(15)
「おい、平良、キャンデル。やっぱり私は降りるぞ」
「ダメですってー。三人そろわなきゃカッコつかないでしょー?」
「しかしだな、こういうのはやはり選手の役目であって……」
「エンちゃんはダメだってお医者さんが言ってるんだから、仕方ないじゃないですか」
「だったら、キタガワが代わりに乗ればいいだろう」
「クリスもおめーに出てほしい、つってんだよ。往生際わりーなー、もう」
「何だ貴様その言い草は。私は常識としての問題をだな……」
「Are you ready?」
「あ、はいはい、レディレディ、係員さん! アイムファイングッドグッドさぁ!」
「あっ、こら! 平良、お前コーチを無視して……!」
【会場の皆様、お待たせいたしました! ファーストブイ付近にご注目ください!】
実況がそうアナウンスする前から、スタンドはもう総立ちだった。
【見事、優勝を果たした日本チームによる………………ウイニング・ランです!】
砂浜から三本の航跡が伸びる。スタンドから津波のような歓声が追いかけてきた。
超満員のゴールデンビーチの前を、三艇のジェット――エンジン駆動のランナバウトが横切ってゆく。トロフィーを抱えた美海、優勝旗を振りかざすロキシィ、そしてスーツの上を円のライフジャケットに着替えた沢村だ。
「さんきゅー! さんきゅーべらまっちょ!」「拍手が小せぇ! もっと称えろー!」
美海はとロキシィは満面の笑顔で腕を振り振り、歓呼に応える。
その二人に挟まれて、沢村はといえば、どえらい仏頂面だった。
「こんな場所に、コーチが主役面で出てくるなど……恥さらしもいいところだ」
「まーだそんなこと言ってるぅ。あっ、ほらあそこ! エンちゃん!」
ビーチに目を移すと、パラソルの下、車いすから手を振る円の姿が見えた。どうにか容体が安定したため、一時的に病院から出てくることを許されたのだ。
周囲は握手を求める人がわんさか。なにしろ大会史上に残る大逆転劇の立役者である。
「おーおー、すげー人気。芸能人かっつーの」
「だーる、だーる。クリスちゃんはマネージャーみたいだねぇ」
体のことを心配してか、クリスは窓からの周りから人を追っ払うのに大忙しだ。
美海は、細めた瞳を総立ちの大観衆に、次いで、遠い水平線へめぐらせた。
拍手は高らかに、海はあざやかに照り映えていた。
(見える? お父さん。やっと来たよ……)
世界一の拍手だ。世界一の海だ。父と沢村が追い続けた、夢の終着点だ。
「あ。そうだそうだ、沢村さん!」
「……何だ」
いまだむっつり顔の沢村に向かい、ズイと突き出したものは、他でもない、大会の象徴・三女神のトロフィーだった。
ニカーッ! と白い歯を見せる美海に、むっつり顔がきょとん顔に変わる。
――一度でいい。あの杯を抱きしめてみたい。
沢村は、そこでようやくあきらめたように頬を緩めた。
「そんなものより、お前たちのほうを抱きしめてやりたいよ」
「……ロロちゃん。これってツンデレ?」「ツンデレだな。萌えねーけど」
「ああもう、やかましい! いいからよこせ!」
片腕を差し出す沢村。シートから体を伸ばす美海。
師弟の間に、今、ゆっくりと、約束のかけ橋が――
「のわあっ?」
水柱が上がった。
美海がトロフィーの予想以上の重みにバランスをくずし、落水したのである。
「な、なんだ? 誰か落ちたぞ――!」「何やってんだこんなときに――!」
大騒ぎのビーチ。ブクブクと上がる水泡の中から、美海が顔を突き出し、
「ぷはあっ! あー、びっくりしたぁ!」
「平良……トロフィーはどこへやった?」
青い顔の沢村に、手ぶらの美海は「はて?」と水面を見渡し、次いでブクブクと水の底へ潜ってゆくトロフィー(純金製)に目をこらし、
「沈みました」
鉄拳が炸裂した。
「取ってこい! 貴様、アレがどんなに大事なものか分かっているのか!」
「ええ~? だってさっき、トロフィーよりあたしのほうが大事だって」
「あんなもの、勢いで言ったに決まってるだろうが!」
「ええーっ!」
事態の深刻さに気づいたか、沖から浜から、係員のジェットが飛んできた。
沢村は怒りに震え、ビーチに響き渡る声で叫んだ。
「こ、の……くそたわけ――――!」