバープレートをつけた二艇は、白波を巻き上げ、ゴールラインに迫った。沢村の0番艇はぴくりとも動かず、それを待ち受ける。

 両軍の距離が縮まり、ぶつかりそうになった瞬間だった。

 二艇はパチンコ玉が弾けるように左右に分かれた。

 沢村のマギコンはもちろん一艇しかない。両方の進路をふさぐのは無理だ。

「もらった!」

 二つに枝分かれした航跡、美海から見て右側の、5番艇がゴールに飛び込んでゆき、

「あ!」

 美海が叫んだのと、それが吹き飛んだのは、ほぼ同時だった。

 まるで瞬間移動。沢村艇がいきなり加速し、体当たりをかましたのだ。

 転覆する5番、だが驚くのはまだ早い。沢村艇はぶつかった反動を利用して逆方向に鋭くターン、向かった先はもう片方の6番艇だ。

「ひいぃっ!」

 悲鳴を上げて6が逃げる。0が追う。前者は直線、後者は曲線の軌道だから単純に言って6のほうが断然有利――のはずなのだが、0番は知るかとばかりにぐんぐん航跡を伸ばしてゆく。

 硬い衝撃音。横殴りの体当たり。用水路から弾き飛ばされた6番は、巨大な放物線を描いて空を舞い、長い滞空時間の末、ようやく五メートルも先の芝生に墜落した。

 ごろん、と無残にひっくり返る6番と、腹を見せて水路に浮く5番。

 あっという間の惨劇に、美海を含むほぼ全員が、ごくん、と唾を呑んだ。

 オモチャとはいえ、モーターやら何やらを詰め込んであるのだ、マギコンの重さは、一キロ以上ある。一体どんな速度で衝突すれば、あんな所まで吹き飛ばせるのか――。

「私はとっくにジェットを降りた身だ。しかも見ての通りの片腕……それでもこれくらいはできるということだ。言っておくが、これは自慢ではないぞ。君たちが出ようとしているのは、こういうレベルの世界だというのを知ってほしかった」

 淡々とつむぐ言葉は、それだけに重苦しいリアリティがあった。

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