(9)
「それはそうと、いいのか? 33番。1番。もう後は君たちだけだぞ」
「えっ?」
慌てて見回せば、なんと残っているのは美海と円の二人だけだった。
「な、なななんでっ? あんなにたくさんいたのにぃっ!」
「ほとんど帰った。それに、さっきから黙っていたが、時間もあと二分だけだ」
てんで聞き流していたが、実は五分という制限時間もあったのだった。
二人は目を合わせ、うなずいた。こうなったら、協力するしかない。
「ですけど、どうしましょう。わたしの儀力じゃ、沢村さんを抜くのはちょっと……」
「だいじょーぶ、エンちゃん! あたしに作戦がある!」
「え、ホントですか?」
円の顔が頼もしそうに輝いた。
「ちなみに、どんなのですか?」
「エンちゃんが沢村さんを吹っ飛ばして、あたしがその横を通る」
「思いっきり人マネじゃないですか! しかも人まかせ!」
「ダ……ダメかなぁ?」
「ダメというよりムリですよ。わたしにはあんなスピードは出せないですし。それに、キタガワという人も、ただ通過しただけじゃありませんよ。簡単そうに見えますけど、あれだけ波の激しい中、コケずに走るのって、すごく難しいんですから」
美海はうなった。その様子を見て取り、ロキシィは意地悪く沢村に問いかけた。
「なァ。合格者がオレら二人だけだったら、どうなんだ? 敗者復活とかすんのか?」
「それはない。これしきの課題をクリアできないようなら、無理にメンバーに入れることもない。別のルートからそれなりの人材を探すだけのこと」
「だってよ? ま、せいぜいあがいてみせろや、モーコにマユゲ! テャハハハハ!」
「……」「……」
二人は、ボッと怒りに燃えた。
「ミィさん……」「うん。やるよ、エンちゃん」
負けたくない。自信はないが、少なくともあのガキんちょを喜ばせるようなことだけは、絶対したくない。
円は美海に身を寄せ、何やら耳打ちをした。美海はうなずき、沢村に向き直った。
残り時間、一分。勝負だ。
「ゴー!」
33番艇・美海、1番艇・円。二艇が横並びに水路を突っ走った。
だがそのスピードは、ロキシィたちに遠く及ばない。沢村艇も今度は静観の構えだ。
「いくよ、エンちゃん!」「はいっ!」
二艇は同時に方向転換した。美海から見て右方向、壁面スレスレを行く。
だが、やはり遅い。沢村が爆発的なダッシュでそれを迎え撃つ。巨大な噴煙を立たせながら、狙いを定めたのは美海の33番艇――
「!」
その前に、思わぬ障害物があった。
水面に突き出た白い小山。最初に転覆させられた5番艇の、船底だ。
「行っくぞぉー!」
突っ込む。乗り上げる。滑り上がる。そして、飛翔する。
水滴をなびかせながら、33番は沢村艇の頭上を飛び越えた。
沢村の判断はおそろしく早かった。乗り上げた角度、スピード、ゴールまでの距離。美海艇が水面に戻る前にゴールラインを越えてしまうのを予測する。
下した決断は――直進だ。
「あっ!」
円が、痛恨の叫び声を上げた。
美海に続こうとジャンプ台に乗り上げた瞬間、反対側から沢村艇に衝突されたのだ。
ひとたまりもなくはね返される円の1番艇。しかし不幸中の幸いか、着水したのは船底からだ。まだ動ける。
「エンちゃん! 走って!」
美海が叫んだときにはもう、円艇は5番の脇を通って、水路のド真ん中に飛び出していた。そして、沢村も。
「ふわわっ! 来た来た来た! エンちゃん急いで!」
沢村艇の立て直しが遅れた分、スタートの利は円にある。
だが、それでもスピードの差は歴然だ。追い上げる沢村には、情け容赦のカケラもない。たちまちのうちにアドバンテージが喰いつぶされてゆく。
ゴールまで一メートル。0番艇は後方二十センチ。いや、十センチ。ゼロ――
「もう……だめぇ!」
いきなり1番が加速した。
目を見開く沢村の艇をぶっちぎり、円艇は一気にゴールを突き抜けた。
間髪入れず、美海は大きく飛び上がって円に抱きついた。
「やったやった! ゴールだよエンちゃん! すっごーい!」
のみならず、そのままぐるんぐるんと振り回してみせる。ちょっと大げさな喜び方に円は「あの……」と戸惑いの顔を見せるが、美海はなおも満面の笑顔で、
「すごいよエンちゃん! か、火事場のなんとかだよ、わっほーい!」
「ちょっと待てやコラァ!」
ロキシィの怒声が、美海を硬直させた。
「おいコラモーコ! てめー、このオレの目を尻穴だと思うなよ!」
「な、なんのことぉ? っていうか、それを言うなら節穴……」
「うっせバカ! 見たぞ、てめー、マユゲのリモコンに手ェ貸しただろ!」
「(ギクッ!)だ、だから何のことだかぁ?」
「しらばっくれんじゃねー! そんなら二人分の儀力になるか……モゴッ?」
口を塞がれた。
「すみマセん。ロロ、ちょっと幻覚を見ているみたいデ。後でクスリ足しときマスから」
そりゃシャレになんねーだろ……とツッコむヒマも余裕も、実はなかった。
美海の目の前に、沢村の厳しい顔があった。
「33番。他の参加者に手を貸すことは不正だ。もちろん手を貸されるのも」
うなだれる美海。と、沢村はため息をつき、
「……だが。試験官の私から、その場面は確認できなかった。である以上、誰がどう証言しようと私には何も言えん」
「あ……」
「まぁ、私の目をマギコンに集中させただけでも大したものだ。二人とも合格だ」
美海はどっと息を吐いた。
(よ、よかった……)
つい必死で手が出てしまったが、あやうく円まで不合格にしてしまうところだった。
ロキシィはぶぜんとした表情で、
「ンだよ、クリス。なんだってかばうんだ?」
クリスは鉄仮面のような無表情の中、ほとんど見えないくらいに口の端を上げた。
「いいじゃナイ。友達思いデ」
沢村は、とにもかくにも二次試験を勝ち残った少女たちの顔ぶれを見渡した。
「四人か。いい人数になったな。次を最終試験とする。と、その前に――」
刃の瞳がぎらり、と光った。四人は、まだ何かあるのか、と硬く身構えた。
「片づけをしよう」
沢村は、マギコンの散乱した用水路を指差した。