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サムライ・ドルフィンズ  作者: 古池ケロ太
ヴァーミリアン・カップ
49/50

(15)

「おい、平良、キャンデル。やっぱり私は降りるぞ」

「ダメですってー。三人そろわなきゃカッコつかないでしょー?」

「しかしだな、こういうのはやはり選手の役目であって……」

「エンちゃんはダメだってお医者さんが言ってるんだから、仕方ないじゃないですか」

「だったら、キタガワが代わりに乗ればいいだろう」

「クリスもおめーに出てほしい、つってんだよ。往生際わりーなー、もう」

「何だ貴様その言い草は。私は常識としての問題をだな……」

「Are you ready?」

「あ、はいはい、レディレディ、係員さん! アイムファイングッドグッドさぁ!」 

「あっ、こら! 平良、お前コーチを無視して……!」



【会場の皆様、お待たせいたしました! ファーストブイ付近にご注目ください!】

 実況がそうアナウンスする前から、スタンドはもう総立ちだった。

【見事、優勝を果たした日本チームによる………………ウイニング・ランです!】

 砂浜から三本の航跡が伸びる。スタンドから津波のような歓声が追いかけてきた。

 超満員のゴールデンビーチの前を、三艇のジェット――エンジン駆動のランナバウトが横切ってゆく。トロフィーを抱えた美海、優勝旗を振りかざすロキシィ、そしてスーツの上を円のライフジャケットに着替えた沢村だ。

「さんきゅー! さんきゅーべらまっちょ!」「拍手が小せぇ! もっと称えろー!」

 美海はとロキシィは満面の笑顔で腕を振り振り、歓呼に応える。

 その二人に挟まれて、沢村はといえば、どえらい仏頂面だった。

「こんな場所に、コーチが主役面で出てくるなど……恥さらしもいいところだ」

「まーだそんなこと言ってるぅ。あっ、ほらあそこ! エンちゃん!」

 ビーチに目を移すと、パラソルの下、車いすから手を振る円の姿が見えた。どうにか容体が安定したため、一時的に病院から出てくることを許されたのだ。

 周囲は握手を求める人がわんさか。なにしろ大会史上に残る大逆転劇の立役者である。

「おーおー、すげー人気。芸能人かっつーの」

「だーる、だーる。クリスちゃんはマネージャーみたいだねぇ」

 体のことを心配してか、クリスは窓からの周りから人を追っ払うのに大忙しだ。

 美海は、細めた瞳を総立ちの大観衆に、次いで、遠い水平線へめぐらせた。

 拍手は高らかに、海はあざやかに照り映えていた。

(見える? お父さん。やっと来たよ……)

 世界一の拍手だ。世界一の海だ。父と沢村が追い続けた、夢の終着点だ。

「あ。そうだそうだ、沢村さん!」

「……何だ」

 いまだむっつり顔の沢村に向かい、ズイと突き出したものは、他でもない、大会の象徴・三女神のトロフィーだった。

 ニカーッ! と白い歯を見せる美海に、むっつり顔がきょとん顔に変わる。

 ――一度でいい。あの杯を抱きしめてみたい。

 沢村は、そこでようやくあきらめたように頬を緩めた。

「そんなものより、お前たちのほうを抱きしめてやりたいよ」

「……ロロちゃん。これってツンデレ?」「ツンデレだな。萌えねーけど」

「ああもう、やかましい! いいからよこせ!」

 片腕を差し出す沢村。シートから体を伸ばす美海。

 師弟の間に、今、ゆっくりと、約束のかけ橋が――

「のわあっ?」

 水柱が上がった。

 美海がトロフィーの予想以上の重みにバランスをくずし、落水したのである。

「な、なんだ? 誰か落ちたぞ――!」「何やってんだこんなときに――!」

 大騒ぎのビーチ。ブクブクと上がる水泡の中から、美海が顔を突き出し、

「ぷはあっ! あー、びっくりしたぁ!」

「平良……トロフィーはどこへやった?」

 青い顔の沢村に、手ぶらの美海は「はて?」と水面を見渡し、次いでブクブクと水の底へ潜ってゆくトロフィー(純金製)に目をこらし、

「沈みました」

 鉄拳が炸裂した。

「取ってこい! 貴様、アレがどんなに大事なものか分かっているのか!」

「ええ~? だってさっき、トロフィーよりあたしのほうが大事だって」

「あんなもの、勢いで言ったに決まってるだろうが!」

「ええーっ!」

 事態の深刻さに気づいたか、沖から浜から、係員のジェットが飛んできた。

 沢村は怒りに震え、ビーチに響き渡る声で叫んだ。

「こ、の……くそたわけ――――!」

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