(3)
「最近、すごい根詰めてるよね。クリスちゃん」
商店街の一角にあるハンバーガー屋。丸テーブルを囲んで、美海たち三人は制服姿。足元のカバンには、大急ぎで調達してきた誕生日プレゼントが入っている。
「あまり疲れを溜めてもよくないんですけどねぇ、ロロさん。……ロロさん?」
「……ん? あ、ああ、そーだな」
ロキシィの視線は銀河の果てに飛んでいた。ポテトが口からはみ出ている。
「どしたの、ぼーっとして。クリスちゃんのが伝染った?」
「なんでもねーよ。まぁ……本番まで一か月ちょいだしな。気合い入ってんだろ」
「でも限度というものがありますし……」
「好きにさせてやれよ。あんまり言うと泣くぜ、アイツ」
「クリスちゃんが泣くわけないでしょ」
美海が何言ってんだとばかりに言うと、ロキシィは「分かってねぇなぁ」という顔で、
「アイツの昔のアダ名教えてやろーか? 泣き虫クリスっつーんだぜ」
美海と円は顔を見合わせ、考えるまでもなく二人同時に、
「うっそだぁー」「またまた冗談を」
「マジだって。アイツとは小学生からの付き合いだけど、とにかく涙腺緩くてよ。ちょいとコヅかれただけでびーびー泣くんだ。今でこそあんなすました顔してっけど、いつ爆発するかわかんねーぞ。だからそっとしとけ」
へぇ~、といまいち納得しかねつつ、美海は不思議に思った。
ロキシィとクリス、この二人の関係はどうにも読めない。自由奔放なロキシィを四角四面のクリスがいさめるのが普段の光景だが、今のようにふとロキシィが保護者ぶることもある。
「……ね。ロロちゃんとクリスちゃんて、どうやって友達になったの?」
「あー? ンだよいきなり」
「あ、それ、わたしも興味ありますね」
「マユゲまで……あーダメダメ教えねー。なんでおめーらなんかにプライベートの話を」
「いいじゃーん。ねーねー」「いいじゃないですかー。ねーねー」
左右からツインテールを引っ張り、ビヨンビヨンと揺らす二人。ロキシィは「T」の字で両手を突っ張り、「わーったわーった」と降参の声を上げた。
ったくよー、と髪を整え、ワクワクと話を待つ二人に向かい、いきなり一言。
「オレらはな、イジメられっ子だったんだよ」
へ、と二人の笑顔が凍りついた。
「ホラ、そういう顔になるだろ? だから言いたくなかったんだよ」
「えーと……け、けっこう重い話?」
知らず古傷をえぐるようなマネをしてしまったのだろうか。冷や汗の美海に、
「いいって、もうこうなったら全部ゲロすっから。……アイツとは、小学校で一緒でよ。お互いよそ者同士だったんだ。クリスは日仏ハーフだし、オレはその上アルジェリア系。周りの練習からすりゃあ、格好の標的ってヤツよ」
「アル……何の血?」
「アルジェリア。アフリカの国。一時期フランスの領土だったトコでな、その関係でフランス国内にゃ移民が多いんだ。オレの肌の色は、じーさんの血だ」
と、褐色の腕をさすってみせるロキシィ。
「あ、そうだったんだ。何でフランス人なのにって思ってた……」
美海のぼんやりした返答に、
「おめー、分かってねーだろ」
「う、うん。それがどう関係あるのかな、って」
「ったくシアワセだよな、この国の連中は」
ロキシィの声には満タンの侮蔑と、微粒子のようなうらやましさが混じっている。
「移民ってのは、嫌われ者なんだよ。肌が違う、顔が違う、文化が違う、ヘタすりゃ言葉も違う。町でも村でものけ者にされて、仕事にありつけねーから、犯罪に手ェ染めるのが多くなって、さらに嫌われるっつー悪循環」
「でも、ロロちゃん本人が悪いことしたわけじゃないんでしょ?」
「あたりめーだろ」
その一瞬だけ、ロキシィの目が鋭くなったのを美海は見逃さなかった。淡々とした口ぶりは、それだけ深い傷を隠すための鎧なのかもしれない。
「……けどな、連中にゃそんなリクツは通じねーんだよ。肌の色が違う人間は、ただそれだけで、そういう一つの生き物にされるんだ。アリンコに個の区別が無いみてーに」
「……」
「もちろんオレはやられっぱなしじゃなかったぜ? けど、クリスはなぁ……初めて会ったときも、校舎のウラでうんこ座りして泣いてたっけ」
ちゅー、とストローでオレンジジュースをすすり、
「で、あんまりアワレなんで声かけてやったんだわ。気持ちは分かるぞ、オレも同じ立場だからな、みてーな。そしたらアイツ、なんつったと思う?」
「なんて言ったの?」
「『同じじゃない。ワタシはフランスの血が二分の一流れてるけど、アナタは四分の一しか流れてない。だからワタシのほうが偉い』ってよ」
うわぁ、と顔を引きつらせる二人。
「な、ムカつくだろ? オレも一瞬ブン殴ってやろうかと思ったよ。けどさ、それとはまた別に思ったんだ。泣きながらでもそんなこと言えるなんて、こいつ案外根性あんじゃねーか、頑張りゃそれなりになんじゃねーのかって。で、まぁ、そっからだな。どこ行くにもアイツのこと引きずり回すようになったのは。イジメ野郎に二人で水ブッかけたり、二人で毛虫降りかけたり、二人で髪の毛に火ィつけたり」
「そ、それ、共犯にしてるだけじゃないですか?」
「同志って言え、同志って。アイツはイヤがってた気もするけど」
「やっぱり……」
美海の脳裏に、腰の引けたクリスを屋上へと引きずるロキシィの姿が浮かんだ。バケツを持たせ、イジメっ子が通りかかった瞬間に、中身をブチまける。轟く悲鳴、高笑いを残して一人で逃げるロキシィ、それを涙目で追いかけるクリス――。
「? 何一人でニヤニヤしてんだ、モーコ」
「んーん。想像したらおかしくてさぁ、えへへっ」
「んだよ、気持ちわりーな。……ま、そうこうしてるうちに、アイツもだんだん泣かなくなってな。ジェットをやるようになったのも、オレの真似して、みてーなもんだ」
「ロロちゃんが教えてあげたの?」
「まぁ、一応な。アイツ才能ねーからよ、どんだけ練習付きあってやったか……」
「面倒見がいいんですねぇ、ロロさんて」
「! カ、カン違いしないでよ! 仕方なくなんだからねっ、仕方なく!」
「ロロちゃん、ツンデレ出てるツンデレ」
バイトのときの習性がまだ抜けてないらしい。このままツンデレが彼女の人格の一要素になったりしたら面白いが、今とたいして変わらないような気もちょっとだけする。
「よーしっ!」
「うおおいっ! いきなり立ち上がんなよモーコ! パンツ見えたぞ!」
「あたし、今から練習行ってくる!」
「は?」
「今の話聞いたら、体うずいちゃった! クリスちゃんだって頑張ってんだもん、あたしだって負けてらんない!」
おりゃー! と風巻いて飛び出してゆく美海。ロキシィと円は顔を見合わせ、
「ほんっと、その場の勢いだよな、アイツは……」
同時に苦笑した。
「ミィさんなりに感動したんですよ、きっと。それに最近、本当に上手になってきてますし、ジェットに乗るのが楽しくて仕方ないんじゃないですか」
ロキシィはポテトを一つまみした。ぽつりと漏らした言葉は、小さすぎて円には聞こえなかった。
「そーだな……上手くなってるよな……」