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サムライ・ドルフィンズ  作者: 古池ケロ太
ヴァーミリア島
32/50

(2)

 ウェイトと言っても、時は待たない。あっという間に日は流れ――

「うわーっ! ロロちゃん、これ、めっちゃおいしい! めっちゃおいしい!」

 バカでかい皿に山と料理を積んで、美海はご満悦だ。

 アイロンとワックスで跳ね髪を抑え、銀のカチューシャで可愛くデコレーション。エメラルドグリーンのドレスからは、しなやかな肩や二の腕がのぞき、ちょっとすればいいトコのお嬢様に見える――七面鳥の丸焼きにかじりついていなければ、の話だが。

「めっちゃおいしいはいいけどよ、服汚すんじゃねーぞ。借りモンなんだから」

 掃除機のごとくメシをかきこむ美海を、あきれ顔で見つめるのはロキシィ。こちらはベージュの袖なしワンピースに、すとんと髪を下ろし、大きなリボンをつけている。

「それよりお前、もう体調は大丈夫なんだろな? あと時差ボケと」

「あったり前でしょ。こっち来てからもう二週間だよぉ。さんざん本番のコースも走ったし、恐いものなし!」

「おーおー、威勢のいいこった。その調子が明日まで続きゃあいいけどな」

 夕刻から始まった前夜祭は、宴もたけなわである。

 ホテル・ヴァーミリアンの大ホールを貸し切って行われる、シッティング・ビュッフェ。各国の選手とコーチが、それぞれに用意された丸テーブルを囲んでいる。キンキラキンのシャンデリアの下、女傑たちがパーティドレスに着飾ったさまは、決戦前夜とは思えぬ華やかさだ。

 ホール中央の長テーブルには、目移りしそうな料理がテンコ盛りの盛りだくさん。サーモンのムニエル、甘鯛のポワレ、鱈の白ワイン蒸し、伊勢海老のテルミドール……これらが食い放題とあれば、宮古島のブラックホールこと美海が黙っているわけはない。

「平良、あまり詰め込むなよ。レースに障るぞ」

 ロキシィの横、ワインレッドの光沢もなまめかしいチャイナドレスの美女は、もちろん沢村だ。右の半袖がぺたんと畳まれているのは痛々しいが、横を通るスタッフの男たちの視線は、そこよりもスリットからのぞく生脚にばかり向いている。

「えーっ、でもロロちゃんは食べてますよぉ」

「こいつはいい。むしろ食ってもらわんと困る。まだ制限体重に達していないからな」

「制限体重?」

「女子ライダーは体重が四十四キロ以上なければいけない、って決められてるんデスよ」

 黒のアオザイをシックに着こなしたクリスが解説を入れるのに、美海はびっくり仰天、

「えっ、ウソ! 何で?」

「過剰な減量を防ぐためデス。体重が少しでも軽いほうが有利デスからね。昔は針金のようになるまで痩せて、体を壊す人がたくさんいたそうデス」

「お前たちは問題ないが、キャンデルは今、四十三キロだ。このままだと明日は一キロの重しをつけて走らねばならん」

「しつれーな。四十二キロだよ」

「くそたわけ、余計に悪い。前々から気をつけろと言ってあったのに、結局このざまだ。ほら、もう一皿分ばかりもらってこい」

「えーっ、もー食えねーって!」

 さっきからさんざん詰め込まれて、ロキシィはいい加減うんざりしていた。

「いいから行け。暴飲暴食はいかんが、少しでも血肉を増やしておくんだ」

 ぶーたれながら、ロキシィは中央テーブルに向かった。

 入れ違いに、円が戻ってくる。純白のドレスは、スタイルの良さが際立つマーメイドタイプだ。髪は後ろで丸くまとめ、耳には白バラのリボン。お嬢様の面目躍如である。

「はい、どうぞ。沢村さん。クレソンサラダです」

「すまんな。お前は炭水化物をよく摂っておけよ。セカンドフェイズはスタミナが命だ」

「……」

「速水?」

「え、あっ、は、はい! 大丈夫です! 素敵なラインですねっ!」

「……何を言ってるんだ、お前は?」

「ダメだよ、エンちゃん。沢村さんの脚ばっかり見てちゃ」

「な、なんてことを! そんなところ見てません! 見てるのは肩甲骨ですっ!」

「マドカ。マニアック過ぎデス」

「通と言ってください、通と!」

 ボケたりツッコんだり、やいのやいのと大騒ぎの少女たち。緊張感のカケラも見られないその様子に、沢村は深くため息をついた。

 ――こんなので、明日、勝てるのか?



「あらぁ? 今日はピアノの発表会だったかしら?」

 イヤミったらしい声に、ロキシィは顔を上げた。

 中央テーブル、料理皿をはさんだ向かい側に、見知った顔があった。

「おひさしぶりねぇ、ロキシィ? そのドレス、似合っていてよ。お子様らしくて」

「ジュリエット……」

 胸クソ悪いヤツに会ってしまった。ロキシィは無視して大皿にフォークを伸ばした。

 ジュリエットのフォークが、同じところに突き刺さった。

 鳥の唐揚げ。最後の一個。にらみ合う二人。

「……制限体重超えてんだろ? 遠慮しとけよ、デブ」

「そちらこそ顔が脂ぎってますわよ。脂肪のとりすぎじゃありませんこと?」

「ケッ。唐揚げ一つでグダグダぬかしやがって……案外セコいヤローだな、てめーは」

 力を込めてにらみつけてやる。だが、今日のジュリエットは妙に余裕があった。

「ねぇ、ロキシィ。何か気づきませんこと?」

「あん?」

「このホールの、テーブルの並び順。一体どうやって決めたと思う?」

 何が言いたいのか分からず、ロキシィは眉をひそめた。

「どうやってもクソも、ホテル側が適当にだろ」

「お・バ・カ・さん。そんなだからお子様だって言うんですのよ」

「へぇ……褒めてやんぜ。上手くなったじゃねーか、ケンカの売り方がよ」

「そう吠えずに、よくごらんなさいな。ホールの奥の方に行くほど、テーブルの周りに人が集まっているでしょう?」

 確かに、奥のテーブル周辺は人口密度が高い。一方、出入口近くは閑散としている。

「だから何なんだっつんだ?」

「あの人ゴミはね、選手に取材をする記者たちですの。つまり、にぎわっているところほど、注目されているチームというわけ」

 奥の方を今一度見れば、なるほど、フランス、アメリカ、オーストラリア……強豪と目されるチームばかりである。

 大体何が言いたいのかは分かってきたが、ムカつくのでしらばっくれてやる。

「で?」

「で。このホールには、出入口が一か所しかありませんの。だから出入りの邪魔にならないよう、人が多くなるであろうテーブルほど、奥のほうに置かれる……おわかり? この席次はね、そのまま各チームの世界ランキングになっているんですのよ。ところで……あらぁ? 貴方たちのテーブルはどこにあるのかしらぁ?」

 ロキシィはむっつりとして答えない。ジュリエットはわざとらしく、ホールをながめ回した。日本のテーブルは、出入口の目と鼻の先だ。

「オーッホッホッホ! 思い知ったでしょう? それが貴方たちのポジション、すなわち世界のドンケツ野郎!ざまぁみさらせコンチキチンですわぁ、オーッホッホッホ!」

「くっだらねぇ」と、ロキシィは唐揚げを引き寄せた。

「要は、席順を決めたホテルマンの目が腐ってるって話だろ。いいからよこせよボケ」

 ジュリエットは唐揚げを引っぱり返した。紫の瞳には、なお侮蔑の色が宿っている。

「まぁ大変。それじゃ貴方は、『あの方』の目も腐っているとおっしゃるのかしら?」

 そこで初めて、ロキシィの顔色が変わった。ジュリエットは笑みを深めた。

「貴方がフランス代表に入れなかった『本当』の理由……知りたいでしょう?」

 喰いついたことを、悟られてはならない。

「は……はは。……理由だぁ? ……そんなモン、」 

「肌の色。加えて、わたくしとシャルロットが出場すれば、姉妹での出場ということで、話題性も抜群になるから、という選考委員会の計算……そう思っているのでしょう?」

 違うってのかよ。

 そう声を発しようとしたが、できなかった。喉は凍りついていた。

 ジュリエットはじらすように、長くゆっくりと微笑んだ。

 無限のような時間のあと、発した言葉はロキシィに衝撃を与えた。

「『氷后』の意見ですわ。貴方とはチームメイトにはなりたくない、と」

 目の前に、ヒビが入ったようだった。

「ふふっ、なにしろジェット界の至宝の言うことですものねぇ。選考委員もまさかノンとは言えないでしょう」

「でっ……デタラメを……!」

「あら心外。これは氷后本人から聞いた話ですのよ。なにせチームメイト、ですもの」

 ジュリエットの声に宿る自信は、とうていウソとは思えない。

「だ、だけど、だとしても! なんで、オレがそんなコト言われなきゃなんねーんだ!氷后とは、一緒に走ったことも、しゃべったこともねーんだぞ!」

「でも、向こうは見ている。貴方のライド……いえ、貴方の肌の色をね」

 足元の感覚が消え失せた。

「オーホホホホ! 怒らないでくださいましよ? わたくしだって、貴方の手が触れたバトンなど受けたくないですもの! ああでも、むしろうらやましいですわぁ。世界一のライダーに嫌われるなんて、かえって自慢になりますわよ? オーッホッホッホ!」

 その甲高い声も、もうロキシィの耳には届かない。

 同じ国の英雄として、そしていずれ倒すべき目標として、世界でただ一人尊敬の念を向けていた相手である。選考委員の老害どもに否定されるのとはワケが違う。

 全世界から切り離された気分だった。

 と、そのとき、ホールの入口からどよめきが上がった。二人は顔を向けた。

「いらしたようですわよ」


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