王太子END
楽しげな彼等のやり取り。それを部外者の気分で眺めていた。あくまで穏やかな表情を称えながら。決して悔しいとかそういう思いではなく、そして、彼らに対する好意がましてや恋愛感情などがあるわけでもなく。ただ、サポートキャラのように、悪役キャラでさえなければ、破滅することもないだろうと考える。
彼等のために死ぬことは、嫌だった。悪役キャラが堕ちていく清々しさなど、悪いことをしなければ必要ないだろう。因果がなければ帰ることもない。
姉が相手を決めれば、もしくはハーレムエンドの全員を一定の好感度で維持し続ければ姉が転入してきて2年後に終焉を迎える、サマーパーティーで終わりのはずだ。
「どうしたんだ?いかないのか?」
王宮の庭で彼等の楽しげな様子を遠巻きに眺めていた。
「いえ、邪魔をしてはいけないかと存じまして」
声をかけられたのは、この宮殿の権力者だ。彼の視線も同じように彼らに向いている。そこだけ光り輝くような錯覚を覚えるほどに煌びやかな彼ら。
その中には、彼女の許婚も、彼女の騎士だと噂される彼もいる。好敵手といわれ、他家に比較されてきた彼も。親しくしていたはずの彼らがその瞳に映すのはストロベリーブロンドの少女だけだ。他など目に入らないと如実に語っている。微笑ましいくらいに懸命で一途だ。
「それほどか?」
疑問に思う。年齢の割りにあどけない表情と体つき。それはまあ、長年の入院生活故かもしれないが。
「ふふ、一度お話してみればわかると思いますわ」
楽しげに笑う。そこには嫉妬も、恨みもない、ただ事実を述べているだけのような完璧な空気。彼女の容姿だけでも十分だが、一度話してしまえば、彼女の魅力に取り付かれるようになる。
呪いかと思わず、良識があると評判のご令嬢ですら口走ってしまうほどに。
同性に対しても敵対するわけでもなく、あどけないなりに懸命に分かり合おうとしているのだ。それがうまくいているかは別として、無下に出来ずに対処に困るのが大半だ。
リリーの立場は攻略対象のように擁護するほうに近いかもしれない。基本的には中立を保つ。どれほど冷たいといわれようが、下手をすれば一年以内に自分はいなくなるのだ。
彼女が角を立てないように、あまりに酷ければ、学園の階級で言うとかなり上位にいる自分が頭を下げることになる。
こんな会話をして、彼女にほだされなかった男は誰一人としていなかった。淡い期待を抱いてもすぐに容赦なく叩き潰される。もし、自分が結婚するのだとしたら、姉の代用か、姉の魅力が通じないか。いや、後者がありえないか。
代わりなんて冗談じゃない。
なら、結婚など出来ないのだろう。もしくは、姉を知らないところへ嫁ぐか。いや、家族として現れた姉に一目惚れされて式直前にキャンセルされそうだと思う。
どこまでも、晴れやかな未来が描けずに挫けてしまいそうだ。
まあ、お陰で同情票というか、姉に敵対したい勢力が従ってくれている。取りまとめられる令嬢を選んで彼女に統率をお願いしないといけない。
彼は姉には近づかなかった。
第二王子が婚約を破棄したいと申し出たときも、異論を唱えることなく真意を問いただした上で二度と復縁することは叶わないと告げた。そして、妙齢まで拘束したことへの慰謝料。今までの評判を考えれば、王家との関係を切られたといわれれば、尻込みしてしまうだろう。彼女の婚姻はかなり不相応になる。それを踏まえての慰謝料だ。
王家から手を切られた少女。姉にその場所を奪われた哀れな少女。
本来の場所に戻っただけですと、その少女は微笑んでその円卓会議の出席者に挨拶をした。
公爵家の当主が本来なら出席する会議だが、もう何年も公にされていないが出席はリリーがしていた。その存在すら知らなかった家庭教師も教えることが出来なかったごく内輪の集まりだ。とある茶会で父親のことを聞かれて、既に2度も大事な会議をすっぽかしていることを知り、名代として領主代理の印を証に参加するようになっていた。
彼らは人がいい。計算高くもあるが、決して外見からリリーを見くびるような浅はかな真似はしない。何も考えられない少女がこの場にとどまれるわけがないし、出席しようとも思わないだろう。
今回の婚約解消で、是非うちのとといわれているが、年が合うものはすべてアイラの信望者になっている。ありえる話でもなく微笑みで抑えてしまう。
本当に見る目が無いと、父親達は残念に思う。
これほど、知性に優れ決断力もある彼女、病弱で世間を知らず礼儀作法すらろくに学べていない少女がどれほど美しかろうが、幼いころから身につけた気品に勝てるものなどない。美貌など年をとればそれだけではいられないのだ。自分と家が苦労するしかない。
彼らがそういってくれるだけで、自分を少しでも認めてくれるだけですくわれる気がする。
どこからか誕生日を知って祝ってくれた。涙腺が弛んでしまったせいで、両親と会話をしたのはもう、随分前のことだとつい言ってしまった。誕生日のプレゼントもその費用で賄うようにと家令を通じて伝えられただけなのは、まだ親の庇護下にいるといってもいい年で忘れていたと思っていた子供らしさがこみ上げてくる。
社交界の準備も自分で用意しなくてはいけないという惨めさ。
第二王子の許婚であれば、必要ないかもしれないが社交界での情報は大事だし、婚約解消は目に見えていた。
ことあるごとに息子の嫁ではなく養子に来ないかと誘ってくれるのが嬉しかった。
それでも、自分はジャールラー公爵家の人間なのだ。
あと、少しの話だろうが。
アイラは最長の2年の間に誰も選ぶことはなかった。
ほぼ全員と高い好感度を保ちつつガーデンパーティーにエスコートされている。
これで魔法が解けるのかは疑問だが、ずっと続くようなら、討伐対象にすらなるかもしれないと懸念する。それほどに、男達を魅了するの力が異常だ。
飛び切りの笑顔で攻略者たちに囲まれているアイラを眺めながらリリーはため息をつく。この日を持って父親が正式にアイラを家督相続の後継者として指名するのはあらかじめ言われてある。
すでに、領主代理の印は返却してある。
ジャールラー公爵の表舞台から完全に姿を消す形で身をひいた。ろくな引継ぎをされなかったのだ。意趣返しをしても罰は当たらないと思いつつも、簡単な目録くらいは作ってある。それがあれば十分に機能するだろう。
「まるで、花の妖精だね」
声をかけられる。
「ええ、私の仕事はつなぎ役ですから」
微笑を見せる。
「まあ、見た目だけ極上品でもな」
ぼそりと呟く。性格も悪くないのだと付け足したいが、そんなものは好みの範疇だ。
「では、行こうか」
手をとられてバルコニーに下りていく。
護衛の騎士が多い。パーティーという中で第二王子の護衛かと思うが、今日は異常だ。その理由が明らかになる。
「王太子様っ」
誰かが息を呑み、次々に並のように広がる動揺。かしずいて行く生徒達。優美なだが、武官でもある彼にエスコートをされるのは、姉の影に隠れてしまっていたと思われたリリー。今日で、彼女の実家での権限はすべてなくなると噂が流れていた。そのことに両極端な意見が分かれている。当然だという動きと、今まで何の義務も果たしていないのにという動き。
当の本人は微笑んで穏やかに困った笑顔を見せていた。
「兄上」
第二王子が聞かされていないらしい。驚きのままで声を上げる。
「時間があったのでね。婚約者のエスコートくらいの甲斐性はある」
ふんわりと微笑み、柔らかく婚約者の腰を抱く。ため息が漏れるほどに見惚れる光景だった。
「今日はそのお披露目の一環でもある」
婚約を公式に発表したのはここが始めてだ。今月で幾つかの夜会でそのことを挨拶に回る予定だ。
第二王子の婚約を破棄したのは、王妃となる資質が認められたからだと噂になっている。
あっけにとられているアイラとその取り巻き。