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サムライ・ドルフィンズ  作者: 古池ケロ太
ライダーの資格
16/50

(3)

 悩んだくらいで出るのなら、誰も便秘になりはしない。

 一晩考え抜いた末、「肌もお脳もツルッツル!」がキャッチフレーズ(友人考案)の美海が取った行動は。

「沢村さん! ヒント!」

 ……だった。そして対する沢村は、というと。

「速水! タイムが落ちているぞ! 根性を見せろ! 尻に気合いをみなぎらせろ!」

 そう、シカトである。

(おにょれ~~!)

 そっちがそうなら、こっちもこうだ。何事もないように繰り広げられる練習風景を眼にしながら、美海は覚悟を決めた。根負けするまでまとわりついてやる。

 一日目――真っ向勝負。

「沢村さん! 最初の一文字だけでもいいからっ! ねっ!」

「キタガワ! ジャンプにリズムがない! そのザマでターンがクリアできるか!」

 二日目――脅迫。

「沢村さん! ヒント聞かせてもらわないと、出るとこ出ますから!」

「キャンデル! 貴様やる気があるのか! もっとキビキビ走れ!」

 三日目――ワイロ。

「沢村さん? おみやげのちんすこうですよぉ? ただのちんすこうじゃないですよ、宮古の雪塩を使ったさわやか味のちんすこうですよぉー、おいしいですよぉー」

「キャンデル! スクワットはもっと尻を落とせ! 回数をこなすことが目的なんじゃない、強くなることが目的なんだ! 楽をしようと思うな!」

 四日目――泣き落とし。

「沢村さぁん……もうなんでもいいからチームに入れてくださいよぉ~……」

「キャンデル! 犬かきはやめろ! 全身を使って泳げ! できないなら溺れて死ね!いややっぱりやめろ! 貴様のような粗大ゴミを沈めたら海が汚れる!」

 五日目――激怒。

「さわ」

「フンガ――――――――――――――――――――――ッ!」

 ビッグバンは、唐突にやってきた。

 円が、クリスが、美海が、豆鉄砲を食らった顔で固まった。

「トシマぁ! てめいい加減にしろ! 一体全体いつまでこんな練習続けさせんだ!」

 ロキシィは獣のごとく吠え、ちっこい身体を全部使って怒りを表現した。すなわち、両手両足を広げた、見事な『×』の形である。

「もう一週間だぞ! ジェットにも乗んねーで、毎日毎日ランニングランニングジャンプジャンプスクワットスクワット遠泳遠泳……オレぁトライアスロンの選手じゃねーっつーの! ライダーはデッキに乗ってナンボだろーが、あーっ!」

 沢村は動じなかった。刃の目をすがめ、冷淡とも言える声を返す。

「くそたわけ。一人前の口は一人前の尻になってからきけ」

 なんだかものすごく含蓄のありそうな言葉だが、暴れ馬と化した今のロキシィには、念仏ほどの効き目もない。

「一人前だァ? オレぁ世界最強のライダー、ロキシィ様だぞ! 大会までは調整だけで十分なんだ! こんな時代遅れの練習でツブされちゃたまんねーんだよ!」

「コーチは私だ。このチームにいる以上、指示に従ってもらう」

「オレは犬か? それとも猫か? ペットが欲しけりゃ他当たれ!」 

「貴様に犬猫ほどの芸を仕込むための訓練だ。それすらできんなら小屋に帰ればいい」

「おー上等だ、帰ってやらー! こんなんつきあってられっかよ!」

 ロキシィは憤然と踵を返すと、砂を撒き散らしてビーチを疾走、ふと振り返り、

「ぶわぁ――――――――――――――――――――か!」

 子供だった。

「何してる、平良」

 アホ面をさらしていた美海は、へ、と呆けた声を出した。

 五日ぶりにかけられた言葉は、次の一言だ。

「帰れ」



「はーっ、しかんだ(びっくりした)よぉ……」

 微妙な空気のまま練習を終え、並んで家路を行く美海・円・クリス。

「いきなり怒り出すからさぁ。おみやげの紅いもタルト出すヒマもなかったよぉ」

「でも、本当驚きましたよね。練習に文句を漏らしてたときはありましたけど、あんなに溜めこんでいたなんて……」

「ロロ、昔から基礎練習は嫌いなんデスよ。自分に自信があるものデスから」

「でも、あの練習って、儀力を強くするためでしょ? 嫌いじゃすまないんでないの?」

「実際問題、時代遅れではあると思いマスが。欧米では室内でのトレーニングが主流になってマスよ。低酸素室でのランニングとか、電気を体に流しながらウェイトとか」

「で、電気?」

「微弱なものデスけど。神経系を刺激することで儀力の通り道を広げるとかなんとか」

「うーん、それはそれでマユツバっぽい気がするなぁ……」

「それデモ、延々とスクワットをやるよりはマシかト。とりあえず、ロロのほうは、ワタシのほうから説得しておきマス。今ごろ家でスネてるところデショうし」

「だーる(そうだね)。そんじゃまた明日」

「はい、また」「っていうか、また来るんデスか……」

 ジト目のクリスを尻目に、美海は家路を走った。焼けた肌に、夕風が心地よい。

 長い坂道を駆け昇り、店の裏口から家に入る。

「ただいまー」「おう、おつかれー」

 ダイニングの前を通り過ぎる。そしてUターンする。

「何してんのっ?」

 イスの上でふんぞり返っていたのは、誰あろう、ロキシィだった。

 一旦アパートで着替えたらしい。黄色のパーカーにヒザまで上げたジーンズというラフな格好。両足をテーブルに投げ出す貫禄は、まるで一家の長である。

「帰ってくるなり騒がしーな。それよりうめーじゃん、この岩石みてーなお菓子」

「だ――っ! あたしのサーターアンダギー食べてる! せっかくとっといたのに!」

「あー、うっせーうっせー。それよっか、オレの部屋の用意はできてんだろな?」

「は、はぁ? 部屋ぁ?」

 見れば、テーブルの上にはでかいリュックサックがデンと乗っけられてあった。チャックの隙間からはみ出した白い布、あれはパンツだろうか。

「あのトシマにゃホトホト愛想がつきた。ここに泊まり込んで、大会まで調整させてもらうことにしたから。オレ流で」

「したから、じゃないよぉ。だったらよそに泊まればいいでしょ? 何でウチなの?」

「おめーしか島に知り合いいねーんだよ!」

「胸張って言うことかぁ!」

 もう手に負えない。どう追い出したものか頭を悩ませていると、

「ちょっと美海、うっさい。店のほうまで聞こえてるわよ」

 玉すだれをジャラジャラいわせて入ってきたのは、美海の母親、正子だった。

「お母さん! 大変だよ、ちっこい不審者が我が家にセコムしてますか!」

「何それ? それよりこの子、ロキシィちゃん。今日からうちでバイトすることになったから、面倒みてあげて」

 絶、句。

「バ……バイトぉ?」

「そうよぉ。こないだ早苗ちゃんが辞めちゃって、人手が足りなくなったから。さっきバイト募集の張り紙見て、来てくれたんだって」

 絶対ウソだ。最初っから無理やり泊まるつもりだったところ、たまたま張り紙を見て、これ幸いと口実にしたのに違いない。

 ちなみに早苗ちゃんとは、最近までバイトに来ていた人物である。この春から九州の大学に行ってしまったため、店の従業員は正子と美海だけになっていた。

「で、でも、泊まり込むとかぬかしてんだよぉ?」

「いいじゃない、お父さんの部屋が空いてるし。あんたのマンガ部屋にしとくのもったいないでしょ」

「だけどぉ!」

「あ、そろそろ麺が茹でるとこだわ。あーいそがしいそがし」

「ちょ、ちょっとぉ!」

 制止の声も空しく、正子はとっとと店の方へと下がってしまった。

 ワナワナと震える美海の肩をポン、と叩くロキシィ。その顔は勝利の笑顔だった。

「そーゆーワケでよろしくな。セ・ン・パイ?」

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