妹の努力
5歳になって、第二王子のご学友として王宮で学ぶことを提案された。断れるものではない。これは、お妃候補として顔見知りにしておくことも含まれている。
元気すぎる子供たちをどうにか抑えて勉強させるのにどっとつかれた記憶しかない。次第に、勉強についていけなくなった子供は王宮に行かなくなり、2年後には第二王子と、宰相の息子と、公爵家の息子たち、そしてリリアーナとなった。
彼らは元気に走り回り先に帰っていくリリアーナを付き合いの悪い奴と思っていた。だが、彼らにはない礼儀作法、お妃教育が既に始まっていたのだ。
公爵令嬢としてこなさなければいけないといわれれば、従うしかない。
それでも、打ち解けていたと思う。自然に笑うことができたし、声を上げて笑うこともあった。
時折お見舞いに行く双子の姉は恐ろしいほどの色白で、可愛かった。ピンクブロンドの髪も、珍しい紫色の瞳もすべてが最高傑作のような美術品だ。両親が溺愛するのも納得する。
両親に王宮でのことを聞かせるように促されて話すと、目を輝かせていいなぁと呟く。決まって両親はすぐにいけるようになると彼女を励ました。
そして、一度だけ彼女は外出許可を得て王宮を訪ねる。
「アイラです」
限られた環境の中で育ってきたせいで、少年達に恥ずかしがりながら挨拶する少女は一瞬で彼等のこころを奪った。見ていて気持ちがいいくらいに。話を促す必要がないくらいでリリアーナは時折紅茶を注ぐだけで済んでしまった。彼等の中では可憐な妖精のようなお姫様と認識されたらしい。
「本当に血が繋がっているのか?」
子供は無邪気だ。
いっそ両親にもお前は拾ってきた子だといわれたほうが今の待遇に納得する。だが、それを口に出すわけにもいかず、困った顔で笑っておいた。
第二王子の許婚に決まった後で、どうせなら姉のアイラのほうがよかったと心底残念がっていた少年を見たときには、さすがに体が震えた。
確かに築き上げていたはずの信頼の置ける友人達が、一気に姉に心を奪われた。その現実に、どうあがいても駄目なのだと思い知らされた気がした。
「リリー?」
声をかけられて、我に返る。
まだ、ここは王宮であるのだ。ご学友とまでは行かないが、剣術の鍛錬に師匠についてきている少年だ。かれも攻略対象だ。王宮の剣術指南役の師匠。彼の師匠はリリアーナの両親とも昵懇でよく姉の見舞いも来ていた。
「もう、そんな時間?私も帰らないと」
「まだ、時間はある、話くらいなら聞くよ?」
そんな風に話しかけてきてくれるのはこの幼馴染しかいなかった。姉のことを知っていても、自分に笑いかけてくれるのは彼だけだ。
切ないくらいに嬉しかった。優しい彼を好きになるのは当然だと思った。
だが、彼も姉のことを好きになるのだろう。わかっている。だから、誰にも言わない。この気持ちは誰にも知られたくなかった。
「有難う。また、今度ね」
完璧な笑顔でそういって、馬車に向かう。
ちょうどそのころ、本来なら長子である姉が継ぐはずだが、病弱であると言う理由から妹に対して公爵家当主としての教育も始まっていた。だから、興味を持った自分の領地の経済。そして、目の当たりにした困窮具合に、力なく笑って、家令を見上げた。
「ご当主様は優秀な人材を配置し、責任を分担して彼等のやりがいを」
長々と言い訳しているが、つまりは、娘と一緒にいるために職務放棄ととられても仕方ないことをしているのだ。
「ちょうどいいわ、今日から、私のところに帳簿を預けてくれる?」
冷や汗をかいた家令。案の定、ちまちました不正と、大きな横領があった。それをこっそりと片付ける。お陰で屋敷の中でも油断できなくなって、結界や解毒などの魔法が無詠唱で可能になった。
気がつけば、学園への入学年齢に達していた。
さすがに公式行事は休まないと思ったが、屋敷の中で父の執務室の近くに急遽しつらえた代理の執務室に当主代理の印が置かれていて、笑いが止まらなかった。
既にこの年で、公爵家の実権を握っているというのはまったくゲームの中らしい。
ご学友達と同じ学園に入学し、当然ながら彼らと親しい部類になった。身分からして近づける者が限られている。勿論、ファンクラブが出来るくらいに人気者の彼ら。
どれだけ鈍感なのか、女の嫉妬を甘く見ているのか、人目のつくところで彼らと交流があることを見せられる。幼馴染というのと、常にナイトがいることで多少は均衡を保っていた。
おもねることはしないが、それなりに発言権を得て、信頼される生徒会役員に昇格した。
「リリー、持ちますよ」
「有難う」
どうせ、彼女が転入してくるまでは、と初恋である彼への思いを断ち切ることはしなかった。政略でも何でも第二王子が嫌だといわない限り、彼と結婚するのだ。その前に、生きていればだが。
やはり、あの時聞いてしまったことが重く圧し掛かっている。それでも、自分では変えられないのに。
変えられることはすべて頑張った。品行方正な優等生だし、誰にでも平等で優しく頼りがいのある公爵令嬢。魔法も制御を精密にして、剣術も攻略対象とそれなりにやりあえるくらいではある。まあ、一度も手合わせしたことはないが。学力だって程よい学年3番目。
ローディはふんわりと甘い騎士だ。だがそれ以上では決してない。二人の関係はただの主従関係のようだと印象付けるために、一定以上に近づかないように言明してある。
「まだか?」
「そろそろだと思いますよ」
第二王子の待ちきれないといった表情。
「落ち着かれては?」
「お前だって、さっきから何度も時計を見てるだろ」
言い争う声。
今日はヒロインである姉が転入してくる日だ。医者にお墨付きを貰い、晴れて学生生活を満喫するのだ。両親からも学園ではくれぐれも頼むといわれている。生徒会としては勿論サポートを惜しまない。
嬉々として迎え入れるのは微笑ましい。彼らはお互いにライバルだと牽制しあっている。
余命は長くて2年。
早く開放されて、自由に生きたいと思う。
彼女が相手を決めれば、どんな理由でも作って、婚約を破棄しようと誓っている。純潔を疑われてもいい。いっそ家を捨てる覚悟も出来ている。そのために、下準備は進んでいる。
それでも、逃げられないときは、自害もいとわない。
それほど、この期間に賭けている。
当然のことながら、学園の人気者に突然現れてかまわれる姉は嫉妬の対象になった。それでも鈍感で気づかない。攻略対象たちはみんなアピールに必死だ。
「助けないのか?」
「さすがに、死にそうになれば」
見下ろしている先には女子生徒たちに囲まれている姉がいた。
「随分冷たいんだな。嫌いなのか?」
まさか、今更ローディに言われると思わなかった。
「成長は必要です。スパルタでも身につけてもらわないといけませんわ、公爵家当主として」
もともと長子が家督を継ぐのが当然だった。それを病気を理由にリリーが受けていたのだ。今までの勉強してきたことはすべて無意味になってしまう。だが、仕方ないと随分前から覚悟している。
このまま、許婚も繰り上がりになればいいのにと思う。
だが、王子は彼女の意思を尊重したいと言っているらしい。
思わず頬が緩んでしまう。
「だから、今回は別の奴にエスコートをしてもらってくれ」
学園内の行事といえども、婚約者ならエスコートするのが当然だ。去年まではしていたのに、素晴らしい変化だ。
「わかりましたわ」
かといって、攻略対象者はみんな姉に付くだろうし、ちょうどいい機会だと、身分を偽って入学している他国の王子にエスコートをお願いすることにした。
さすがに、欠席するわけにもいかないし、パートナーもなしに出席も出来ない。
姉に奪われていい気味だと囁かれていても、覚悟をしていたのでそれほどではない。あの頃は幼かったのか、しばらく立ち直れなかったけれど。
姉に構っているせいで生徒会役員たちが仕事を放棄して滞りがちな生徒会の仕事を終える。
生徒会の仕事をひとりで抱えているせいで帰宅は遅い。姉には寄り道してはいけないと怒られた。それには笑って返す。
夕食を一緒にとって、それからは姉に課題を教える。
その後にようやく領主代理の仕事だ。
両親は娘が元気に登校しているのを確認して、夫婦でゆったりと旅行に出かけた。暢気なものだと思うが、長年の心配事が解決したのだから彼らとしては、満喫したいのだろう。
そういうわけで、まだ、領主代理をしている。
連絡のやり取りなどで、魔力を使い切ってからようやく寝ることにする。
朝になると、ローディが迎えに来る。もちろん、姉をエスコートするためだ。以前まではリリーのためにだったのが、あからさまにわかり安すぎて、嘲笑が起こるが、二人の世界に入っている二人には関係のない話だ。
仲がいいとからかうと真っ赤になってまんざらではなさそうな二人。
一体誰を攻略するのか。