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サムライ・ドルフィンズ  作者: 古池ケロ太
ヴァーミリアン・カップ
43/50

(9)

【今、セットアッパーからアンカーへとバトンが渡った! 最初に飛び出したのはフランス艇! そして!】

 アンカーたちの列から、青いジェットが弾け出た。

【日本艇だ! 青い弾丸が赤い矢を猛追! そしてそれに続くのが――】

 続くのが。

【……ないッ! 後続艇が見えないッ!】

 三番手のセットアッパーは、まだはるか十艇身以上も後方だ。居並ぶアンカーたちは、先行した二艇を見送るほかない。すなわち――

【一騎打ちッ! 一騎打ちだァ! 第十四回ヴァーミリアン・カップ、神はクライマックスの演者にこの二人を選び給うた! フランス・シャルロット=ギャバン! そして、日本・ミミ=タイラ! 残り三キロ、四分の一周の試練を乗り越え賜杯を手にするのは、一体どちらだァ―――――――――――――――――――!】

「いけぇ――――!」「GO! JAPAN!」「Vas―y! FRANCE!」

 沸き上がる歓声、振り上げられる腕。もう島中が総立ちだ。

 父の形見のゴーグルの中。美海の目は、きっかりと前を見据えている。

 迷い、戸惑い、怖れ。全てを瞳の炎の中で燃やし去って。

(分かりました、沢村さん――)

 勝ちたいというのは、こういうことなのだ。負けられないとは、こんな気持ちなのだ。

 今、二人の走りを目の前で見せられて、ようやく分かった。

 ロキシィは世界チャンピオンを追い詰めた。円は命をかけて絶望を希望に変えた。

 そんなすごい二人がつないだバトンが、今、自分の元にある。

 ――さぁ、どうする。

 どうするんだ、平良美海。

 また目を逸らすのか。ロキシィが倒れたときのように。円が苦しんでいたときのように。そして、クリスがバトンを渡してくれたときのように、うつむいて黙ってるのか。

(違う!)

 絶対に違う。

 もう、うつむくものか。二度とあきらめるものか。

 やるべきことはただひとつ。今、この心が叫ぶことは、ただひとつ!

「ここで燃えなきゃ、女じゃない!」



 海の色が変わり始めた。濃紺から薄い水色へ――浅瀬が近づいている証拠だ。

【さぁ、まずはラストフェイズ最初の関門! 『チェックメイト』が見えてきた!】

 海上にチェスの駒が立ち並んでいる。

 いや、そう見えたのは実は切り立った岩石だ。高さ一メートルから五メートルまで、さまざまな高さと形の奇岩群が、押し合うように林立している。その雑然とした様子は、たしかに王手をかけた場面のチェスボードを思わせる。

【百メートル以上にも渡って続くこの天然の海上迷路、岩と岩の間隔は狭いところでジェット一艇分しかありません! しかも立ち並ぶ岩で先はほとんど見えず! 究極のテクニックが試される神の遊戯場、生き残るのは果たしてどちらだ!】

 巨大なチェスボードへと、二艇はほぼ同時に突っ込んだ。ゴールデンビーチのディスプレイに上空からのヘリの映像が映し出され、観客の目がそろって釘付けになった。

「お、おい……」「ああっ……」「これ、は……」「す……」

 その先にあるのは、美海だ。

【すごい! 日本艇タイラ、神がかり的なターニングで次々と岩をすり抜ける! めまぐるしく脚を動かして、まるでスキーのモーグルのようだ!】

 サイドバンパーが岩に削られる。曲げたヒジの先に岩壁がカスる。それでも、美海はまるで臆することなく、流れる水のように岩間をすり抜けてゆく。

 シャルロットとて決して遅いわけではない。切り返しの鋭さ、加速と減速の切り替え、どれをとっても並以上だ。

 それでも、今の美海の前にはかすんで見える。別々のルートを通っているから判別しにくいが、二艇の差はもう半艇身以下だ。

 沢村の手にハンカチを巻いてやりながら、クリスは信じられないという顔だった。

「アレは……本当にミミなの?」

 テクニックがあるのは分かっていた。だが、これほど神がかったライドは、この五ヶ月、一度も見たことがない。

「あいつはもともとマイペースな上に、勝利への執着に欠けるところがあったからな。何かのきっかけがないと、『一生懸命頑張る』以上の所にたどり着けなかった」

「それが、マドカたちの走りで……?」

「そうだ。火がついた。いわばリミットが外れた状態だ」

 沢村は分割画面の端に目をやった。バトンエリアでは、ようやくバトンを渡し終えた他国のセットアッパーたちが、心配そうな顔で一つの艇の周りに集まっている。その中心に、ぐったりとデッキに倒れこむ一人のライダー――円だ。

「大丈夫デス、コーチ。救護艇が……」「分かっている」

 今すぐ飛んでいきたい、そばについてやりたい。だが、今自分が成すべきことは、他にある。きっと円も、それを望んでいる。だから――

「終わったわね」

 フランス語。

 振り返った先の、思いもかけない人物に、沢村は目を見開いた。

「あン、そんなに驚くことないじゃない。走り終わって、すぐに車を出してもらえば、あっという間よ」

 シベリウスはウェットスーツの肩からバスタオルを下ろし、可笑しそうに言った。

「……何しに来た、アンネット。ライダーが他チームの人間と接触するのは違反だぞ」

「堅いこと言わないでよ。もう私はライダーじゃないんだし」

「何?」

 眉をひそめる沢村。シベリウスは一房だけ長い前髪を指で搾った。海水が滴った。

「引退するの。それを真っ先に貴方に伝えたくてね」

 ハンマーで殴られたかと思った。

「冗談、だろう……」

「だといいのだけど。医者に宣告されたわ。……皮膚ガンですって」

 再びの衝撃。強い日光にさらされ続けるライダーにとって、それは半ば宿命づけられた病である。だが、まさか彼女が――。

 シベリウスは、不意に視線の先を変えた。

「たしか、クリスティーヌ=キタガワだったわね。ロキシィ=キャンデロロの友人の」

 突然水を向けられ、クリスはぎょっと目をむく。

「貴方の友人は、私の好き嫌いでフランス代表から外された、と思っているらしいわね」

「ち………………違うん、デスか?」

「少しねじ曲がって伝わってるわ。たしかに、選考に口を出したのは、私。だけど、ロキシィに不満があったわけじゃないわ」

 聞き捨てならない言葉である。が、クリスにしてみれば、相手は神にも等しい存在だだ。問い正すこともできず、ひたすらに言葉を待つしかない。

 氷后の白い指が、ゆっくりとスクリーンに向かった。

 赤いジェットを駆るのは、銀発の少女・シャルロットだ。

「あの子を出させるためよ」

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