(5)
『ツンデレそば屋、宮古島で話題沸騰』
「ついにそば屋にもツンデレの波が? 宮古島のそば店『ふぁいみーる』で斬新なサービスが話題を呼んでいる。店に入った途端、店員がつっけんどんな態度で接客。客が落ち込んだところで、不意に優しく接するというもの。インターネットでの書き込みから火がつき、本土からも人が殺到するという事態に、店主の平良正子さん(39)も嬉しさ半分、戸惑い半分といった具合だ」
地元新聞にデカデカと載ったその記事を読み上げ、円は激しく首をひねった。
「何やってるんでしょうか、あの人は……」
「ロロのことデスから、天然でやったのがねじ曲がって伝わってるんデショう。世の中、どう転がるかわかりマセんネ」
「人様の家に転がり込んだだけでは気が済まんのか、あのくそたわけ」
三人は練習後の駐車場でため息を合わせた。
ロキシィが練習に来なくなってから、もう一週間が経つ。その間アパートには一度も戻っておらず、学校でクリスが戻るように言ってもどこ吹く風とのこと。
「そう言えば、ミィさんもここのところお顔を見せてませんね」
「ロロのお守りで手がいっぱいなんデショう」
「まったく……。すまんが速水。この後、迎えに行ってやってくれないか」
沢村の頼みに、円は真っ赤になって伸びあがった。
「あっ、は、はいっ! 沢村さんのためなら、よろこんでっ!」
というわけで、陽もすっかり暮れた午後六時半。
「ええと、たしかここで合ってますよね……」
『宮古そば ふぁいみーる』と素朴な筆文字で書かれた看板の下、ちょっとした歴史を感じさせる古い木戸をそっと開く。途端、円はその場に立ちすくんだ。
「な、なんですか、これ……?」
店内はオタクの巣窟だった。
太いのから細いのまで、よりどりみどりのオタクオタクオタク。その全員が、この暑い中汗みどろになりながら、そばをかっこんでいる。一種異様な風景であった。
「ちょっとぉ、そこの。突っ立ってると邪魔だから、早く入ってくんない?」
「は、はいっ、ごめんなさいっ! ……え、あれ?」
思わず飛びのいてから、円はハタとそちらを見た。声の主はまさしく目的の人物だ。
「ロロさん……?」
「お? なんだよ、マユゲじゃねーか。何しに来たんだ、おめー」
「ロロさんこそ、何してるんですか、そんな格好で……?」
黒いブラウスの上に白のフリフリエプロンドレス、リボンのついたカチューシャ。
問答無用のメイド衣装だった。
「へっへ、いいだろコレ。通販で買ったんだぜ」
「いや、いいだろって……だからどうしてそんな恰好を?」
と、そこへ、勘定を終えた男性客が通り過ぎざま、
「ロキシィちゃん、ごちそうさま~」
するとどうだろう。ロキシィは突如顔を赤らめてそっぽを向き、
「い、いいから早く帰りなさいよっ。また来てなんて……思ってないんだからねっ!」
うっひょ~、と大喜びの様子で店を出て行く客。ぽかーんと口を開け放す円。そして、手を叩いて大笑いするロキシィ。
「テャハハハ、どうよマユゲ? オレのアカデミー賞モンの接客は? さっきのヤツなんか一日五回もそば食ってやんの、たまんねー!」
どうやら男を手玉にとる味をしめてしまったらしい。
円は滝の汗を流しつつ、おずおずと尋ねた。
「ロロさん……ちゃんと自主練、してます?」
「自主練? あー、そういやここに来てからしてねーな」
「してないっ? 一週間ずっとですかっ?」
「バイトのほうに夢中でよ。他人って、ヘコますよりダマすほうがおもしれーんだな」
「まちがってます、人として完全に間違ってます、それ!」
十四歳にしてマズい方向に進んでいる。ライダーとしてというより、人生の先輩としてどうにかしなければならないと円は思った。
「そ、そうだ、ミィさんは? ミィさんはどこにいるんです?」
「んー? 誰か呼んだー?」
「あっ、ミィさん! ロロさんをカタギに戻し……イヤァァァァァ!」
悲鳴を上げる円の前に、ゴスロリファッションの美海があらわれた。
真っ赤なドレスの前を紐で縛り、ミニスカートはフリッフリ。国旗のように長ったらしい袖をぶら下げた、気合満点の出で立ちである。
「ふー。この服、あっつい」
「当たり前ですよ! 何やってるんですかミィさんまで!」
「いやぁ、このデフレの時代、メイドだけじゃ生き抜いていけないわけでぇ。ゴスロリそば屋って新しくないかなぁ? んっふっふー」
普通に楽しんでいた。
「それよっか、いいところに来てくれたねぇ、エンちゃん」
え? と聞き返したときにはもう遅い。円の体は、後ろから羽交い締めにされていた。
「ふえっ? ちょ、ちょっと放してくださいロロさん! どうするつもりですか!」
「おっと、暴れんなって。悪いようにはしねーからよ」
「ここんとこお客さんが増えて、手が足りなくてねぇ。ちょ~っと協力してもらうよぉ」
言ってにじり寄る美海。顔に浮かぶは不吉な笑み、手に握るのは――紅白の巫女服だ。
円は、今から自分が何をされるのかを悟った。
「やっ、やめてください! わたしそういうのダメですから! 清らかな身ですから!」
「暴れんなっつってんだろ! おっ、モーコ! こいつ結構チチでけーぞ!」
「んちゃっ、ホントだぁ! くぅぅ、こいつはとんだやわらか最終兵器だぜぇ!」
「も、揉まないで、寄せないで! 吸わないでぇー!」
「えーい、カマトトぶってんじゃねー! こうなりゃお互い楽しんだほうが得だぜぇ?」
「(ちゅぽっ)だーるよぉ。痛いのは最初だけ。すぐに虜になるよぉ……」
「イヤアアアアア! 助けて沢村さ――――――――ん!」
『ウワサのツンデレそば屋、今度はCDデビュー?』
「話題のそば店『ふぁいみーる』に新メンバーが加入。巫女ウェイトレスこと、速水円さん(16)は、『最初は戸惑いがありましたけど、今ではすっかり虜☆ロールです』と上機嫌の様子。熱狂的なファンの支持を受け、三人で歌う店内テーマ曲『ながーくあなたのおそばに』がCD化するとの話も……」
「もう読まんでいい!」
偏頭痛に耐えかねて、沢村はとうとう怒鳴り声を出した。
クリスは新聞から無感情の顔を上げた。
「ジェットとは全然関係ないところで有名になってしまいマシたね」
「空前絶後のくそたわけだ、あいつらは。何が虜☆ロールだ」
迎えに行ったはずの円は、やはり丸一週間帰ってこない。ミイラ取りがミイラになるとはこのことである。
「それでは、今度はワタシが迎えに……」
「行かんでいい!」
怒鳴りつけると、クリスは「そうデスか」とちょっと残念そうに声を落とし、
「メイド服……(ぼそっ)」
「何か言ったか?」
「いいエ」
そっぽをむいた。ミイラが一体増えるところだった、と沢村は息をついた。
せっかく用意したハードルも、とうとう利用者はクリス一人。結成一か月たたずして、チーム崩壊の危機だ。
沢村は携帯を手に取った。やはり着信履歴はなし。
「やっぱり駄目ですか、小野田さん……」
小さなため息が、青空に吹き抜けた。