(5)
「ご苦労だった。では、一次試験通過者を発表する。一番。五番。六番。十一番。二十番。二十一番。二十六番。……三十三番。以上だ」
あっという間の出来事だった。
「うへへっ、ぱんつぱんつ……ほえっ?」
アホの子になっていた美海は、数秒遅れて我に返り、
「……三十三? い、いい今、三十三番って言いました? 言いましたよねっ?」
「ああ言った。ちゃんと聞いておけ」
頭の中にお花が咲いた。一体何が良かったのかは分からないが、とにもかくにも飛び上がろうとした、そのとき。
「ちょっと待ちなさいよ!」
列の真ん中から、シャギー気味の髪を赤く染めたなんともケバい女が飛び出してきた。
「なんだ、十七番。脱落者は帰っていいぞ」
「じょっ、冗談じゃないわよ! あんな恥ずかしいマネさせておいて帰れですって? そんなんで誰が納得すると思ってんのよ!」
そこかしこから「そーよそーよ」と声が続いた。
無理もない。何しろ理由がまったく説明されていないのだ。
加えて、美海は知るよしもないが、彼女らの交通費宿泊費その他もろもろは全部自腹なのだ。東京からなら片道三時間、航空運賃五万円。そうまでして試験に臨んだというのに、ケツ見せオンリーで「ハイさようなら」では、怒らない方がおかしい。
が、沢村はまったく平然と、
「納得できるできないなど、私は知らん。敗者は去れ。以上だ」
「あ、あのねぇ~~~っ。そもそも、私を誰だと思ってるのよ! 試験官なら応募者のプロフィールくらい把握してるんでしょうね!」
「知らんな」
「芳川由美よ! 去年の全日本シリーズで優勝した! 普通、書類だけで通過でしょ!」
おおっ、と周囲から声が上がった。全日本シリーズは、アマチュア日本一を決める大会で、その優勝者ともなると実力はプロでも上位に入る。
が、沢村はびくともせず、
「過去の実績に興味はない。私が判定するのは、今現在の君たちの実力だけだ」
「だからぁ、それがどうしてお尻を見ただけで分かるっていうのよ!」
刃の瞳がすぅ、と細くなった。
「百メートルダッシュを五十本、二百から四百のインターバル走を二十本。腕立て、腹筋、スクワットをそれぞれ百回ずつ三セット。あとは軽くストレッチ。これを週に五日か。……随分と楽なトレーニングだな」
赤髪の顔が凍えついた。
「食事はハンバーガーなどジャンクフードが中心。昨日は夜十時半過ぎにクリームケーキを二個たいらげた上に、夜中の二時に就寝か。恋人と電話でもしていたか?」
図星であるらしい。青ざめる赤髪を見て、脱落者たちの間にも動揺が走る。
「儀力の強さは身体能力、とりわけ心肺機能と下半身の筋力に比例する。それを鍛えるには、一にも二にも走り込みだ。加えてバランスのいい栄養摂取と徹底的な自己管理。普段からそういう意識を強く持って生活しているか?」
「あ……う……」
「していないだろう。だから、そんなたるんだ尻になる。すなわち……」
沢村は唐突に声を荒げた。
「貴様の尻には決意がない!」
ケツだけに!
……とでも言いそうな勢いだったが、その眼はあくまで真剣だった。
「尻はライダーの命だ。意志の形があらわれる場所だ。顔だ名刺だ全人格だ! 貴様の尻は排泄すること以外何の役割も成さぬただの脂肪の塊だ! 実績の上にあぐらをかき目的意識のカケラもなくただただ時間を食い散らかすだけのメス豚の尻だ! 今すぐその醜い鳴き声を止めて養豚場へ帰れ! 豚トロ!」
赤髪はすっかり気合いを折られ、二、三歩後ろによろめいたかと思うと、
「うっ……うわああああん! 訴えてやるううううう!」
泣いて逃げた。揺れる扉を見ながら、沢村はフンと鼻を鳴らして、冷徹に一言。
「豚の起訴状を受ける国があるか」
全員が沈黙した。
「ちなみに、アレは脱落者の中では最もマシなほうだ。希望があれば、全員の食生活私生活血液型学歴男女関係その他すべてを言い並べてもいいが……異議は?」
あるわけがない。脱落者たちは、火事場から逃げるごとく部屋を飛び出していった。
すっかり広くなったフロアに、空しく埃が舞った。
そろそろと、自信なさげに手を挙げたのは、美海だった。
「あの~。沢村、さん?」
「なんだ。言い並べて欲しいか?」
「い、いえ、それはちょっと。……実はあたしも、そんな褒められた生活してないんですけど……昨日の夜はアイス食べちゃったし、お菓子大好きだし。トレーニングとかも、やり方がよく分からなくて」
父がライダーだとはいえ、練習方法まで教えてもらったわけではない。とりあえず、がむしゃらにイルカを飛ばすことくらいしか知らない美海である。
「正直だな。三十三番」
沢村は形のいい唇を少しだけ吊り上げた。……笑った、のだろうか。
「ところで、アレは普段から使っているのか?」
アゴで指した先には、大人一人が入りそうな巨大おかもちがある。
「え? ……あ、はい。子供のころから出前で。特に伊良部の……あ、すぐ隣の伊良部島っていう島からも注文がくるんで、何軒かの分をいっぺんにジェットで持って行けるように、そういう大きいのを……って、沢村さん?」
沢村は、ずい、と美海に近づき、
「ひゃうっ?」
つるんと尻を撫でた。
「いい尻だ」
ワケがわからず呆然とする美海を置いて、沢村は扉の方へと歩いていった。
「二次試験は中庭で行う。ついて来い」