表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サムライ・ドルフィンズ  作者: 古池ケロ太
ライダーの資格
18/50

(5)

『ツンデレそば屋、宮古島で話題沸騰』

「ついにそば屋にもツンデレの波が? 宮古島のそば店『ふぁいみーる』で斬新なサービスが話題を呼んでいる。店に入った途端、店員がつっけんどんな態度で接客。客が落ち込んだところで、不意に優しく接するというもの。インターネットでの書き込みから火がつき、本土からも人が殺到するという事態に、店主の平良正子さん(39)も嬉しさ半分、戸惑い半分といった具合だ」

 地元新聞にデカデカと載ったその記事を読み上げ、円は激しく首をひねった。

「何やってるんでしょうか、あの人は……」

「ロロのことデスから、天然でやったのがねじ曲がって伝わってるんデショう。世の中、どう転がるかわかりマセんネ」

「人様の家に転がり込んだだけでは気が済まんのか、あのくそたわけ」

 三人は練習後の駐車場でため息を合わせた。

 ロキシィが練習に来なくなってから、もう一週間が経つ。その間アパートには一度も戻っておらず、学校でクリスが戻るように言ってもどこ吹く風とのこと。

「そう言えば、ミィさんもここのところお顔を見せてませんね」

「ロロのお守りで手がいっぱいなんデショう」

「まったく……。すまんが速水。この後、迎えに行ってやってくれないか」

 沢村の頼みに、円は真っ赤になって伸びあがった。

「あっ、は、はいっ! 沢村さんのためなら、よろこんでっ!」



 というわけで、陽もすっかり暮れた午後六時半。

「ええと、たしかここで合ってますよね……」

 『宮古そば ふぁいみーる』と素朴な筆文字で書かれた看板の下、ちょっとした歴史を感じさせる古い木戸をそっと開く。途端、円はその場に立ちすくんだ。

「な、なんですか、これ……?」

 店内はオタクの巣窟だった。

 太いのから細いのまで、よりどりみどりのオタクオタクオタク。その全員が、この暑い中汗みどろになりながら、そばをかっこんでいる。一種異様な風景であった。

「ちょっとぉ、そこの。突っ立ってると邪魔だから、早く入ってくんない?」

「は、はいっ、ごめんなさいっ! ……え、あれ?」

 思わず飛びのいてから、円はハタとそちらを見た。声の主はまさしく目的の人物だ。

「ロロさん……?」

「お? なんだよ、マユゲじゃねーか。何しに来たんだ、おめー」

「ロロさんこそ、何してるんですか、そんな格好で……?」

 黒いブラウスの上に白のフリフリエプロンドレス、リボンのついたカチューシャ。

 問答無用のメイド衣装だった。

「へっへ、いいだろコレ。通販で買ったんだぜ」

「いや、いいだろって……だからどうしてそんな恰好を?」

 と、そこへ、勘定を終えた男性客が通り過ぎざま、

「ロキシィちゃん、ごちそうさま~」

 するとどうだろう。ロキシィは突如顔を赤らめてそっぽを向き、

「い、いいから早く帰りなさいよっ。また来てなんて……思ってないんだからねっ!」

 うっひょ~、と大喜びの様子で店を出て行く客。ぽかーんと口を開け放す円。そして、手を叩いて大笑いするロキシィ。

「テャハハハ、どうよマユゲ? オレのアカデミー賞モンの接客は? さっきのヤツなんか一日五回もそば食ってやんの、たまんねー!」

 どうやら男を手玉にとる味をしめてしまったらしい。

 円は滝の汗を流しつつ、おずおずと尋ねた。

「ロロさん……ちゃんと自主練、してます?」

「自主練? あー、そういやここに来てからしてねーな」

「してないっ? 一週間ずっとですかっ?」

「バイトのほうに夢中でよ。他人って、ヘコますよりダマすほうがおもしれーんだな」

「まちがってます、人として完全に間違ってます、それ!」

 十四歳にしてマズい方向に進んでいる。ライダーとしてというより、人生の先輩としてどうにかしなければならないと円は思った。

「そ、そうだ、ミィさんは? ミィさんはどこにいるんです?」

「んー? 誰か呼んだー?」

「あっ、ミィさん! ロロさんをカタギに戻し……イヤァァァァァ!」

 悲鳴を上げる円の前に、ゴスロリファッションの美海があらわれた。

 真っ赤なドレスの前を紐で縛り、ミニスカートはフリッフリ。国旗のように長ったらしい袖をぶら下げた、気合満点の出で立ちである。

「ふー。この服、あっつい」

「当たり前ですよ! 何やってるんですかミィさんまで!」

「いやぁ、このデフレの時代、メイドだけじゃ生き抜いていけないわけでぇ。ゴスロリそば屋って新しくないかなぁ? んっふっふー」

 普通に楽しんでいた。

「それよっか、いいところに来てくれたねぇ、エンちゃん」

 え? と聞き返したときにはもう遅い。円の体は、後ろから羽交い締めにされていた。

「ふえっ? ちょ、ちょっと放してくださいロロさん! どうするつもりですか!」

「おっと、暴れんなって。悪いようにはしねーからよ」

「ここんとこお客さんが増えて、手が足りなくてねぇ。ちょ~っと協力してもらうよぉ」

 言ってにじり寄る美海。顔に浮かぶは不吉な笑み、手に握るのは――紅白の巫女服だ。

 円は、今から自分が何をされるのかを悟った。

「やっ、やめてください! わたしそういうのダメですから! 清らかな身ですから!」

「暴れんなっつってんだろ! おっ、モーコ! こいつ結構チチでけーぞ!」

「んちゃっ、ホントだぁ! くぅぅ、こいつはとんだやわらか最終兵器だぜぇ!」

「も、揉まないで、寄せないで! 吸わないでぇー!」

「えーい、カマトトぶってんじゃねー! こうなりゃお互い楽しんだほうが得だぜぇ?」

「(ちゅぽっ)だーるよぉ。痛いのは最初だけ。すぐに虜になるよぉ……」

「イヤアアアアア! 助けて沢村さ――――――――ん!」



『ウワサのツンデレそば屋、今度はCDデビュー?』

「話題のそば店『ふぁいみーる』に新メンバーが加入。巫女ウェイトレスこと、速水円さん(16)は、『最初は戸惑いがありましたけど、今ではすっかり虜☆ロールです』と上機嫌の様子。熱狂的なファンの支持を受け、三人で歌う店内テーマ曲『ながーくあなたのおそばに』がCD化するとの話も……」

「もう読まんでいい!」

 偏頭痛に耐えかねて、沢村はとうとう怒鳴り声を出した。

 クリスは新聞から無感情の顔を上げた。

「ジェットとは全然関係ないところで有名になってしまいマシたね」

「空前絶後のくそたわけだ、あいつらは。何が虜☆ロールだ」

 迎えに行ったはずの円は、やはり丸一週間帰ってこない。ミイラ取りがミイラになるとはこのことである。

「それでは、今度はワタシが迎えに……」

「行かんでいい!」

 怒鳴りつけると、クリスは「そうデスか」とちょっと残念そうに声を落とし、

「メイド服……(ぼそっ)」

「何か言ったか?」

「いいエ」

 そっぽをむいた。ミイラが一体増えるところだった、と沢村は息をついた。

 せっかく用意したハードルも、とうとう利用者はクリス一人。結成一か月たたずして、チーム崩壊の危機だ。

 沢村は携帯を手に取った。やはり着信履歴はなし。

「やっぱり駄目ですか、小野田さん……」

 小さなため息が、青空に吹き抜けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ